イタリアの離脱にみる「一帯一路」の失敗(古森 義久)

左:メローニ首相(イタリア) 右:習近平国家主席(中国)
Wikipediaより

顧問・麗澤大学特別教授 古森 義久

イタリアが「一帯一路」からの離脱を決めた。中国の野心的なインフラ建設構想の「一帯一路」の失敗を改めて証明する動きである。イタリアは自由民主主義を掲げるG7諸国のなかで、ただ一国、この中国の構想に参加した国だった。だがその離脱はこの構想の欠陥を証したといえよう。

ジョルジャ・メロー二首相が率いるイタリアの現政権はこの12月はじめ、中国に対して一帯一路構想からの離脱を正式に伝えたことを発表した。イタリアは2019年3月、当時の政権が一帯一路に加わった。アメリカ、イギリスなどG7諸国がみな中国の覇権的なこの構想には懐疑を示すなかで、イタリアのこの参加は異色であり、中国の習近平政権には激励の形となった。

しかし2019年末から中国の武漢で発生した新型コロナウイルスがこの一帯一路での交流のためにイタリアでも大感染する結果となった。ヨーロッパ全体でも感染者、死者が突出して多くなったイタリアでは、一時は死体埋葬ができないほどの惨状となった。その原因は内外で一帯一路による中国・イタリア間の人間の交流の多さが挙げられていた。

メロー二氏は野党時代から一帯一路参加への反対を表明していた。経済面でも中国との特別な絆は顕著な利得をイタリア側に生み出すことがなかったと指摘されていた。

このイタリアの動きは日本にとっても教訓だといえる。なぜなら日本がこの一帯一路に参加しなくてよかったことの立証だからだ。日本では安倍政権時代に政権内の一部でこの構想への参加に傾く動きがあったのだ。日本が加わらないで、本当によかった。参加していたら、いまごろ極めて中国とともに国際的な恥辱となっていただろう。

ただし、日本ではこの構想を失敗だと明言する人はいまもなお極めて少ない。いまやどうみても挫折、よくみても不成功としか判断するほかないこの構想を「まあ、それなりの成果をあげた」というような曖昧な表現で総括する中国専門家が大多数のようなのだ。その背後には中国政府への日本の中国専門家たちの生来の忖度や恐怖がちらついている。

だがアメリカ側ではこの構想を当初から中国の覇権の追求とみて警戒し、批判していた。その種の批判では「荒廃への中国の道・北京の一帯一路の真の被害」と題する論文が代表的だった。大手外交雑誌の「フォーリン・アフェアーズ」10月号に載った長大な同論文はスタンフォード大学の国際問題研究所の2人の研究員フランシス・フクヤマ、マイケル・べノン両氏が筆者だった。

フクヤマ氏は東西冷戦でのソ連崩壊について「歴史の終わり」という論文で国際的注目を集めた政治学者である。べノン氏は国際開発を専門とする経済学者である。

この論文は中国が総額1兆ドルを100ヵ国以上に投資して、世界最大規模のインフラ建設を進めたが、中国のパワーと影響力を広め、中国、対象国の両方に経済成長効果をもたらすという本来の目的を果たさず、世界規模の債務の拡大と中国への反発や不信を増すだけに終わった――と総括していた。

同論文は一帯一路により「債務の罠」や債務の破綻をきたした国としてスリランカ、アルゼンチン、ケニヤ、マレーシア、パキスタン、タンザニアなどを挙げていた。中国への債務を払えなくなったこれら諸国の多くは国際通貨基金(IMF)や世界銀行の特別救済資金に頼ったことで一帯一路の被害は国際社会主流の公的開発資金にも及んだという。

ワシントンの研究機関「ジェームズタウン財団」も10月下旬に一帯一路を総括する論文を発表した。「どこにも行かない中国の道」という題の同論文は中国側が重視した「中国パキスタン経済回廊」構想がパキスタン側の財政破綻や住民の大抗議でパキスタンの年来の親中姿勢までを変えたと指摘した。

同論文はこの経済回廊が中国の新疆ウイグル自治区からパキスタンのグワダル港を鉄道や高速道路で結ぶ構想だったが、中国側の融資の内容が不透明な点や実際の工事に中国側の企業だけを使う点などがパキスタンの反発を生んだという。

アメリカ側では中国が一帯一路の陸上の出発点を新疆ウイグル地区としたことがウイグル民族への大弾圧につながったとの見方も広範だった。

アメリカではそもそも2018年の国防総省の中国の軍事力についての報告でも一帯一路の軍事戦略的な危険を指摘していた。一帯一路は「国家集中的な政経システムを国際拡大する覇権志向の構想であり、他国に中国への債務依存を通じ軍事面での基地使用をも狙う」としてスリランカのハンバントタ港の例を挙げていた。

いまバイデン政権の国防次官補を務める中国問題専門のイーライ・ラトナー氏も2018年の議会証言で「中国が自国の独裁態勢を対外的に拡大し、アメリカ主導の国際安全保障態勢を崩すことが一帯一路の真の意図だ」と述べていた。だが中国側のその狙いは成功しなかった、というのがいまのアメリカでの一致した見解だといえる。

この一帯一路失敗という見解は、まずいまの中国の経済自体が衰退し、弱体化したことでも確実に証明されるといえよう。この構想はそもそも中国自体の経済を国際的な場で成長させ、その影響力をグローバルに広げることを意図していた。だが構想のスタートから10年の現在、中国経済はかつてない縮小を明示したのだ。

中国から融資を受けた一帯一路参加の諸国の経済も顕著な成長や好調を示したところは皆無に近い。要するにこの巨大な国際インフラ建設計画は国際的な経済活力を生まなかったのだ。

この構想の失敗は、習近平主席が今後の一帯一路について「小さく美しく」と根本方針の変更を明言したことでも裏付けられる。これまでの構想は「大きく醜く」だったことの自認だとも解釈できる言明なのである。日本もこの一帯一路の構想に参加せず、本当によかった。その不参加の断を下した安倍晋三首相の判断は改めて賞賛されるべきだろう。

古森 義久(Komori  Yoshihisa)
1963年、慶應義塾大学卒業後、毎日新聞入社。1972年から南ベトナムのサイゴン特派員。1975年、サイゴン支局長。1976年、ワシントン特派員。1987年、毎日新聞を退社し、産経新聞に入社。ロンドン支局長、ワシントン支局長、中国総局長、ワシントン駐在編集特別委員兼論説委員などを歴任。現在、JFSS顧問。産経新聞ワシントン駐在客員特派員。麗澤大学特別教授。著書に『新型コロナウイルスが世界を滅ぼす』『米中激突と日本の針路』ほか多数。


編集部より:この記事は一般社団法人 日本戦略研究フォーラム 2023年12月11日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は 日本戦略研究フォーラム公式サイトをご覧ください。