アルゼンチン新大統領選のミレイ氏、米トランプにイデオロギーが酷似?

今月19日の大統領決戦投票でハビエル・ミレイ氏が勝利したが、それには二つの要因がある。

正義党キルチネール派の政権に市民はもううんざりしていた

そのひとつは、2003年から今年2023年まで途中2015年ー2019年を除いて16年間続いた正義党キルチネール派の3人の大統領による政治に大半の国民はもううんざりしていて、変革を望んでいたということ。

この16年の期間におけるアルゼンチンは社会主義化した統制経済で政府が経済にことごとく干渉。そしてこの3人の大統領による累積インフレは970%。特に、現大統領アルベルト・フェルナデス氏の4年間の政権下での累積インフレは現在まで610%という驚異的な数字を達成している。

この影響もあって、国民はフェルナデス大統領の存在をもう無視している。全く無能な大統領だとして。彼の任期は12月10日で終了するが、現在まで今年のインフレは140%であるが、それが今年末までに170%まで上昇することが懸念されている。フェルナンデス大統領のこの1年半は経済についてはセルヒオ・マサ経済相に一任したままで、彼がどこまで自国の経済について把握しているか疑問だとされている。

皮肉なのは、このセルヒオ・マサ経済相が大統領予備選、大統領選そして上位二人の候補による決戦投票まで進んだことである。アルゼンチン以外の国であれば、高いインフレを記録し、経済は停滞したまま40年前の所得に逆戻りし、貧困層は40%を超え、子供だけを見た場合は56%の貧困率となっている。このような最悪の経済社会事情にある中で、政府の経済相が決戦投票まで進出したというのは他の国だと考えられないことである。

ところが、アルゼンチンは戦後ペロン将軍が経済を立て直したということで、彼を称えるペロン党が誕生し、この政党が現在まで正義党としてアルゼンチンの政権の大半をほぼ担って来たのである。日本で言えば自民党のような政党である。

正義党がなぜ選挙に強いのかと言えば、その組織力と資金のバラマキである。地方で資金難にある自治州や自治体さらに貧困層に対しても正義党の候補者に票を投じる代わりにお金をばらまく。これができる政党なのである。その資金源の一つはアルゼンチン中央銀行だ。そこで発行される紙幣の一部は正義党に流れている。この4年間で中央銀行から正義党がかすめた資金は90億ドルとも言われている。だから、正義党の候補者が有能でなくても、その候補者を打倒するのは容易ではない。

アルゼンチンを改革するにはミレイ氏しかいない

もうひとつは、ハビエル・ミレイ氏は極右とされているが、アルゼンチンのようにキルチネール派による社会主義化した国では自由至上主義者は極右と見られる傾向がある。しかし、ミレイ氏が主張しているのは経済の自由化、公営企業の民営化、アルゼンチンの慢性病である高いインフレを抑える為に法定通貨を米ドル化することを提唱。更に、財政赤字を削減させるのに政府の補助金の削減などを提唱している。ということで極右ではない。

アルゼンチンでは生活保護から始まって電気料金、水道料金など政府は補助金を市民に支給している。この財政負担が政府にとって重荷となっている。それを削減させて、経済を自由化させて貿易を発展させて市場経済を潤そうとするのがミレイ氏の考えである。

キルチネール派では外貨がいつも不足しているので輸出に対して課税するという常識では考えられないことまでやっている。更に、キルチネール派では物価の上昇を抑えるのに主要品目の価格を凍結させることまでやってきた。ところが、それを解除した途端に物価は急上昇するという現象を生んでいる。これをキルチネール派の3人の大統領がやって来たのである。

このような政府の市場経済における干渉をミレイ氏は全て撤廃するとしている。ミレイ氏は経済学者で、オーストリア学派とシカゴ学派の影響を受けている。アルゼンチンでは恐らくトップレベルの経済学者であろう。

ミレイ氏は国民の前にアルゼンチンを「チェンジ」させることができる人物だと自らを称している。そしてインフレともおさらばできると断言している。

長年のキルチネール派の自由に欠ける市場にうんざりしている多くの国民にそれを訴えて来た。その功が奏して大統領予備選ではトップの得票率を獲得。それはメディアでも予測しなかった。しかし、それだけ多くの市民はアルゼンチンに「チェンジ」を希望しているということである。

このトップ当選以後、ミレイ氏は議員生活2年目であったがメディアで注目されるようになった。それが彼の人気をさらに高める要因となった。しかし、前途洋々ではない。何しろ、彼がリードする政党には組織力も資金もない。唯一、新鮮さで人気を集めている。しかし、それだけでは決戦での勝利は難しい。何しろ、マサ経済相との1回目の大統領選での票差がおよそ200万票あった。この差を埋めるのは組織力も資金もないミレイ氏では容易ではなかった。

ミレイ氏を勝利に導いた決定的な要因はマクリ元大統領が味方したことだ

それに加勢したのが改革派のマウリシオ・マクリ元大統領(2015-2019)である。彼が率いていたパトリシア・ブルリッチ候補は3位となり、決戦への進出は成らなかった。彼女が獲得した600万票の大半をマクリ氏のリードでミレイ氏に投票するようにさせたのである。

マクリ氏にとってキルチネル派は絶対に打倒すべき相手であった。その結果、ミレイ氏とマサ氏の決戦での票差はおよそ300万票ということで、ブルリッチ候補の600万票の大半がミレイ氏に投じたことを意味することになった。

正義党の候補者が300万票の差で敗北するということは初めてのケースでもあった。それだけ、有権者の間ではキルチネール派の勝利を望んでいなかったということだ。それを知っていたマサ氏はキルチネール派ではなく正義党のペロン党を復活させると言っていたが有権者には彼はキルチネール派の候補者だとしかみなさなかった。

これからマクリ氏の意向がミレイ氏のグループにどこまで影響するか不明であるが、それも徐々に解明されていくはずだ。即ち、閣僚のポストにマクリ氏が推薦している人物がどこまで入閣できるかということである。特に、経済相にはマクリ氏の意向を反映させたいとしているが、ミレイ氏の通貨のドル化を将来実施するのに就任する経済相が同意しておく必要がある。

ミレイ氏が参考にしたドル化に至る過程を理論化しているエミリオ・オカンポ氏はアルゼンチン中央銀行の総裁に就任してもらうことをミレイ氏は考えているようだ。オカンポ氏によって中央銀行の解体を進めてもらう意向だ。ドル化を実施すれば中央銀行は必要なくなるからだ。

誰が経済相に就任するのか、まだ時間がかかりそうだ。というのも、12月10日までマサ氏が経済相の地位にあり、マサ氏が新しいく経済相に就任する人物を阻害しないようにするためでもある。しかし、この任命も長くは引き延ばせない。経済界では就任する経済相が誰かということでドル化に早速取り組んで行くのか、それともドル化はまだ先の事か判明するからである。ミレイ氏はドル化そしてインフレを抑えるのに凡そ18カ月が必要だとしている。実際、多くの経済学者は来年も毎月インフレは2桁を維持して行くと指摘している。

ミレイ氏が大統領に就任した後、彼の政策を議会で承認させる必要がある。それにはまたマクリ氏がリードする政党の協力が必要になって来る。特に、需要なのは上院と下院議会の議長に誰を就任させるかである。特に下院議長の選任がまだ不明である。一方の上院議長にはミレイ氏の政党のNo.2であるビクトリア・ビリャルエル副大統領が就任することになっている。彼女の父親はフォークランド戦争で中佐として参戦した。