「牛丼はもうピークアウト」
1970年代終盤、店舗数200で苦境に陥った吉野家に金融機関はこう言い放った。吉野家の経理担当者は以下のように反論する。
「日本の牛丼は米国におけるハンバーガーだ」「米国にはマクドナルドが1万店以上ある」「200店で飽和という段階ではない」
この経理担当者こそ、現在のゼンショーホールディングス代表取締役社長 小川賢太郎氏である。そして、そのゼンショーが、4月に買収したのがハンバーガーチェーン「ロッテリア」だ。買収から約半年。新業態「ゼッテリア」1号店を東京・田町にオープンさせた。
かつて、牛丼になぞらえたハンバーガーをどのように扱うのか。最初に「ゼッテリア」という業態名から考察する。
新しい業態
「ゼッテリア」。ロッテリアの「ロ」を「ゼ」に変えただけ。ゼンショーの「ゼ」ではなく、「絶品バーガー」の「ゼ」だという。
安易にも思えるこのネーミングの狙いは、知名度の活用だろう。「ロッテ」ブランドは取り除きたい。しかし、ロッテリアを継承してることは訴えたい。長らく話題に上らなかったロッテリアだが、買収報道には、
「久し振りにこの名前聞いた」「まだあったのか」「しばらく行ってない」
といったコメントが頻出。知名度は高いのだ。特に50代から60代。サンパチトリオ(※1)が昼食だった世代。ロッテリア、サンテオレ、森永ラブ(※2)を知ってる世代。彼らに訴えるには、似たネーミングが望ましい。だから、一文字変えただけ。「ゼッテリア」。直球だけど最短距離だ。
ロゴの配色も変えていない。円で表現したバンズで頭文字「Z」を挟み、かわいらしく、かつ、ハンバーガショップらしいロゴに仕上げている。
ネーミング・ロゴともロッテリアの雰囲気を継承し、かつての顧客を呼び込む「最短距離」のものを選んだ。その理由は「急いでいるから」。ゼンショーは、かなり「せっかち」だ。
世界を救う企業理念
ゼンショーの企業理念は
「世界から飢餓(きが)と貧困を撲滅する」
である。救うのは客だけではない。世界だ。世界を飢餓から救うと言う。小川社長はこの理念を本気で実現しようとしている。
まず「フード業世界一」を目指す。世界一になり、ゼンショーの誇る「マスマーチャンダイジングシステム(※3)」を各国で展開し、食のインフラ・産業を成立させる。食料の偏在を無くす。雇用を創出する。そうすれば、飢餓や貧困を撲滅できるはず。
そのためには「スピード」が欠かせない。創業後、7店出店するまで2年半かかった。遅すぎる。このペースでは、世界一になるのは3万年後だ。そこで、東証2部に上場し資金を調達。M&Aに乗り出す。最初に手がけたのはファミリーレストランチェーン「ココス(ココスジャパン)」だった。小川社長がココスに抱いた印象は、
「とにかくノロい」。
「動作経済の原則」の応用
オーダリングが遅い。運ぶのが遅い。歩くのが遅い。
「(ココスは)歩く速さから始まって、とにかくノロい」(これがゼンショー流の成り上がり術だ ゼンショー・小川社長が語る経営哲学 | 東洋経済オンライン)
一方、ゼンショーには、以下のルールがある。
「歩く時は1秒に2歩以上」(日経ビジネス2010年9月20日号)
業務に関しても、
(牛丼のよそい方として)
「左手で丼を取り、右手でよそう。この際、足を一歩たりとも動かしてはならない」
「リズムよく重心移動で左、右と流れるように作業をこなす」
(牛丼の下げ方として)
「丼を下げる時は、左手でトレーを持ち、右手で専用ナフキンを使って、テーブルをZ字に拭く」
「その際、上腕を使うと動きが大きくなり、ムダな動きとなるので、肘から下を使う」
など、細かく規定されている。
これらのルールは、工場などで用いられる「動作経済の原則」に基づき考案されたものだ。「動作経済の原則」は、米国の作業研究者ギルブレスによる、楽に作業し疲労を少なくするための原則であり、業務改善手法として知られている。
小川社長は、動作経済の原則を「すき家特有の作業マニュアル」ではなく「不偏的なサイエンス」とし、ココスの従業員たちに、こう呼びかけた。
「もっとサイエンスしよう」。
ココスのスピード改革が始まる。
ゆったりからテキパキへ
「ようこそお越しくださいました」
ゆったり深々と頭を下げて挨拶。
そうじゃない。ファミレスに行くのはハレの日(特別の日)じゃない。ケの日(ふつうの日)だ。「ゆったり」じゃなく「テキパキ」だ。素早く料理を作り、熱いうちに出すことが求められる。
小川社長は、すき家で培った「サイエンス」でココスの業務を見直していく。改革実施から1年半で、経常利益は7億円から20億円、利益率は2%から6.5%と、どちらも約3倍に増加。ココスはM&A成功の出発点となった。
「8倍」。そして「45倍」へ成長
ココスの成功を皮切りに、ゼンショーは、ビッグボーイ・なか卯など、7年間で14社のM&Aを実施。売上を上場直後(2000年度174億円)の「8倍」の1492億円に増大させる。
上場から24年経った現在、売上は上場直後の「45倍」の7799億円、店舗数は1万店超と、和洋中を網羅する巨大外食コングロマリットに成長している。
日本の外食企業No.1となり、世界外食企業トップ10入りも果たし、「フード業世界一」の背中が見えてきた。それでも、ゼンショーは手を緩めない。
