サラリーマン経験は起業後に役に立つのか?

黒坂岳央です。

SNSを見ていると元サラリーマンで起業して経営者やフリーになった人で「将来、起業したい人はサラリーマンせず今すぐやれ。サラリーマンなんてやるメリットはなにもない」と主張する人を結構見る。本当だろうか?

自分自身、結構長い間サラリーマンをやった後に起業したが、サラリーマン経験はムダではないと思っている。だが一方で必要ないと思うものもある。この記事で論考したい。

JohnnyGreig/iStock

役に立つサラリーマン経験

サラリーマンで起業の原資や生活基盤を作ることができる、といった金銭的メリットはさておき、まずはスキルや経験、実績面でメリットを考えたい。

1つ目はビジネスコミュニケーションである。サラリーマンでも起業でもビジネスコミュニケーションやマナーは基本中の基本だ。この基本をサラリーマンで身につける価値は大きい。それを実感するエピソードを紹介しよう。

自分は仕事の外注をすることがあるが、過去一度も会社やバイトで働いたことがないフリーランサーにあたることがあり、一部でビジネスマナーや言葉遣いが難しいと感じる人がいる。自分も全然完璧などとはいえない人間なのであまりえらそうなことは言えないのだが、ZOOMの待ち合わせをすっぽかしたり、敬語ではなくタメ口だったり、納期を守らなかったり、要件定義や指示書をまったく読まないなど基本的なことができないのだ。スキルや技術以前にビジネスコミュニケーションが取れないと仕事は難しいが、サラリーマンはここを徹底的に教育してもらえる。

2つ目は技術やスキルだ。通常、専門スキルを身につける上ではお金を払って教わるか、独習するしかない。しかし、サラリーマンになれば給与をもらって実践で練習させてもらえる。会社によっては研修やOJTまであり、まさに至れり尽くせりである。

3つ目は実績だ。起業するとそれまでの勤務先のネームバリューは一切使えず、自分自身の看板の信用力だけで戦うことになる。しかし、働いたことがないフリーランサーに積極的に仕事をまわしたいと考える人は世の中多くない。だが、サラリーマンの実績があるならそれは起業後にも光り輝くことになる。たとえば自社で会計事務所を立ち上げる際に、試験だけは合格したがまったく実績がない人と「税理士として20年の豊富なキャリア」という人とでは信用力が全く違う。

サラリーマンでえたスキルや実績は、起業後にも持ち越せるしむしろ使えるものは全部使うつもりでできるだけ持ち越すべきなのだ。

ただ、マインドは足を引っ張る

しかし、一方でデメリットもある。それはマインドだ。実際、経営者やフリーとサラリーマンとでは「真逆」といっていいほどマインドは違うのだ。

いくつかあるのだが、たとえばその1つが「チーム戦と個人戦」である。サラリーマンはチームワーク力が求められる。自分一人、突き抜けた技術や実力があってもそれを評価するのはクライアントではなく直属の上司である。つまり、上司に認められなければせっかくの技術や実力はないも当然になる。

一方で起業すると個人戦になる。従業員を雇って経営者になる場合でも、意思決定やマネジメントは自分ひとりで考えて決断する必要があり、社長業はどこまでいっても個人戦の性質に近い。不安だからと従業員とみんなで仲良く一緒に決めるようでは会社ごと沈む。社長と従業員では価値観が真逆に違うからだ。時には従業員に反対されたプランでも、長期的展望で合理性があるなら嫌われる勇気を持って押し通す強さも必要なのだ。そのため、ワークスタイルやマインドがサラリーマンに最適化されすぎた場合、なかなかそこから起業家マインドへ転換することは難しい場合がある。

また、起業すると仕事を作り、サラリーマンは仕事をもらう立場という違いも大きい。サラリーマンは会社にいけば、上から仕事が降ってくる。自ら仕事を作らなくても「仕事がなくて困る」ということは基本的にはない(ある会社も存在するが例外だ)。

だが起業すると自分で仕事を作らないとやることが何もない。時折、受け身で仕事を誰かからもらうことに慣れすぎた経営者を見ることがある。彼らがやっていることは少数の取引先からの仕事の下請け。取引先から安定的に仕事をもらうためにペコペコ気を使う。立場は社長なのに実質的に仕事をくれる取引先の部下のようになっているケースだ。実質的にサラリーマンとは何も変わらず、それでいて生殺与奪を取引先に握られている。これでは起業とサラリーマンの「悪いところどり」のような状態に近いだろう。

起業とサラリーマンはワークスタイルや立場は違うが、仕事をするという点では全く同じ。どこまでいっても必ず対人関係が発生するし、価値を提供するというビジネスの本質がある。だからサラリーマン経験はムダではなく、起業後も活用できるものは最大限使い倒せばいいのだ。

 

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ビジネスジャーナリスト
シカゴの大学へ留学し会計学を学ぶ。大学卒業後、ブルームバーグLP、セブン&アイ、コカ・コーラボトラーズジャパン勤務を経て独立。フルーツギフトのビジネスに乗り出し、「高級フルーツギフト水菓子 肥後庵」を運営。経営者や医師などエグゼクティブの顧客にも利用されている。本業の傍ら、ビジネスジャーナリストとしても情報発信中。