英国はCOP26においてパリ協定の温度目標(産業革命以降の温度上昇を2℃を十分下回るレベル、できれば1.5℃を目指す)を実質的に1.5℃安定化目標に強化し、2050年全球カーボンニュートラルをデファクト・スタンダード化した。新規化石燃料投資を否定する等、世界のエネルギー情勢から乖離した極端な議論が超量跋扈するようになったのも2050年カーボンニュートラルから逆算するからだ。
今年のG7プロセスにおいても数値目標、化石燃料フェーズアウト、ゼロエミッション車(ZEV)等に関し、極端な議論を展開し、議長国日本を困らせたといわれている。その英国において温暖化対策の一部先送りが発表された。
2035年以降も既存のガソリンエンジン車やディーゼルエンジン車の中古車販売も認められる。更にガスボイラーのフェーズアウトのペースを緩め、家屋所有者に対する省エネ義務の導入も見送ることとした。
9月20日、ラシ・スナク英首相はガソリンエンジン車およびディーゼルエンジン車の新車販売の禁止について、2030年から2035年に延期することを明らかにした。ボリス・ジョンソン前首相が打ち出した内燃エンジン車からEVへの移行が5年遅れることになる。
スナク首相は記者会見において、
自分は2050年カーボンニュートラル目標にコミットしている。他方、その目標追求にあたっては、よりプラグマティックで身の丈に合った(proportionate)、現実的なアプローチをとる。自分のアプローチはより厳格な気候政策をとるべきだという見方と人間が気候崩壊をもたらしているという見方のミドルグラウンドをとるものである。首相就任以来、現行の温暖化政策は2050年まで国民を味方につけ、最も公平で信頼できる道筋をたどるというテストに合致するものではない。現在の政策を続ければ国民の同意を失うことになる。それは当該政策に対するバックラッシュになるのみならず、我々が目指す目標そのものをも危うくする。
と述べた。
EVに関しては、
我々は英国をEVの世界的リーダーにするために努力しており、すでに数十億ポンドの新規投資を誘致している。2030年までには、販売される自動車の大半がEVになると期待される。他方、選択を行うのは消費者自身であるべきであり、政府ではない。初期費用は未だに高く、充電インフラの整備にも時間がかかる。
と述べた。
今回の方針転換の背景は苦戦が予想される来年の総選挙に向け、低所得層のコスト負担増を防ぐというポジションを打ち出し、温暖化対策の更なる強化を唱導する労働党との差別化を図ることにあったといわれている。
スナク首相は財務大臣の頃からEV義務化やガスボイラーフェースアウト等のコストについて疑問を感じており、本年夏にこれら政策の費用対効果をレビューさせたが、説得的な答が得られなかったという。
予想されたように環境関係者は「長期的に英国民のコスト負担を増大させ、温暖化問題における英国のリーダーシップを毀損するものだ」としてスナク首相の方針変更を激しく批判している。環境NGOは「英国は気候変動法に基づき2050年目標を達成するための炭素予算義務を負っている。目標達成を遅らせる今回の決定は違法である」として訴訟を提起すると予想される。
野党労働党は保守党を攻撃する絶好のチャンスととらえており、影のエネルギー大臣であるエド・ミリバンドは「方向感のない行動。リズ・トラス前首相は英国経済を破壊し、リシ・スナク現首相は英国経済の将来を捨てている」とコメントしている。
保守党内での評価は分かれている。COP26議長であったアロック・シャルマ元ビジネス・エネルギー・産業戦略担当大臣のように、国際社会での影響力の低下や、海外投資家のEV関連投資意欲の低下を理由にスナク首相の決定を批判する声がある一方、スエラ・ブレーバーマン内相のように「地球を救うために英国民を破産させることは誤り」と高コストのグリーン政策を批判する声もある。
保守系シンクタンクのGlobal Warming Policy Foundationは、
現在のネットゼロ計画は天文学的にコスト高であり、技術的に不可能であり、政治的に持続不可能である。欧州各国の政府がネット計画から後退し始めている中で、とりわけユートピア的な目標を掲げてきた英国がUターンし、経済的、技術的なリアリズムに回帰することは時間の問題であった。スナク首相の政策変更が事実ならば、気候変動法に組み込まれた一方的なネットゼロ目標見直しの第一歩になり得る。保守党の環境派や一部の自動車産業からは内燃自動車販売禁止を遅らせたことでビジネスの予見可能性を低めるとの批判があるが、これは人々が政府の強制なしにEVを購入することに自信がないからだ。
とのプレスリリースを出している。
スナク政権の軌道修正により、来年予定されている総選挙ではグリーン政策が一つの争点になるだろう。高コストのグリーン政策の見直しによって保守党の支持を強化しようというスナク首相の目論見が成功するのか、更にはこれが欧州において跳梁跋扈する環境原理主義からより合理的なエネルギー環境政策への転換の第一歩になるのか、今後の動向が注目される。