日本の給与は本当に安い?:こんな素晴らしい国なのに

日銀の植田総裁が衆議院財務金融委員会で答弁を行いました。日経は「好循環が少し起きている」とし、ブルームバーグは「日銀の物価見通し、誤りがあったことは認めざるを得ない」という記事のタイトルです。読み手の印象はまるで違いますね。

今日はブルームバーグの記事を参照にしながら日本の給与のこと、景気のことを考えてみたいと思います。

植田氏が足元の物価高は二つの因子、輸入物価の上昇(「第一の力」)と賃金と物価の好循環(「第二の力」)があり、輸入物価の見通しは誤りで想定より強かったと認めています。一方、賃金と物価の想定については「あまり大きく外していない」と述べています。

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輸入物価の上昇を甘く見たのは黒田前総裁でパウエル議長と同じ過ち、つまり今回のインフレは一過性である、という点を最後まで曲げなかったことでしょう。パウエル議長はすぐに修正し、キャッチアップさせるために激変とも言える利上げを行いました。幸いにして日本では輸入物価について企業がある程度クッション役になってくれたことで最終価格への影響が軽微になったといえます。

これを言い換えるなら欧米は輸入物価の上昇はダイレクトに消費者に響くので物価高が統計上出てくるが、日本は緩衝効果が実態を見えずらくしているといえそうです。

私は植田氏の「第一の力」「第二の力」以外に日本だけにある「第三の力」があると思っています。これは「企業緩衝効果」です。日本は輸入財が最終消費者に行き渡るまでに相当数の企業を介します。特にそれが素材であれば加工プロセスを経るため、それこそ5つも6つ、あるいはそれ以上の会社を経由します。今まではそれぞれの会社が2-3%ずつ努力すればすぐに総計10%以上の削減効果は生まれました。

ところが、日本の失われた30年の原因の一つである「値上げに対する恐怖感」はコロナ明け前後から「背に腹は代えられない」に転換しました。一時期はテレビニュースで「今月の値上げアイテムの数」をいちいち報じていたくらいです。

企業はこの我慢分を取り返したいと思っており、チャンスがあるなら値上げしたいのです。私は去年から再三、日本の物価上昇は欧米が止まってもまだ続くと思う、と申し上げたのはここに理由があるのです。極端な話、物価がもう少し上がってくれた方が企業は値上げする理由付けになるぐらいのところもあると思います。

物価指数については日本はガソリンと電気、ガスに政府補助が出ているので押し下げ効果が出ています。これが欧米とのもう一つの差です。この違いは間接的影響を含めれば物価で0.50%程度はあるはずで、仮にこの政府補助がないと企業は更なる値上げラッシュになっていたはずです。

次に日本は景気が悪いのか、です。様々な指数があるのですが、景気が良いかどうかは主観によるところも大きいと思います。メディアは一般大衆寄りのトーンの報道を好みます。つまりどうしても左寄りです。街角の主婦に「景気はどうですか?」と聞けば「良いです」などと答える人がいるわけないしそれは放送に採用されないのです。大阪の人の表現もユニークです。「ぼちぼちでんな」は悪くないという意味とされるように人々は自分を実態より悪く表現することが日本的「控えめな」表現なのです。

では日本の給与はどうでしょうか?実は日本の報酬は給与以外にベネフィットが非常に多いのが特徴です。通勤手当、住宅補助から始まり、家族手当とか寒冷地手当、運転手当、皆勤手当、引っ越し手当、単身赴任手当…無数にあります。これらの多くは給与とは別腹です。つまり貰っている側は給与明細に記載されていても「給与じゃない」と思う訳です。

海外ではこれらをフリンジド ベネフィットと称し、全て課税対象になります。通勤についても会社の仕事は「会社の玄関に入ってから」なので通勤時間は仕事とはみなさないし、通勤手当もありません。途上で交通事故にあうのは個人の問題で会社の責任にはならないのですが、日本は通勤は仕事の一環で労災が絡んできます。なぜなら通勤手当を払うことで会社が家を出た瞬間から会社の業務の一部とするから、ともいえます。

私のシェアハウスなどに住む複数の外国人が「賃貸契約が会社になります」と連絡してきました。つまりシェアハウスの契約者が会社になり、賃料も法人からの入金になり、当該入居者は一部の賃料負担だけになるというわけです。個人負担率はいくらかわかりませんが、最低でも半分前後は出してくれるはずです。個人のお財布から見れば賃料が半分になったわけですが、いつの間にか「当然の権利」に変わっていて「隠れた給与」とは思わなくなるのです。

ちなみに私がカナダに来た時、このフリンジドベネフィットを含めた給与の再計算を行い、納税申告をしたら年収は2000万円を軽く超え、多額の税額を払いました。1992年、私が29歳の時です。これが意味するのは日本の給与は欧米に比べて安いと言いますが、計算基準が全然違うのです。想像ですが、日本の上場企業あたりにお勤めの方の給与は欧米並みかそれ以上になると思います。総理大臣の給与が何十万円か上がることでぐずぐず言っている場合ではないのです。

これらを勘案すると①日本の景気は悪くない、②日本の給与も悪くない、③燃料費の政府支援もあり、④政府は更にバラマキをしてくれる というこんな素晴らしい国なのに日銀総裁はいまだにグリップが硬く、街角からは「高いわー」の大合唱であります。ある意味、不思議とも言えるかもしれません。

では今日はこのぐらいで。


編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2023年11月9日の記事より転載させていただきました。

会社経営者
ブルーツリーマネージメント社 社長 
カナダで不動産ビジネスをして25年、不動産や起業実務を踏まえた上で世界の中の日本を考え、書き綴っています。ブログは365日切れ目なく経済、マネー、社会、政治など様々なトピックをズバッと斬っています。分かりやすいブログを目指しています。