「私たちの取り組みはこれからが本番」
だという。
経営自由度が低かったウェンディーズ
4月に買収したロッテリア(ゼッテリア)は、ゼンショーに欠けていたハンバーガーチェーンの穴埋めをすることになる。
ゼンショーがハンバーガー市場に参入するのは二回目だ。かつて、米ハンバーガーチェーン「ウェンディーズ」を国内展開していたが、7年で撤退している。経営の自由度が低かったからだ。
米「ウェンディーズ」と結んだのは、フランチャイズ契約(エリアフランチャイジー)だった。意思決定の大半は米国本部が行う。新商品導入や日本独自の対応などについても、本部の承認が必要となる。経営の自由度は極めて低かった。契約6年目に、米ウェンディーズがファンドに買収され、自由度はさらに低下した。
「ゼンショーのよさを生かした商品政策がやりにくい」
こう考えた小川社長は、フランチャイズ契約を打ち切り、ハンバーガー市場からの撤退を決めた。
経営自由度もシナジーも高いロッテリア
今回の再参入は状況が大きく異なる。
まず、ロッテリアの全株式を取得し傘下に収めている。新商品開発がやりやすい。環境変化に迅速な対応ができる。経営の自由度は極めて高い。
ロッテリアが「ロッテ」から離れたことも好影響を及ぼす。
かつてロッテリアが顧客調査を実施したとき、意外なコメントが寄せられた。
「シェイクがおいしい」
というものだ。ロッテリアでは「シェイク」などスイーツが人気だった。「スイ―テリア」と称しスイーツ販売を強化したこともあった。これは親会社であるロッテとのシナジー効果(総所効果)によるものだ。ロッテは、モナ王・雪見だいふく・レディボーデンなど冷菓の製造販売をしている。スイーツ関連のシナジー効果(相乗効果)が大きかった。
とはいえ、ハンバーガーチェーンにおいて「スイーツ」はサイドメニューだ。メインメニュー「ハンバーガー」でシナジー効果がある方が望ましい。
ゼンショーには、原材料の調達から、製造、加工、物流、店舗販売まで一貫して運営する仕組みがある。牛丼の「すき家」をはじめ、ハンバーグの「ココス」「ビッグボーイ」「ヴィクトリアステーション」、焼肉の「牛庵」「いちばん」など、数多くの「肉」事業を傘下に収めてもいる。
ゼンショーの「ミート(肉)シナジー」は、ロッテとの「スイーツシナジー」よりはるかに大きな収益をもたらすはずだ。
ロッテリアとゼッテリアの違い
今回、田町に1号店をオープンした「ゼッテリア」。ロッテリアとは、商品と価格に違いがある。
商品面では、コーヒーがゼンショーが推進する「フェアトレードコーヒー(※)」に切り替わった。
※ フェアトレードは、立場の弱い開発途上国から適正価格で継続的に購入することで、途上国の生産者・労働者の生活改善を目指す「公正な取引」をいう。ゼンショーは理念である「世界から飢餓と貧困を撲滅する」に基づきフェアトレードコーヒーを推進している。
ハンバーガーの見た目も大きく変わった。バンズが、従来の円形から、リブサンドなどに使われるホットドッグ型に変更されている。
価格は、ロッテリアでは860円の「絶品チーズバーガーセット」が、ゼッテリアでは690円と170円低く設定された。バーガーの形状・大きさが異なるため一概に比較できないが、お得感はあるようだ。
ゼッテリアは、ロッテリアの進化形業態という位置付けだ。既存のロッテリアを新名称に統一するかは明らかにされていない。
好相性と理念の隔たり
マニュアル経営を推し進めてきたロッテリアと、「サイエンス」思考のゼンショーは相性が良い。
一方、ロッテリアの企業理念「すべてのお客様に感動と満足を」と、ゼンショーの企業理念「世界から飢餓と貧困を撲滅する」には大きな隔たりがある。ゼンショーの理念が、ロッテリアにどの程度浸透したのか。ゼッテリアがその試金石となるだろう。
小腹を満たし財布に優しいゼッテリア
ゼッテリアの小振りなバーガーは、「世界の飢餓と貧困の撲滅」にはまだ届かないが、筆者の小腹を満たし財布にも優しかった。
初日の客の入りはまずまず。店舗を増やし、安価なバーガーを多くの人に提供して欲しい。これからのゼッテリアに期待する。
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【注釈】
※1,2
サンパチトリオ:80年代後半のロッテリアの380円のハンバーガーセット。マクドナルドの「サンキューセット」(390円)に対抗したもの。
サンテオレ:明治乳業傘下のハンバーガーチェーン。2006年明治グループを離脱
森永ラブ:森永製菓傘下のハンバーガーチェーン(バーガーキングが買収)
※3 マスマーチャンダイジングシステム(MMD):原材料の調達から、製造、加工、物流、店舗販売まで一貫して運営する仕組み
【参考】
- 「ビジネス三國志-マーケティングに活かす複合競争分析」(プレジデント社)
- 「失敗するから人生だ。」梅沢 正邦 (著)/東洋経済新報社
- 「非情な社長が『儲ける』会社をつくる」有森隆 (著) /さくら舎
- これがゼンショー流の成り上がり術だ ゼンショー・小川社長が語る経営哲学 | 東洋経済オンライン
- CONCEPT2023
- ゼンショー決算資料 他