フランシスコ教皇が正式な外交関係がないベトナムに住む信者向けに書簡を発表したと聞いた時、フランシスコ教皇の前任者ベネディクト16世が2007年6月30日、「中国人への手紙」を発表したことを思い出した。南米出身のフランシスコ教皇がベネディクト16世の「中国人への手紙」を思い出し、今回の「ベトナム信者への手紙」を書くことを思い立ったのではないか、と勝手に考えた。
ベネディクト16世の「中国人への手紙」は2部構成だった。1部は中国共産党独裁政権下で弾圧を受けている地下教会の聖職者、信者への熱いメッセージ、2部では北京政権に対して、「信仰の自由」の保証、特に、バチカンの聖職者任命権の尊重を要求している。
同書簡は発表から数日後、インターネット上から消えた。中国のインターネット会社は中国当局からの圧力を受け、ベネディクト16世の書簡(通称「中国人への手紙」)をインターネット上から削除した。中国の官製カトリック聖職者団体「愛国協会」関係者はベネディクト16世の書簡を信者に配布することを拒否し、インターネット上からもローマ教皇の書簡が消えた。中国共産党政権にとって、「宗教の自由」を呼びかけたローマ教皇の書簡内容は「過激すぎた」というわけだ(「ローマ法王の書簡が消えた」2007年7月5日参考)。なお、フランシスコ教皇は2018年、北京政権との間で司教任命権に関する暫定的合意に達した。
ベトナムとバチカン両国はこれまで正式な外交関係はない。ベトナムで1975年、共産党政権(社会主義共和国)が樹立されて以来、両国の関係は途絶えた。ベトナム人口9730万人のうち約800万人がローマ・カトリック教徒と推定され、同国はフィリピン、韓国と共にアジアのカトリック国に入るが、バチカンとベトナムの両国関係は過去、険悪な関係だった。両国間には司教任命問題や聖職者数の制限問題などが山積していた。キリスト教会の活動は厳しく制限され、聖職者への迫害は絶えなかった。
ただし、両国は1990年代以降、外務次官級の代表団を相互派遣し、司教の任命を含む教会の問題について年に1、2回交渉してきた。例えば、ベネディクト16世は2007年1月25日、教皇庁内でグエン・タン・ズン首相と会談し、09年12月11日にはグエン・ミン・チェット国家主席をバチカンに招いた。その後もズン首相が14年10月、バチカンを再訪し、フランシスコ教皇と会談。15年1月にはバチカンから福音宣教省長官フェルナンド・フィローニ枢機卿がベトナムを訪問し、ズン首相と会談した。ズン首相は当時、「わが国では宗教の自由が保障されている」と強調し、バチカンとの政府レベルの交流を歓迎している(「ベトナム、バチカンとの関係を前進」2021年11月15日参考)。
フランシスコ教皇の「ベトナム信者への手紙」は9月29日、バチカンから公表された。ローマ教皇が「ベトナム信者への手紙」を送るのは、バチカンとベトナム両国が9月28日、両国に常駐する代表派遣で合意したことを受けたものだ。その結果、バチカンはハノイに常駐する教皇代理を派遣することができるようになった。フランシスコ教皇は2023年7月27日、ベトナムのヴォ・ヴァン・トゥオン国家主席とバチカンで会合し、両国間の常駐代表の派遣で合意した。
フランシスコ教皇は手紙の中で、過去数年間の両国間の「良好な関係」を称賛し、7月末にバチカンでベトナムのヴォ・ヴァン・トゥオン国家主席と会談したことに言及、双方向の作業グループでの定期的な対話により「相互の信頼が育まれた」とし、将来的にも成果を生むだろうと述べている。例えば、司教任命権では共産主義政府は司教候補者を推薦する権利を主張していないが、バチカンが望む候補者はまず政府の承認を得なければならないことになっている。これは、2018年に施行された宗教団体に関する法律が定めている。
フランシスコ教皇はベトナムのカトリック教徒に向けて、「国家の中心で福音を実践し、国が均衡のとれた社会的経済的発展をめざす取り組みを支えるべきだ。『良きキリスト教徒であり、良き国民』であるべきだ。そして公正で連帯的で均衡のとれた社会の構築に忠実でありたい」と述べている。
そのうえで、教皇は「コロナパンデミックの間、ベトナムの教会はすべての被災者のために活動し、社会の中で酵母としての役割を果たした。将来も、宗教的、民族的、政治的な所属を問わず、ベトナムのすべての人々に対してアプローチし続けるべきだ」と強調している。
ベネディクト16世の「中国人への手紙」、フランシスコ教皇の「ベトナム信者への手紙」は、いずれも共産主義国に住む信者向けの書簡だ。宗教を否定し、「信教の自由」を蹂躙してきた共産主義社会で神に出会った国民への教皇からの熱いエールだ。前者は学者教皇らしく単刀直入なアピール、後者は外交的な表現で関係の発展を願う心遣いが伝わってくる。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2023年10月1日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。