財政制度等審議会で「医療費の窓口負担を一律3割にすべきだ」という提案が出て、上野厚労相が「現実的ではない」と反対した。たしかに政治的には、老人重視の自民党では現実的ではないだろう。しかし財政の行き詰まった日本では、これが現実的な最大の歳出カットである。
特に原則1割負担になっている後期高齢者を3割負担にすべきだという批判が強い。70歳以上の高齢者は人口の23%だが、医療費48兆円の半分が彼らに食いつぶされているのだ。
75歳以上の後期高齢者の医療費は16.5兆円。70~75歳の前期高齢者は国民健康保険だが、合計24兆円。70歳以上の医療費が24兆円にのぼる。
現役世代から高齢者への10兆円の「仕送り」
自己負担の比率をみると、現役世代は20~30%なのに対して、85歳以上の医療費は年間114万円だが、自己負担は8.7万円。たった7.6%しか負担していない。つまり24兆円の老人医療費のうち、自己負担は2兆円程度なのだ。
財政審の資料
特に問題なのは、現役世代からの支援金である。後期高齢者の保険料負担は1.4兆円、窓口負担は1.5兆円で、6.7兆円が現役世代からの支援金である。前期高齢者には「前期調整額」として3.7兆円が計上され、合計10.4兆円が現役世代から強制的に「仕送り」されているのだ。
財政審の資料
後期高齢者の7割は1割負担
この問題は厚労省も認めているが、負担増には特に公明党の反対が強く、2022年度の一部改正も難航した。これで年収200万円以上の後期高齢者は2割負担になったが、3割負担と合計しても27%。残りの72%は1割負担のままだ。
これを一律3割負担にすると、いま1.5兆円の窓口負担は2倍以上の3兆円強になると見込まれる。前期高齢者の医療費は7.5兆円だが、原則2割負担なので、これも3割負担にすると2兆円。70歳以上の窓口負担は2倍に増えるとすると4兆円になり、保険医療費は2兆円削減できる。
NHKより
さらに負担が増えることによる需要抑制効果がある。これについての有名な社会実験は、1993年に行なわれたランド医療保険実験である。それによると医療費の自己負担ゼロの場合に比べて、25%負担になると入院が20%減り、医療費も図のように20%減った。
ランド医療保険実験の結果
日本の高齢者では、1割負担が2割負担になったときの研究があり、医療費総額が3%減ったとされている。70歳以上の高齢者の医療費の総額24兆円が5%減ったとすると22.8兆円。ここから窓口負担4兆円を引くと、70歳以上の保険医療費(自己負担を除く)は18.8兆円。これは現在の22兆円より4.8兆円少ない。保険医療費は5兆円は削減できるだろう。
自己負担が増えても健康にはほとんど影響がない
自己負担増で健康がそこなわれるという批判もあるが、これについても2008年から行なわれているオレゴン医療保険実験では、無保険者とメディケイド(医療保険)の加入者を比較し、次の図のようにほとんど差がなかった。
オレゴン医療保険実験の結果
高度医療については高額療養費制度があるので、一般加入者でも月5万7600円、住民税非課税世帯(後期高齢者の多くはここに含まれる)は月2万4600円が負担の上限である。
3割負担にすれば現役世代の手取りが増える
以上はきわめて大ざっぱな計算だが、すべての保険診療の窓口負担を3割に統一すると、需要抑制効果を含めて保険医療費は約5兆円減り、現役世代からの支援金6.9兆円を2兆円程度まで圧縮できる。これは国債で穴埋めし、時間をかけて給付を削減すればいい。
これによって健保組合の健康保険料は半分に減り、サラリーマンの手取りは5%ぐらい増えるだろう。現役世代の所得を増やすことがベストの少子化対策である。
これ以上、健康保険料の不公平が拡大すると、保険医療が崩壊する。是正すべき問題はたくさんあるが、まずすべての被保険者を3割負担にし、フェアな制度にすることが第一歩である。これは厚労省令の改正と閣議決定だけででき、国会審議さえ必要ない。