次期トランプ政権は日米同盟を破棄?!(古森 義久)

顧問・麗澤大学特別教授 古森 義久

アメリカの大統領選予備選ではドナルド・トランプ前大統領の破竹の進撃が続く。いまは共和党側だけの競い合いとは言え、2位のニッキー・ヘイリー元国連大使を足元にも寄せつけない。こんな流れのなかで、アメリカでも日本でも、「もしトランプ氏が再選されれば―」という仮説が浮上してきた。

その仮説には、もしトランプ氏再選となれば、アメリカの対外政策は孤立主義に徹して、対外同盟を破棄し、全世界が無秩序になる、という重大な「警告」までが含まれる。より具体的には「トランプ次期大統領はNATO(北大西洋条約機構)から離脱する」とか、「次期トランプ政権は日米同盟をも破棄する」という誇大な託宣までが出てきたのだ。

しかしこの種の「読み」は矛盾だらけだ。特に日本側でのメディアや識者のアメリカ政治の解釈には大きな穴ぼこが目立ってしまう。日本では主要メディアまでがつい最近までトランプ氏を「最大の敗者」と断じていた。一昨年11月のアメリカの中間選挙でトランプ氏の支援した連邦議会のごく少数の候補者が負けた点を拡大して、「トランプ氏こそが最大の敗者だ」と宣言していた。議会選挙だけでなく、2024年の大統領選に向けての競い合いでも、トランプ氏はもう敗者なのだとする宣言だった。

ところがトランプ氏は敗者にはならなかった。2024年の冒頭から始まった共和党側の一連の予備選ではトランプ氏は圧勝を重ねたのだ。この点でも日本側の「識者」の読みは大外れだった。ところがその同じ「識者」やメディアが「次期トランプ政権は危険だ」という警告を発するようになったのだ。言葉のこんな逆転には子供がみても簡単にわかる矛盾や背反がある。

まず「トランプ氏は最大の敗者」と断じていた自分たちの読みは、どこへいったのか。明らかなミスを認めないのか。しかも今度は自分の錯誤に知らんぷりをして、トランプ氏を勝者とする仮説を前面に押し立てる。

トランプ氏が共和党の予備選に勝利して指名を獲得するという「勝利」に加えて、11月の民主党候補との本番選挙にも勝って大統領に再選されるという「勝利」をも認める。その上で登場する第二次トランプ政権の政策をあれこれと断じて、それらが危険だと喧伝する。

これこそ恥知らずの虚構であり、偽善だろう。自分たちが絶対にあり得ないと決めつけていたトランプ氏の再選を前提として認め、今度は、「次期トランプ政権の対外政策は危険だ」とする警告を発するからだ。

トランプ氏はもう終わりだとするような断定から一転してトランプ次期政権の登場を前提として、それを非難する矛盾はアメリカの政治の現実を見ない情緒的な反トランプ症状とでも呼ぼうか。

さてこの種の非難はトランプ次期大統領が孤立主義に暴走し、日米同盟の破棄までしかねないとも喧伝する。本当なのだろうか。トランプ陣営の対日政策を占う上で、最も有効な指針となるのは、そのトランプ氏が実際に大統領だった2017年1月から2021年1月までの4年間の実績である。

簡単に言えば、実際のトランプ政権の期間中、日本の安倍晋三政権とは近年の歴史でも最も堅固で安定した同盟関係を保持したと言える。それなのに2025年1月に再登場するかもしれない第二次トランプ政権は、その同じ日米同盟を破棄する、というのか。

その点をトランプ陣営の政策研究機関「アメリカ第1政策研究所(AFPI)」に問い合わせてみた。

この研究所はワシントンに本部を置き、100人以上のスタッフを抱える大規模なシンクタンクである。理事長、所長はトランプ政権の元閣僚級高官、理事や研究員も明確なトランプ支持者である。「アメリカ第1」という政策標語が示すように、選挙戦に臨むトランプ陣営も内政、外交の政策ではAFPIに依存している。

同研究所の側もMAGA(アメリカを再び偉大に)というトランプ氏自身の最大スローガンを随所に打ち出している。

AFPIのアジア部門に問うと、対日政策の集大成としての政策文書を明示してくれた。

同文書はまず「米日同盟は21世紀のアメリカ第1外交政策の成功の基礎を築く」と題されていた。内容はこれからのアメリカのアジア政策では日本との軍事同盟が不可欠だと強調し、アメリカへの巨大な脅威である中国の軍事攻勢に対して日米同盟は重要な抑止策だと明記していた。

その上で長文の同文書は日本が安倍政権下で対米同盟を強化し、岸田政権もその路線を継いだことを感謝するとも述べていた。要するに日米同盟の破棄どころか堅持と強化なのである。トランプ次期政権の対日政策を占う有力な資料だろう。

だがトランプ前政権も前述のように日本との同盟重視は明白だった。日米関係の歴史でもトランプ・安倍時代は最も堅固で緊密な同盟の絆を築いたと言えよう。トランプ氏が就任前の選挙戦で述べた日米同盟の片務性への不満も日本側が軍事寄与を増して、防衛協力を強めることへの期待だった。就任後は尖閣防衛を始め、現実の同盟強化策を次々に打ち出した。

日本への友好という点でのトランプ大統領の実績は北朝鮮による日本人拉致事件解決への協力だった。国連総会演説での「13歳だった優しい日本人少女の解放」の訴えから、金正恩氏への直接の要求、さらには被害者家族たちとのたびたびの会談と、日本側の当事者たちは決して忘れないという感謝の言葉を絶やすことがない。

トランプ氏が国際課題に背を向ける孤立主義者だと断じる向きにはトランプ前政権こそが歴代米政権の政策を変えて、中国の無法な膨張への厳しい抑止策をとった事実を挙げておこう。日本にも直接の脅威を及ぼす中国の軍事膨張志向の攻勢を正面から阻止する姿勢を初めて確立したアメリカの政権はトランプ政権だったのである。この動きは孤立主義とは全く相反する政策だったと言えよう。

古森 義久(Komori  Yoshihisa)
1963年、慶應義塾大学卒業後、毎日新聞入社。1972年から南ベトナムのサイゴン特派員。1975年、サイゴン支局長。1976年、ワシントン特派員。1987年、毎日新聞を退社し、産経新聞に入社。ロンドン支局長、ワシントン支局長、中国総局長、ワシントン駐在編集特別委員兼論説委員などを歴任。現在、JFSS顧問。産経新聞ワシントン駐在客員特派員。麗澤大学特別教授。著書に『新型コロナウイルスが世界を滅ぼす』『米中激突と日本の針路』ほか多数。


編集部より:この記事は一般社団法人 日本戦略研究フォーラム 2024年2月27日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は 日本戦略研究フォーラム公式サイトをご覧ください。