3月1日、アルゼンチンで通常国会の開催の前にハビエル・ミレイ大統領の施政方針演説が行われた。多くの国民が新しいアルゼンチンの誕生を知るべく、この演説も夜9時から開始という全く新しい試みとなった。この時間帯だと多くの国民が家庭にいてテレビで彼の演説を視聴することができるということを狙ったものである。
ミレイ大統領の目標はただひとつ、経済力で世界トップの国に復帰すること
ミレイ大統領が常に強調しているように、およそ130年前のアルゼンチンは国民一人当たりの所得は世界でトップであったということ。1895年と1896年のアルゼンチンの一人当たりの国民所得は世界でトップの座にあった。ヨーロッパ諸国の食糧の宝庫として発展したのである。
当時は移民するにも米国かアルゼンチンか二者択一の地位あるほどアルゼンチンは栄えていた。しかも、自然資源に恵まれて、原油、天然ガスや21世紀に必要とされるリチウムも豊富にある。将来の発展が約束された国であった。
逆に、国が自然資源に恵まれ過ぎているということが現在のアルゼンチンの不幸に繋がっているのかもしれない。あの繁栄から130年余りが経過した今、アルゼンチンは10人の内の6人が貧困者という国になってしまったのである。その最大の理由は慢性的な財政赤字と紙幣の頻発な発行から高騰インフレ招くという繰り替えしの歴史である。それに加え、繰り替えされた軍事政権が発展を拒んだ。
これまで平均してGDPの20%に相当する額の紙幣を発行して来た。それは経済のお手本になるインフレを招く典型的な例である。それをアルゼンチンは戦後踏襲して来たのである。
2003年に大統領に就任したネストル・キルチネール氏からクリスチーナ・フェルナンデス・キルチネール氏そしてアルベルト・フェルナンデス前大統領に至る20年間の左派系のキルチネール派による累積インフレは2220%に及んでいる。
なお、キルチネール派の大統領にくさびを入れるべく途中誕生した右派のマウリシオ・マクリ氏の政権でも累積インフレ295%を記録している。特に、アルベルト・フェルナンデス前大統領の無能ブリに多くの国民は改革の必要性を切実に感じたのである。
彗星のごとく現れたハビエル・ミレイ
そのような状況下で20世紀初頭のアルゼンチンに戻すという願望を抱て誕生したのが経済博士のハビエル・ミレイ氏である。
多くの国民がこれまでのキルチネール派政権による社会主義的な統制経済にうんざりしており、新しい政治を求めていた。それにうまく呼応したのがミレイ氏である。彼は2年前に下院議員になるという新人議員であった。
彼ともうひとりビクトリア・ビリャルエル氏の二人が新政党「前進ある自由」の議員として下院に登場した。それからわずか2年後にミレイ氏が大統領、ビリャルエル氏が副大統領に就任した。彼らが率いる政党の議員は僅かだ。それに右派の元大統領だったマウリシオ・マクリ氏が率いる議員の多くが彼らに連携している。
ミレイ大統領に施政方針演説
ミレイ氏が大統領として政権に就いて82日が経過した3月1日、同大統領が通常国会の開催を前に施政方針演説を行った。その内容を以下に要約したい。
ミレイ大統領は次のようなことを述べた。
最近20年間は最悪の経済で公共支出は留まるところを知らなかった。その影響で紙幣の発行も膨大となった。財政赤字はGDPの17%にまで到達。中央銀行には外貨が不足し、112億ドルの評価損。公式ドルレートと一般市場でのそれとの開きは200%。更に、貧困者は60%に達し、90年代に給与として1800ドル稼いでいたのが現在はペソの下落で300ドルに匹敵するまで減収。その一方で、逆に多くの政治家は金持ちである。
民間企業は労働コストなどの値上がりで、この12年間新しい職場が誕生しない状態にある。その一方で、公共部門では400万人が新しく職に就いた。
パンデミックでは政府が本来やるべきことをやっていれば死者は3万人で食い止めていたであろが、政府の中途半端な対応で13万人が死亡するという現象となった。
国の行政部門では30億ドルが未払いになっている。
立法、行政、司法のすべての分野において賄賂が横行している。
これには筆者が捕捉説明をしておくと、アルゼンチンでは例えば輸入枠を貰うにも行政に賄賂を払って輸入枠を貰っている。賄賂を提供しないといつまでたっても輸入の許可が下りない。あらゆる部門に規制が多すぎる。その規制をクリアするにもまた賄賂がいる。
ミレイ氏の演説に戻る。財政赤字、負債、紙幣発行、膨大な公共支出などで国は貧しくなり、アルゼンチン市民の財産を奪って行った。それにもう嫌気を感じた多くの市民が新しい方向に国が向かって行くべく投票所に向かった。そして大統領に政界に到着したばかりの人物を選んだ。その人物の政党には過半数の議員はおらず、州知事も市長もいない。しかし、その人物は何をせねばならないか、どのようにそれをせねばならないか知っている。それを確信をもってやれる。
