国民民主党の基礎控除引き上げ案を批判したら、支持者から同じような反論がたくさん来るので、昨年10月の記事で解説しておく。
アドホックで不公平な「所得控除」
これは基礎控除(48万円)と給与所得控除(55万円)の合計103万円を、賃金上昇に合わせて178万円に上げようというものだが、所得控除を上げて減税するのは筋が悪い。これは課税対象となる所得を減らすもので、総額150兆円。所得税率の高い金持ちほど有利になる。所得控除に浸食されて所得税の課税ベースが狭く、税負担が中間層に集中している(図1)。
最大の所得控除は、給与所得控除(62兆円)である。これはクロヨンなどの捕捉率の問題を解決するためにできた制度だが、年収103万円の場合、基礎控除と給与所得控除が合計103万円なので、課税所得はゼロになる。これがよく問題になる「年収の壁」で、103万円以上は働かない逆インセンティブになってしまう。
これを廃止して、サラリーマンも確定申告してはどうだろうか。これによって源泉徴収で自動的に税金をとられているサラリーマンも、自分がいかに高い所得税や社会保険料をとられているかを実感し、消費税ばかり騒ぐ情報弱者もいなくなるだろう。
これは義務づける必要はなく、面倒だと思う人は源泉徴収で所得控除を申告しなくてもいい。ただ確定申告すれば年収の半分ぐらい経費として控除できるので、高所得者ほど申告のインセンティブがある。
所得控除より税額控除
それでは低所得者の税負担が増えるので、これを解決する一つの方法として、定額の税額控除がある。これは税率に関係なく定額を差し引くもので、低所得者に有利だ。たとえば基礎控除(28兆円)と、批判の多い配偶者控除(4兆円)と年金控除(12兆円)を廃止すると、
(28兆円+4兆円+12兆円)÷1.25億人=35.2万円
これは昔から財務省の提案している「給付つき税額控除」だが、ネーミングがわかりにくいので、フリードマンの負の所得税(negative income tax)を使おう。この奇妙な減税も「税率マイナスの所得税」と考えれば、整合的に理解できる。
これは図2のように所得税から定額(定率でもよい)で税を還付し、税を払っていない人には還付額と同じ給付金を出すシンプルな制度である。生活保護と違って、働くと所得が上がる。アメリカではEITC(勤労所得税額控除)と呼び、イギリスやカナダにも同様の制度がある。
これを毎月7万円還付し、非課税世帯には7万円の給付金を出すと、最低保障額が年84万円のベーシックインカムになる。この場合は84万円×1.26億人=100兆円という膨大な財源が必要になるが、負の所得税はそれより広い概念で、すべての人の生活を保障するものではない。
公的年金を廃止して負の所得税に置き換えるのがフリードマンの原案だが、これは政治的に不可能なので、年金の既得権を認めて再分配すると、どれぐらい分配できるだろうか。
最低所得を保障して生活保護を廃止する
大事なのは、これによって最低所得を保障すれば、生活保護を廃止できるという点だ。負の所得税は、勤労所得にかかるので、生活保護と違って働いたら給付を止められることもなく、所得は上がる。給与所得控除を実額控除にして人的控除40兆円を廃止し、生活保護4兆円を廃止すると、
(40兆円+12兆円+4兆円)÷1.25億人=44.8万円
だから、年額約45万円が還付できる。負の所得税は既存の年金制度などの既得権は侵害しないので、この他に高齢者には国民年金(年額65万円)も出る。ほとんどの人の老後の生活保障には十分だろう。障害者など働けない人には、特別給付金を出せばいい。
所得控除には既得権も大きいので政治的には容易ではないが、税額控除は規模を縮小すれば合意できる。その意味では(よくも悪くも)抜本改革ではないので、高所得者には還付しないで最低保障額を増やすなどチューニングすれば、政治的にも実現可能だろう。