研究員 橋本 量則
はじめに
2023年12月14日、都内で日英伊3カ国の防衛相会談が行われ、ある条約に署名した。ちょうど一年前の2022年12月9日、3カ国の首脳は、2035年までに次期戦闘機を共同開発するというグローバル戦闘航空プログラム(Global Combat Air Programme、以下GCAP)を発表しており、今回の外相会談ではそのプログラムを確認し、その司令塔となる機関を設立するための条約に署名したのである。
この会談で正式に、機関の本部は英国に置き、そのトップを日本が派遣し、企業で作る枠組みのトップはイタリアが派遣することとなった。
本稿では、このプログラムに対する日英の本気度の差について述べてみたい。
英国の本気度
英国防省によると、次期戦闘機開発に関する技術開発に英国政府はこれまでの5年間で既に20億ポンド(3,615億円)を費やしてきた。それに加えて、産業界は6億ポンド(1,080億円)を既に拠出している。この4,700 億円はGCAPにかける英国の本気度を表していると言ってもよい。既にこれだけの額の開発に費やしてきたからには、英国はこのプログラムを何としてでも成功させなくてはならないし、それは英国主導でなくてはならないと考えるのが自然である。
一方、日本はどうであろうか。2022年の末に出された新防衛3文書において、防衛費の大幅増額が打ち出され、2023~2027年の5年間で総額43兆円の予算が認められた。その際に防衛省が出した防衛力整備計画によると、次期戦闘機の研究開発に7,000億円を当てるという。
日英伊3カ国の共同開発計画が具体化する以前、2020年10月、防衛省は次期戦闘機全体のインテグレーションを担当する機体担当企業として、三菱重工業と契約を締結し、開発に着手している。
2022年版の防衛白書によれば、「わが国の防衛にとって、航空優勢を将来に亘って確保するためには、最新鋭の優れた戦闘機を保持し続けることが不可欠である」という大前提に立ち、2035年頃から退役が始まるF-2戦闘機の後継機の開発を、国際協力を視野にわが国主導で実施することにより、優れた空対空戦闘能力を確保することを目指すことにしたという。加えて、数十年に亘り次期戦闘機に適時適切な能力向上の改修を加えることを可能とする自由度や拡張性や、さらに、多くの可動数と即応性が確保できる国内基盤を確保することの重要性を認識し、これを実現するために契約に至ったという。
だが、防衛費に制約がある状態で、これに英国ほどの予算が当たられたとは考えられない。5年間で7,000億円という数字は飽くまで、2022年12月に防衛費の大幅増額が決まった後で認められたものである。それ以前の研究開発で4,700億円を費やしたとはとても考え難い。我が国には特有の予算的制約があるのも事実だが、研究開発にいくら費やすかは単純に本気度の物差しとなる。この点、英国は日本よりもGCAPに対して真剣であると言えよう。
実を取った英国
それは12月14日に英国防省が発表したプレスリリースにも表れている。これは上述の条約に署名したことを伝えるものであるが、それから英国の意気込みもよく伝わってくる。プレスリリースは3つのポイントを強調する。
- 未来の最新鋭ステレス戦闘機は、3カ国の軍事能力向上、戦略的利点、繁栄を促進することを目的とする。
- 英国に置く機関は、日伊が当初派遣する代表たちのポジションを含め、数百の雇用を確保することになる。
- 本計画は、将来の欧州大西洋、インド太平洋の安定と、より広範な世界の安全保障を支えることとなる。
ここで注目したいのは2番目のポイントである。プレスリリースは、「この計画により、今後10年とそれ以降、高度な技術を要する職が英国とパートナー国に生まれることが期待される」と述べ、英国内ではBAEシステムズ、ロールスロイス、レオナルドUK、MBDA UK、それらに連なる数百を超えるサプライチェーン企業がこれに従事することになるとしている。既に英国各地で3,000名のスタッフがこの計画の為に働き、600の団体と研究・学術機関がこれに関係しているという。
つまり、3カ国の開発本部を英国に置くことにより、英国はその利点を自国の防衛産業に対して大いに活用できることになる。これまでの5年間で4,700億円を既に費やしてきた英国にとって、次期戦闘機共同開発の本部を他国に置くことなど論外であろう。これが上述した「本気度」の現れということになる。
本気度を示せない日本
一方で日本はどれほどの本気度を示せているだろうか。日本においては、防衛装備品の第3国への輸出の在り方などが常に問題となってきたが、GCAPの国際共同開発・生産も例外ではない。これについては、自民党が第3国への輸出規制の緩和を求めているが、公明党が慎重な姿勢を示したことで、結論が先送りされている。これに対して英国側は強い懸念を既に表明しており、日本の本気度が疑われかねない状況にある。
慎重な立場の人々は、殺傷能力を持つ装備品を第3国に輸出することは、憲法が謳う平和主義に反するという。だが、これは日本の一国平和主義が却って世界の平和にとってのマイナス要因でしかないことを理解していない者の発想である。日本が装備品を輸出するとすれば、人権を歯牙にも掛けない独裁国家に輸出することなど考えられず、輸出先は当然、自由民主主義を重んじる友好国となるだろう。この自由民主主義諸国の防衛力強化に貢献することが、平和主義に反するというのだろうか。
独裁国家は日頃から兵器開発に熱心であることから、当然兵器の輸出も手広く行ってきた。途上国などがこのような兵器を、価格が手頃であるという理由や、他に選択肢がないという理由で購入すれば、その国は兵器の輸入先である独裁国家の影響下に置かれることになる。このようにして影響力を広げていった国を、日本は隣でよく見てきたはずではないか。
日本は途上国などに選択肢を提示し得る数少ない国であるが、自らその役割を放棄してきた。独裁国家の影響力拡大を抑制し、自由民主主義諸国の防衛力を強化することの方が世界の平和にとって余程プラスになろう。
むすび
戦闘機の輸出入は国家間の関係強化に絶大な効果を持つ。運命共同体となると言っても過言ではない。それは歴史が物語っている。
日本は戦後、平和国家として生きてきたという自負があるのならば、輸出する戦闘機にその自負を託して、平和国家としての影響力を積極的に行使すべきであろう。今こそ、次期戦闘機開発のみならず平和に対する日本の本気度が問われている。
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橋本 量則(はしもと かずのり)
1977(昭和52)年、栃木県生まれ。2001年、英国エセックス大学政治学部卒業。2005年、英国ロンドン大学キングス・カレッジ修士課程修了(国際安全保障専攻)。2022年、ロンドン大学東洋アフリカ研究学院(SOAS)博士号(歴史学)取得。博士課程では、泰緬鉄道、英国人捕虜、戦犯裁判について研究。元大阪国際大学非常勤講師。現在、JFSS研究員。
論文に「Constructing the Burma-Thailand Railway: war crimes trials and the shaping of an episode of WWII」(博士論文)、「To what extent, is the use of preventive force permissible in the post-9/11 world?」(修士論文)
編集部より:この記事は一般社団法人 日本戦略研究フォーラム 2023年12月25日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は 日本戦略研究フォーラム公式サイトをご覧ください。