3月14日、スペインで3度目のクーデターが遂行された
3月14日、スペイン下院において恩赦法が可決した。結果は賛成178票、反対172票。スペインで民主政治が施行されてから3度目のクーデターである。1度目は1981年2月23日に治安警察隊と軍部によるクーデターが遂行された。これは当時スペインのファン・カルロス国王の大活躍で半日で未遂に終わった。筆者もこの目撃者であった。
2度目は2017年10月1日にカタルーニャ州政府が独立の為の違法住民投票を実施してカタルーニャ州の独立を宣言したことである。幸いなことに、これも未遂に終わった。そのあとカタルーニャ自治政府は中央政府によって一時的に停止された。
そして3度目のクーデターが今回の恩赦法の下院での可決である。この恩赦法はスペイン憲法に背く法律だ。ベルギーに逃亡しているカタルーニャ州の元州知事プッチェモン氏と他数名がスペインで逮捕されることなく帰国できるようにさせるのがこの恩赦法である。その為に味方になっているのがサンチェス首相だ。
サンチェス首相の政権に維持したいという欲望がクーデターを招いた
サンチェス氏は自らが政権を維持したいという欲望からカタルーニャとバスクの独立派の支持を取り付けて過半数の支持票を得て首班指名に臨んだ。それで彼の首相継続が可能となった。
しかし、独立派から支持票をもらうためには交換条件があった。それがプッチェモン氏と他数名がスペインで逮捕されることなく帰国できるようするということであった。これがこの恩赦法である。それが今月14日に下院で可決したのである。
今年7月の総選挙の前までサンチェス首相は彼ら政治逃亡者が恩赦によってスペインに帰国できるようにするということに彼自身が反対していた。また彼の社会労働党の121人の議員も全員が恩赦に反対していた。なぜなら、彼らに恩赦を与える行為は憲法違反になるからである。しかも、彼らはカタルーニャ州を独立させるのが彼らのプランである。
ところが、サンチェス首相は約束した交換条件を満たす必要があった。彼らをカタルーニャに逮捕されずに無事に戻すことであった。一国の首相がスペインの統一を乱す独立派に味方するというのは正に国賊にも匹敵する行為である。が、それをサンチェス首相はやったのである。
自らの欲望を満たすためには嘘も平気で言うのがサンチェス首相
そこには以下のような背景があった。先の総選挙で社会労働党は国民党の前に敗退。前者は121議席、後者は137議席という結果になった。最大議席数を獲得した政党が政権に就くというのがこれまでの慣例であった。
ところが、国民党が安定した政権を運営するには過半数の176議席が必要であった。172議席までは票を集めることができたが、4議席足らない。
一方のサンチェス首相は地方の独立派政党の支持を取り付けて178議席に至ったのである。独立派政党の中にはスペインの元テロリスト「エタ」からも支持を取り付けた。800人を暗殺したエタが母体の政党ビルドゥから支持を取り付けたのである。
首相がステーツマンとしての意識があれば、暗殺者の政党を味方につけるなど到底できないことである。ところが、サンチェス首相はこれまでもそうであるが、自らの欲望を満たす為には嘘を平気で言う人物である。自らの欲望を果たす為には「母親でさえ犠牲にする」と言われている人物だ。エタという元暗殺集団の政党から支持を得ることに些かの躊躇いもないのが彼だ。
また公式の場で、スペイン国王フェリペ6世の前を平気で歩く人物でもある。国王の存在に気づかない風を装っての行動である。スペインが共和国になることを望み、共和国に成ったら自ら大統領に成ろうという欲望が見え見えの人物なのである。
逃亡者プッチェモン元州知事との約束を憲法を違反してまで果たしたサンチェス首相
プッチェモン氏の政党ジュンツ・ペル・カタルーニャが下院で持っている7議席は首班指名の時に最も重要な議席であった。だから、ジュンツは「7議席は首班指名で支持に回る。その代わりに、プッチェモン氏ら他数名がスペインに逮捕されることなく帰国できるようにして欲しい」という交換条件を出したのであった。
社会労働党の組織委員長とプッチェモン氏らが数度の交渉の上で、彼らが帰国できるようにしたのが今回の恩赦法である。その可決の為に、サンチェス首相は自らの政党の議員全員を賛成に回したのである。
多くの議員は恩赦法には内心反対しているのは明白だった。しかし、彼らもサンチェス首相の方針に背くと議席を剥奪される恐れがある。何しろ、サンチェス氏は党の執行部のトップで、彼の方針が党の方針となっている。だから、彼に背いて議席を剥奪されれば、明日から職場を探さねばならなくなる運命にある。だから、気骨も主義主張もないサラリーマン議員は仕方なく首相の支持に従うことになるのである。
