労働生産性の成長率:基準年による大きな相違

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1. 各国の物価指数

前回は日本の労働生産性について、基準年を変えての実質値の計算結果をご紹介しました。

日本の場合、基準年によっては名目値よりも実質値の方が高くなるなど、興味深い傾向が見て取れました。

今回は、労働生産性の成長率について各国比較してみたいと思います。

各国で経済指標を比較する場合は、大きく分けてドルに換算して水準を比較する方法と、自国通貨建てでの成長率を比較する方法があります。

ドル換算はさらに為替レート換算と購買力平価換算があります。

為替レート換算は為替変動によって数値がアップダウンし、自国通貨ベースでの上昇・低下なのか、為替変動による影響なのかが判断しにくいですね。

購買力平価換算値は、空間デフレータと言われる通り、アメリカの物価に揃えた上での、数量的な比較をすることになります。

為替変動の影響は受けず滑らかなグラフとなりますが、購買力平価の厳密性について疑問を持つ人もいるようです。

それぞれの購買力平価(GDP、民間最終消費支出、現実個別消費)ごとに用途が限られるため、どのような指標にも適用できる汎用的な換算方法とは言い難い面もあります。

自国通貨建てでの成長率の比較は、為替の影響は受けず比較できるメリットがありますが、各国の水準の高低を比較できません。

また、基準年の水準によって成長度合がばらつきます。

例えばある経済指標について、2000年の数値がA国で100、B国で200だったとします。

2020年ではA国は200、B国は300になった場合、同じ100の上昇で差は縮まりませんが、A国は2倍、B国は1.5倍の成長となります。

比率は2倍から1.5倍へと縮まる事になりますね。

この成長度合の比較では、何を判断基準にするのかが難しい面もありそうです。

このように、経済指標の国際比較では、厳密に比較できる方法は存在しないと言っても良いかもしれません。
それでも、さまざまな角度から眺めてうえで、総合的に理解を深めていく事が重要と思います。

今回は、各国の労働生産性(労働時間あたりGDP)の名目値と実質値の成長度合について、基準年を変えてご紹介していきたいと思います。

まずは、物価指数から見てみましょう。

図1 GDPデフレータ
OECD統計データより

図1は主要先進国のGDPデフレータです。

1970年を基準(1.0)とする倍率としています。

日本は1980年頃まで他国と同程度で上昇し、1990年代後半から横ばいが続いています。

2000年頃には緩やかに上昇しているドイツに抜かれていますね。

イギリスやイタリアの上昇が大きい事も特徴的です。

このような推移を頭に入れたうえで、名目値や実質値の成長率を眺めていきましょう。

2. 1970年基準の成長率

まずは労働時間あたりGDPの1970年を基準とした倍率を眺めてみましょう。

図2 労働時間あたりGDP 名目 成長率 1970年基準
OECD統計データより

図2は労働時間あたりGDPの名目値について、1970年を基準(1.0)とした場合の倍率です。

日本(青)は2000年頃まではアメリカやドイツよりも高い成長でしたが、その後は緩やかとなり、ドイツやアメリカに抜かされています。

イタリアやイギリスは高い成長で、50年ほどの間にイギリスで40倍、イタリアで50倍となります。
フランスで20倍、アメリカ、カナダで15倍弱、ドイツで10倍、日本が8倍といった具合です。

図3 労働時間あたりGDP 実質 成長率 1970年基準
OECD統計データより

図3が1970年基準の実質成長率です。

実質値の成長率で見ると日本が最も高く、50年ほどの間に3.5倍ほどに達します。

次いでフランス、ドイツ、イギリスで2.5~2.8倍ほどで、アメリカ、イタリアは2.2倍程度です。

イタリアは2000年ころから横ばい傾向となり、名目成長が物価上昇と釣り合うような成長度合という事になりますね。

実質成長率では1970年を基準にすると日本が最も高いというのは意外な結果だと思います。

3. 1990年基準の成長率

続いて、同様に1990年を基準とした倍率を見てみましょう。

まずは名目値からです。

図4 労働時間あたりGDP 名目 成長率 1990年基準
OECD統計データより

図4が1990年を基準とした名目値の倍率の比較です。

日本は2000年代から横ばい傾向が強くなりますが、他国は上昇傾向が続いています。

フランスで2.1倍、イタリア、ドイツで2.6倍、アメリカで3.2倍、イギリスで3.5倍ですね。

図5 労働時間あたりGDP 実質 成長率 1990年基準
OECD統計データより

図5が1990年基準の実質値の倍率です。

イタリアが1.2倍で停滞が続いていますが、他の国は基本的に上昇傾向が続いています。

日本もアメリカ、イギリスに続いて高い成長という事になりますね。

1990年の水準に対して1.5倍強です。

アメリカで1.7倍、イギリス1.6倍弱、ドイツ1.5倍、フランス1.4倍と比べても遜色のない成長であることがわかります。

1970年基準の圧倒さはなくなりますが、主要先進国の中では相応の成長率が維持されていると見てもよさそうですね。

4. 2010年基準の成長率

最後に2010年基準の計算結果です。

図6 労働時間あたりGDP 名目 成長率 2010年基準
OECD統計データより

図6が2010年基準の名目値の倍率です。

1990年基準だと日本だけ停滞気味でしたが、2010年基準とすると右肩上がりで上昇傾向が見て取れます。

特に2012年からは一貫して上昇していますね。

物価の下落が止まり上昇に転じたタイミングと同期していて、名目でも上昇し始めたことがわかります。

図7 労働時間あたりGDP 実質 成長率 2010年基準
OECD統計データより

図7が2010年基準の実質値の倍率です。

日本はドイツやカナダ、フランスと同じくらいの成長度合いで進んでいるようです。

イギリスやイタリアなどよりも成長の度合いが高い事がわかりますね。

日本の実質成長率は、主要先進国の中でも比較的高い水準であると言えそうです。

5. 労働生産性の実質成長率の特徴

今回は労働生産性(労働時間あたりGDP)の実質成長率について、基準年ごとの計算結果をご紹介いたしました。

日本の労働生産性は名目では停滞傾向が続いていますが、実質では相対的に高い水準と言えそうです。

ただし、成長率が高い事と、水準が高い事はイコールではありませんね。

水準として他国に劣後しているのであれば成長率はもっと高くなければ追いつけませんし、他国よりも高い状態であれば成長率が低くても優位性を維持しているかもしれません。

図8 労働時間あたりGDP 実質 購買力平価換算
OECD統計データより

図8のように、日本の労働生産性は成長度合いが他国並み(傾きが同程度)としても、水準としては他の主要先進国に大きく劣後している状況です。

さらに、OECD等で公開されている実質値のデータは、実質化する基準年がより新しい年に更新されていきますので、結果的に名目値の影響を受けます。

基準年の実質値=名目値となるためです。

成長率の高低だけをもって、日本の生産性は高いとは言えません。

ただし、今後の展開に希望が持てるのも事実ですね。

次回は労働生産性の水準について着目してみたいと思います。

皆さんはどのように考えますか??


編集部より:この記事は株式会社小川製作所 小川製作所ブログ 2024年2月2日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は「小川製作所ブログ:日本の経済統計と転換点」をご覧ください。