貧困者を苦しめている通貨ペソの留まることのない下落
アルゼンチンの通貨であるペソは国民から全く信頼されていない。ペソの不信度合いは常に米ドルとのレートに反映されている。
例えば、2020年8月の公式レートは1ドル=74ペソであった。それが今月は349ペソに値下がりしている。実際の市場での両替ではペソはもっと下落している。一番困るのは貧困者である。購入できる生活必需品がますます減るからである。
もう政権運営の能力のないアルベルト・フェルナンデス政権では通貨ペソはさらに限りなく下落して行くだけである。今年のインフレは130%を超えるのは確実である。しかし、状況次第ではそれ以上になるかもしれない。
常に紙幣の増刷を繰り返す政府
2019年の大統領選挙で、正義党のアルベルト・フェルナンデス氏が勝利した時は、多くの国民は彼に期待した。前任者のマウリシオ・マクリ前大統領が50%を超えたインフレを記録させたことに背を向ける意味でも、フェルナンデス氏に期待したのであった。
ところが今では、フェルナンデス大統領政権は糸の切れた凧のようになってインフレを抑える力は皆無。ハイパーインフレに陥ることが強く懸念されている。政権運営の不振から今年10月の大統領選挙には二期目を懸けての出馬を彼は辞退した。彼では正義党は勝利できないことは確実だからである。
増刷された紙幣の一部は常に政治家の賄賂に回される
10月に次期大統領が決定して来年1月から新大統領が政権に就くが、大半の国民は余程の軌跡でも起きない限り高い率のインフレから解放されることはないと見ている。
何しろ、アルゼンチンにとってインフレは慢性病となっているからだ。その一番の要因は政府が財政赤字を埋めるべく紙幣を刷ることを繰り返しているからだ。政府の歳出を減らす努力は常に怠ったている。しかも、その刷った紙幣の一部は常に政治家の賄賂になっている。これを戦後からアルゼンチンは繰り返し行って来たのである。
ペソを廃止して米ドル化の目指すもの
そのような中で、現在大統領候補のひとりハビエル・ミレイ氏がアルゼンチンの通貨ペソを放棄して米ドルを法定通貨として定めることを公約して選挙に臨んでいる。そして中央銀行を廃止して通貨の発行権を無くそうとしている。
従来、ドル化はこれまでも政策プランとして取り上げられたことがあった。しかし、どの政権もそれを実行するまでには至っていない。現在のアルゼンチン政府の歳出の内訳は社会保障費45.1%、エネルギー9.8%、教育文化費6.1%、運輸費4.0%、保険費4.1%、社会介護費4.8%、安全保障費2.0%、法務費2.3%、内務費1.9%、公共事業費19.9%(政府刊行物から引用)。
アルゼンチン政府の歳出が多いのは市民への補助金がいろいろとあるからである。例えば、光熱費とか水道費などの一部を政府が負担している。そこから政府の財政赤字が常に発生するようになっている。それを補填すべく政府は中央銀行を介して必要なだけ新たに紙幣ペソを発行させる。それがインフレを誘発するというパターンの繰り返しである。
ドル化することによって、この紙幣発行を無くしてインフレの発生を無くして行く。そうすることによって財政改革を実施してその健全化を図ろうというものがミレイ氏の狙うところである。
米ドルをアルゼンチンは一度採用したことがあった。1991年に当時のシリア系移民2世のカルロス・メネム大統領は1ドル=1ペソというドルペッグ制を導入したことである。それによってハイパーインフレを抑制させた。
ところが、その後メキシコやブラジルでの通貨危機、特に隣国ブラジルがレアルの切り下げを行ったことでペッグ制に固定されているアルゼンチンではペソの切り下げができないことからアルゼンチンは輸出が大幅に減少して多大の損害を被った。何しろ、ブラジルはアルゼンチンにとって最大の貿易相手国だからだ。
このようなことから外貨が不足するようになり財政は悪化して行った。結局、2001年にアルゼンチンはデフォルトに陥ってドルペッグ制も廃止となった。
ドル化の移行には最高2年が必要
このドル化への移行期間を9か月から24カ月の間に順次進めて行くとしている。ミレイ氏が提唱しているドル化はエミリオ・オカンポ氏が理論化させているもの。彼は長年ニューヨークとロンドンで投資銀行に勤務し、現在はアルゼンチンのCEMA大学の歴史経済研究センターの所長のポストにある。
アルゼンチンの慢性的なインフレそして現政権下ではハイパーインフレを招く可能性があると判断して彼は自分の理論を各政党に提案。それに共鳴したのが同じ経済学者で今回大統領選に立候補しているミレイ氏であった。
オカンポ氏は「2024年1月か2月にドル化させれば2025年の4月か5月にはインフレは米国のそれに追随したものになる」と述べている(8月17日付「クリニスタ」から引用)。