サンチェス首相にとって、プッチェモン氏が帰国できる道を与えてやれば、本年度の予算案も下院で可決できると考えていた。予算なく議会を運営して行くのは困難であるし、またそれを議会に提出するのは政府の義務である。
恩赦法は成立したが、それが施行されることはないであろう
以上のような背景があって恩赦法が成立した。プッチェモン氏は帰国できる道が開けた。ところが、事態は彼らが考えていたようにスムースには進まない。その結論を先に言えば、この恩赦法は最終的には欧州司法裁判所がそれを却下するようになるということである。基本的にスペイン憲法で違法とされている恩赦の付与が欧州司法裁判所で認められることは先ずないからである。
この恩赦法が下院で可決すると、スペインの判事や検事ら司法界が一斉に立ち上がってその成立に反対を表明した。唯一例外は憲法裁判所の裁判長と検事総長の二人であろう。彼らはこれまでもサンチェス首相の操作で動いて来た人物だ。
サンチェス首相は恩を売って代わりに忠実であることを要求する人物だ。彼の元閣僚などは天下りで国営企業のトップなどに就任している。そのようにして、サンチェス首相は味方を増やして来たのである。スペインの民主化以降、歴代首相の中で彼ほど私欲が強く、自分の考えをその後都合上180度転換するような首相はこれまで皆無である。だから彼の発言は全く信頼されていない。
この恩赦法は近く上院に回される。上院は国民党が過半数を占めているので、この承認を最大限遅らせることは確実だ。その限度は2か月。そのあと憲法違反だとしてそれを再び下院に回すことになるはずである。下院でまた審議が再開されて、最終的に法制化されるのは5月中頃から下旬になるはずである。
しかし、一旦法制化されても裁判所の裁判官がそれに従うことは先ず考えられない。恐らく、欧州司法裁判所の裁定を仰ぐはずである。そうなると、その裁定が下されるまでに少なくとも1年半はかかる。それまでプチェモン氏は帰国できない。仮に、帰国しようとすれば逮捕されるのは必至である。
特に、問題となっているのは、今回の恩赦法の中に反逆、横領そしてテロ活動が含まれているからである。これらの行為がカタルーニャの独立の為に実施されたのであればこの恩赦法によって無罪とされるのである。
そんなバカな法律などありえないはず。ところが、サンチェス首相の欲望が影響してそのような法律が成立したのである。さらにこの法律の無謀性はテロ行為もそれがカタルーニャ独立の為に導かれた行動であると判断されれば合法化されるのである。
今回の恩赦法の中にテロリズムを加えたのは、スペイン最高裁でツナミ・デモクラティックがカタルーニャの暴動を扇動し、空港なども占拠し、治安警察官の二人を重症させ職場復帰を不可能にさせた。その首領がプチェモン氏であるという証拠が挙がっている。それに基づいてスペインの最高裁が彼を起訴することを最近明らかにしたのである。それによる逮捕から逃れる為にプッチェモン氏はそれも独立運動を導くための行為の一つであったとして合法化させるべくこの恩赦法に最終の修正案で加えたのである。
しかし、欧州司法裁判所ではテロ行為については裁定は厳しく、恩赦法で謳われているようなテロ行為を合法化させるような恩赦法は同裁判所で受理されることはまずないであろう。
カタルーニャ州議会が前倒し選挙の実施を決めた
しかも、更に問題が重なったのは、カタルーニャ州議会の選挙が前倒しされて5月12日となったのである。今年のカタルーニャ州の予算案が議会で承認されなかったのが要因だ。プッチェモ氏は州議会選挙に臨む希望を持っているが、帰国すれば逮捕される可能性が高い。なぜならそれまで日数的に恩赦法が法制化されている可能性はまずないからである。しかも、この法律を欧州司法裁判所で審査が要望されたら、その判決が下されるのは最短でも2025年である。
それまでにスペインでも前倒し総選挙が実施される可能性も十分にある。仮に総選挙が実施されれば、野党の国民党が政権に復帰することは九分九厘決まっている。サンチェス首相が選挙で敗退した後も党のリーダーとして存続する可能性はまずない。社会労働党の内部の刷新が行われるのは確実である。現在の社会労働党はサンチェス首相に乗っ取られた政党で、本来の国家政党としてあるべき姿がなくなっている。だからこれまで歴史的に同党の重鎮として存在していた多くの党員が離党している。
サンチェス首相が自らが政権にしがみ付く為に成立させた恩赦法は逆にそれが災いして最終的には彼の政界からの失脚を導くようになるであろう。スペインの不幸はもともと首相になる資質も器量もない政治屋が首相になったことである。