すぐにわかった気になってはいけない

黒坂岳央です。

情報化社会になり、AIまで答えを出してくれる昨今、何でもかんでもインスタントに白黒ハッキリした答えを求める人が増えていると感じる。こうした環境は知的忍耐力を極端に落とし、わかりやすい形の二元論以外を受け入れなくなってしまいがちだ。

計算が速い、理解が早い。こうしたファスト思考がもてはやされがちだが、じっくりと本質、真理を追求し今ある常識を常に疑い、自分なりの答えを納得行くまで時間をかけて追求するスロー思考が必要な時が来ているのではないかと思う。

ファスト思考、すなわち何でもかんでも「すぐわかったつもり」になってはいけないと思うのだ。

Deagreez/iStock

相手をわかった気になってはいけない

「最近の若者は協調性がない」
「中高年は暴力的な人が多い」
「あの国の人達はマナーがなっていない」

こうしたステレオタイプをはじめ、多くの人は先入観やちょっとしたやり取りで相手を理解した気になってしまう。そして自分の思い込みで相手の人間性や性格を決めつけ、すっかりわかった気になる。しかし、これはとても危険な思考だ。お国柄とか、性別、兄弟の有無など置かれた「環境の差」以上に、「個体差」の方が遥かに大きいからだ。個体差を無視して外的環境やステータスだけで相手をわかった気になると、往々にして見誤ることになる。

たとえば詐欺に騙されやすい人がそうだ。自分が怪しいと思い込んだ相手が、よく話を聞くと実はとてもいい人そうだと感じたらその時点から、完全に警戒心を解いて相手のいうことを鵜呑みにしてしまいがちだ。詐欺をする人はその辺の人心術を掌握しているので、すべては計算づくで相手を籠絡する。詐欺に引っかかる人は、「自分は相手のことをしっかりわかってるから」と思い込んでいることがほとんどだ。しかし、それは思い込みの幻想に過ぎない。

自分は記事や動画を出している立場で見た人から「あなたのことはよくわかっている」と相手から言われることがある。「あなたはこういう性格と価値観なので、今回の話はずいぶん思い切りましたね」みたいに言われた時には、「いやあそんなことないのだが、相手にはそんな風に見えているのか」と驚いてしまう。良くも悪くも、一度も会ったこともない人のことを、そんなに簡単にわからないと思うのだ。

ネットでは強気で怖い雰囲気の人は、リアルで会うと実際には物腰柔らかくて丁寧な対応をしてもらう、という経験が自分には何度もあったので余計にそう感じるのだ。

知識をわかった気になってはいけない

あちこちで動画や記事、セミナーで専門家が難しい内容をわかりやすく簡単に解説している。最近では60秒のショート動画で短時間で濃度の高い情報を出す人もいる。危ないのは軽く聞きかじった程度で「全部わかった」と思い込んでしまうことだ。

その道の専門家といっても、流派は色々とわかれるしその人の専門知識、技術のレベルにも大きな差がある。英語教師でも英語力や英語使用経験は雲泥の差があるし、税理士でも弁護士でも医師でもそれは同じである。知識や技術の高さと、コミュニケーション能力はまったく別スキルなので「わかりやすく上手に話す人=専門分野の能力が高い人」とは限らない。時には間違っていたり、誤解を招くことを言う人もいる。それをたった数秒間聞いて「全部わかった」と早合点するのは大きなリスクを背負うことになる。

たとえば健康系の情報について言えば、人によっても意見は様々わかれる。栄養はサプリとプロテインでOK!という人もいれば、栄養を固めたものを過剰摂取しても吸収されないから無意味!という人もいる。また、白米やパンなどの炭水化物はエンプティカロリーだから食べるな!と言う人もいれば、しっかり食べてエネルギーを作れ!という人もいる。こうなると誰が正しいかわからない。一番よくないのは、極論を数秒間聞いてこれぞ正解と判断することで、それは自分の健康を害する恐れがある。

自分の場合は歴史に立ち返るのがベストだと思っている。日本人の体のベースは縄文時代とあまり変わらないとされており、極端に特定栄養を過剰摂取するのではなく、できるだけ自然由来で、調理に手間を掛けたものをまんべんなくバランスよく日替わりでとるのが一番いいと思っている。そうすればこれまでの健康の学説がひっくり返されても「リスク分散」は確立できている。

世の中には「思想や宗教などより、科学こそ神だ」と信じる人がいるが、そういう人こそ「科学教」を信仰しているのに等しく、後の科学技術の発展で常識が覆されることを想定していない。科学による証明は「現時点で正しい可能性が高い」というだけで、100%の真理という保証など誰にもできない。だからちょっとかじってわかったつもりで、過剰な生活改善は危険なのだ。

スピード社会だが、結論は急ぎすぎてはいけない。確かに1+1=2のような絶対的な解答は1秒でも速いほうが正義だが、生き方や人間性、哲学や知性を磨く過程においてはファスト思考は命取りだ。それっぽい答えのように見せるのが上手な人に籠絡され、本質を見失ってしまう。時間をかけてでもじっくりスローに思考して人生まるごとを使って答えを追求する。その価値観を忘れてはいけない。

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ビジネスジャーナリスト
シカゴの大学へ留学し会計学を学ぶ。大学卒業後、ブルームバーグLP、セブン&アイ、コカ・コーラボトラーズジャパン勤務を経て独立。フルーツギフトのビジネスに乗り出し、「高級フルーツギフト水菓子 肥後庵」を運営。経営者や医師などエグゼクティブの顧客にも利用されている。本業の傍ら、ビジネスジャーナリストとしても情報発信中。