「自分の成功は運が良かったから」の本当の意味

黒坂岳央です。

社会的な成功者、一流の社長が成功した秘訣を尋ねられると「運に助けられた」という回答をすることが少なくない。サラリーマン時期に起業を目指していた頃、そうした発言の意味がよく分からなかった。宝くじをひたすら買い続けているわけでもないのに、なぜ成功の秘訣が「運」なのか?

自分は大成功者などではないが、今はこの言葉の真意をよく理解できる。過去にメディア取材を受けた時に「なぜこれはうまくいったと思いますか?理由を教えてもらえますか?」と尋ねられた時に「運が良かったから」と答えたことがある。

「運が良かった」というのは謙遜ではなく、本当にそう考えて出てきた言葉なのだ。

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この世は「運」の戦い

昨今、生まれつきの才能や外見、実家の太さなど生まれ持った要素で人生が全部決まってしまうかのような風潮である。親ガチャ、上司ガチャという言葉をよく見る。人生は配られたカードで勝負するしかない、という言葉通り確かに先天的な条件下での戦いである本質を否定するつもりはない。

しかし、それですべてが決まるほど世の中は厳しくも甘くもない。豊かな才能を持って生まれても、それを活かさなければ凡庸で終わるし、誰もが目を見張る天才的な才能でなくても他者による運で人生を切り開く人だっている。才能や実力だけでなく、たまたま時流に上手に乗ったり運命的な人との出会いで人生はひっくり返ることは少なくない。

たとえば友人からの勧めをどうしても断りきれず、優良な小型株を買った。本人は購入したことも忘れて月日が流れ、価格が急上昇して一生分の資産になったという話。また、マッチングアプリで嫌な思いをたくさんした人が退会直前に運命の出会いを果たして幸せを掴んだという話。これらはすべて「運」である。

時に運というのは、生まれつき与えられた才能や親の経済力など、所与の条件を問題にしないほど大きな力がある。

ビジネスの成功も運

起業して一定の成功を収めた人ほど、普通の人の何十倍、何百倍もうまくいかない失敗を経験している。

自分は2017年からビジネス記事を複数のメディアでトータル2000記事くらい書いてきたが、それがきっかけで書籍の商業出版やテレビやラジオ番組への出演、講演依頼やその他のビジネスチャンスが舞い込んできた。

こうしたチャンスを連れてきてくれた記事は、2000記事の内の10記事もない。だがビジネスは何が当たるかやってみないとわからないことは多い。最初からピンポイントで当たりの10記事を書くことなど不可能である。残りの1990記事は当たりの10記事を引き寄せるための必要経費という考え方ができる。

しかも当たりの10記事をたまたま出版社やメディア会社が見てくれ、たまたま企画提案をしてくれなければ実現しなかった。やはり運なのである。

成功は運、というと反応は二極化するだろう。「運次第なんてバカバカしい。確実性の低いことに労力は割けない」とムダを許容することができない人と、「運次第というなら常人の100倍行動すればいいだけだ」と不確定性の高い変数を回すことを前向きに受け入れられる人である。起業して当てるタイプは後者の考え方ができる人である。成功が約束されない中で、当たりくじを探し続けられる思考の持ち主だ。

世界中、どんな人でも100発100中はありえない。いや、成功している人ほどその何十倍もの失敗を経て成功を掴んでいる。成功は運次第、心からそう言えるようになった時、一流への階段を一歩上へ進めたのではないだろうか。

 

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ビジネスジャーナリスト
シカゴの大学へ留学し会計学を学ぶ。大学卒業後、ブルームバーグLP、セブン&アイ、コカ・コーラボトラーズジャパン勤務を経て独立。フルーツギフトのビジネスに乗り出し、「高級フルーツギフト水菓子 肥後庵」を運営。経営者や医師などエグゼクティブの顧客にも利用されている。本業の傍ら、ビジネスジャーナリストとしても情報発信中。