この大統領が政治的権力がなくても、やるべきことに確信をもっており、しかも多くのアルゼンチンの人たちが改革を望んでいる。「マカバイ記」には、「戦争での勝利は兵士の数ではなく、天から下される力によるものだ」と述べている。アルゼンチン社会は聞き心地の良い嘘よりも聞くのが嫌だが真実を語ってくれる候補者を選んだ。
これを捕捉する意味で筆者が一つ加えたい。マウリシオ・マクリ元大統領があるインタビューの中で「ミレイがウソを言うのを聞いたことがない」と。ミレイ大統領は「やる」と言えば、必ずそれを実行に移しているのである。だから彼は信頼されるのである。
ミレイ氏は更に演説を続けて、100年間失ったものはすぐには戻って来ない。最初にインフレを退治して、そのあと発展ある国にすべく構造改革を行う。
地方への交付金の98%を削減し、内閣も半分に削減した。公用車や携帯電話、アドバイザーなども削減。その一方で教育費は4倍にする。
特別法案を議会に提出して、大統領から始まって経済相、議員らが予算を決める際に不足分を紙幣の発行で補うこれまでの行為を犯罪と見做すようにする。
労働者が労働組合の奴隷になることなく自由に執行委員を選出できることになる。選ばれた委員の任期は4年とする。
これについても筆者が捕捉説明として指摘したいのは、アルゼンチンは世界でも労働組合の力が強い国。その数はおよそ3000組合ある。それに加盟している組合員は300万人。各組合の委員長は一国の首相であるかのごとく強い影響力を持っている。マフィアのような組織になっている。政府の政策が気に入らないとストを容易に起こす。それに組合員が反対すると恐喝して職を失うような行動に出るのである。それが商活動のスムースな流れを阻止している。
ミレイ大統領はこのシステムを破壊する意向で、組合員が組織から恐喝されたら、それを訴えるように示唆。恐喝したメンバーが報酬を受けられないようにすると政府が組合員に約束。
ミレイ氏の演説に戻る。これまで恐喝されたと訴えた電話回数は8万回、そこから訴訟を起こしたのは1300件ある。このようなことは、これまでなかったケースである。また組合の委員長も世襲ではなく組合員が選挙で選べるようなシステムを構築する。汚職で捕まった者は選挙で候補者に成れる権利が喪失。それまでの特権も失う。
連邦警察に治安維持の為の実行権を政府が付与したお陰で、この2か月で殺人事件が60%減少した。
大統領を始め、閣僚や官僚は特別の事情がない限りプライベートジェットを利用することを禁止。実際、ミレイ大統領も外遊は民間機で移動している。
この100年間の政治は失敗に終わった。もう他に選択肢はない。これまでとは全く正反対のことをするのか、それとも過去にやって来たことを踏襲するのかということだ。
5月25日にコルドバ州において「5月の協定」を結ぶことにする。そこには10項目が挙げられている。個人の所有権が侵害されることがない。財政均衡に交渉の余地はない。GDPのおよそ25%が公共支出の削減幅とする。税金の簡素化を促し、商業を容易化させる。税金の簡素化とゆすりなどの撲滅。自治州で自然資源の開発を促進。雇用システムの近代化など。
筆者が捕捉説明すると、この協定の目的は超党派で国会議員や地方議員が最低限必要な案件に合意して一丸となって改革に乗り出すということである。この時点で、それに加わらない政党は国民から非難を受ける可能性もある。また特に各自治州はこれまで中央政府からの地方交付金に大きく依存して来た。それを慶全するために各自治州が独立採算への道を歩めるように協定を結びたいといゆことなのである。
これはスペインが民主化に移行するために結んだモンクロア協定と良く似ている。超党派で国の発展の為に必要な点に事前に合意を結ぶものである。このようにして政党間で無駄な議論や争いを避けるという狙いがあった。
ミレイ大統領はこの協定について演説を続けて、全てのアルゼンチン市民の為の政治を行って行く意向だ。それはまだ生まれていない世代の為にも。30年先のアルゼンチンが経済力のある国となった時に、その時の世代は過去を振り返って「我々が愛するコルドバ州において繁栄の為の道が始まったのだ」と。
アルゼンチンを私が見た時に、やるべきことで溢れ、自然資源に恵まれ、豊な人的資と繁栄することに飢えた精神もっているのに、閉鎖的で型にはめられた上に抑圧された一つのモデルにとらわれている。それは失敗を招くだけだ。我々はアルゼンチンの人たちに自由を取り戻す為に来たのだ。唯一、自由な社会だけが発展するからである。
アルゼンチンの市民に唯一ひとつだけお願いしたい。忍耐と信頼だ。
以上、ミレイ大統領の演説を主要内容を抜粋した。彼の政権がアルゼンチンが過去の繁栄に戻るために唯一の選択肢であろう。仮にミレイ氏が失脚するような事態になれば、恐らくその後に来る政治は独裁色に満ちた強権政治以外のなにものでもないであろう。