「春闘」と日銀の利上げ政策への転換
おどろおどろしい題名を付けているが、最後までお読みいただければ、筆者の危惧するところをご理解いただけるものと思う。
日本以外の国が利上げ政策などでインフレ対策に苦しむ中、日本はようやく金融緩和の好影響により、コストプッシュインフレの影響下であっても、安定的な賃上げが行われるようになってきた。
アングル:内需株にフォローの賃上げ、中小への広がり懸念 上値に不透明感も
令和6年度「春闘」は、昨年度を上回るベアが実現しつつあり、自民党の政務調査会が行った中間取りまとめの中を見ると、自民党が政府に提言する骨子も見えてきている。これらは、構造的な賃上げをどう行っていくか?の重要な論点となる。
これについて大企業が先陣を切って大幅な賃上げに動いたことに、連合の芳野会長は「良いスタートを切れた」と、今後に大きな期待よ寄せた。
構造的な賃上げ環境実現へ 「労務費指針」徹底と下請法見直し検討を 中小企業・小規模事業者政策調査会、競争政策調査会
とりわけ、現在の労務環境の具体的な調査内容とそれに基づく指針は、法改正(下請法)も含め、今後、一層議論が行われる中身となるだろう。
特に、人件費の価格転嫁は上述の下請法の改正、独禁法問題とも深く関わり、3月7日の与党提言を受け、上場企業はじめ大手企業は相次いで先行して大幅なベアに踏み切ったものと考えられる。
今回の大幅なベアは平均で5.28%に達するが、この数字はバブル崩壊前に準ずる数字であると言える。
日本のデフレ不況の要因の一つが実質賃金の伸び悩みであったことを考えれば、30年間慎重姿勢だった企業側が、人材確保に大きく舵を切ったと言っていいだろう。
33年ぶり5%超でも「賃上げ一色」はまだ遠い 春闘で注目が高まる日銀マイナス金利解除の行方
この最大の要因はインフレによるものであるのは明白で、重要なのは、人件費の価格転嫁を進めなければ人材確保が難しくなってきた市場の実態が挙げられるだろう。
と言うのも、今回の春闘の数字のうち、大幅な賃上げを回答した企業は全体の労働人口の中で従業員数1,000人以上の企業であり、全体平均は従業員数300人を下限とする企業全体の加重平均となり、最終的に中小零細を含めると賃上げ企業は7割程度にとどまるのではないか?との試算もある。
東洋経済オンラインの記事中でも触れているように、仮に日銀のマイナス金利政策解除に至る状況にまで賃上げが拡充するかは、現状では分からないと言うのが本当のところだと思う。
外国人労働者不要は本当か?
ようは労働力確保、人材確保の点で、足枷になってきた実質賃金の伸び悩みは、企業においてものっぴきならない状況であることを露呈したのが、今回の賃上げであって、次に来るのが足らない労働力をどのように確保するのか?という問題だ。
政府は年金支給年齢の上限引き上げや、高齢者の医療費負担をチラつかせながら、より長く働いて欲しいとの本音を見せている。
また、過去最高となる外国人労働者数(200万人)を受け入れるにあたり、技能実習生制度の見直しと入管難民法改正を閣議決定したことで、より一層、外国人労働者の増加が見込まれる。
この法改正について、中身を見ないで批判する声があるが、日本国内の労働環境の現状を踏まえれば、労働者不足は深刻な状況に陥っていることは明白だ。
今回、閣議決定された法改正の中で重要と思われるのが、従来の「特定技能1号」枠の拡充が挙げられる。これは、従来の制度において習熟した技能を獲得した外国人が確実に増えていることを意味する。と共に、日本における外国人労働者受け入れのシステムが確立されてきたことを意味する。
新たな改正案では、5年間の滞在期間延長と共に永住権取得までを考慮した内容になっている。これは現実を考慮した改正案と言え、日本の就労人口の減少は著しく、特に中小零細でより顕著な傾向があることを示している。
またそれに比して、生産現場やIT企業向けエンジニアは圧倒的に不足しており、それらの分野の求人市場はますます活況を呈する可能性が極めて高い。コロナ禍にあってさえ、新卒者の採用状況は好転していたが、少なくとも大企業の多くが新卒者を大量に採用すると共に、若年層の中途採用も今後は増えてくるだろう。つまり、中小零細にその波が来ることは目に見えている。製造業はその傾向がより顕著になるだろう。
これを喜ばしいことだとばかりも言ってられない。賃金上昇が従来の労働環境全体に広がっているとは、現状では言えないからだ。また、自民党の提言にあるように、商品価格の上昇が労務費へと適切な価格転嫁が行われない労働市場においては、従来の下請け制度自体の見直しを図る必要がある。
闇雲に外国人労働者批判を行ったとて、労働市場が大変な状況になっている現状を見る必要があり、大前提として、圧倒的に労働者は不足しているのだ。
この現実を直視すれば、外国人労働者が200万人になって大変だ、などと呑気なことは言ってはいられない。それもこれも、バブル崩壊から現在に至るデフレ日本が自ら招いた結果なのだ。
今、政府は子育て支援だとか、外国人労働者受け入れに関する法改正をやって、一刻も早くこのことに取り組もうとしているが、結婚や子育てに関心を示さなくなった若年層を切り替えるには、一朝一夕にはいかない。現在の新卒者の親世代が元々、デフレ不況下で子育てをやってきた。つまり、今の新卒者や若年層は豊かさを知らないのだ。
話を元に戻すと、これら労働者不足の現実に対処するには、段階的な取り組みが必要となるが、今回の春闘の途中経過の段階で、日銀がゼロ金利解除を言い始めるのは、些か拙速と言わざるを得ない。財政・金融委員会での野党による執拗な財務省と日銀への追求に根負けしたとしたら、それは政府の失策と言われても仕方ない。
中小零細にまで賃上げが波及したとは言えず、しかもインフレに至っては継続性があるデマンドプルインフレとは言えない。単に輸入品の物価が上昇しただけの話でコストプッシュに陥ってるだけだ。現在のインフレ状況を以てインフレ率が上昇したし、他国も金利を上げているんだから日本も上げろと短絡的な財務省と日銀イジメを繰り返す立憲民主党の階猛議員が如きは、日本経済を潰したいのだろうか?とさえ、思う。
今の現状で利上げ策の話を持ち出すのは、時期尚早ではないだろうか?
日本はチャイナリスクを回避する新たなサプライチェーン構築が急務であり、安倍元総理の時代から、脱・中国の路線を引いてきた日本政府は、本格的な対策が急がれ、あるいは中国に出ていた製造業の日本回帰の動きを加速させることになるだろう。少なくとも半導体市場においては、とっくに脱・中国が始まっている。
アングル:日本の半導体に台湾勢が商機、「脱・中国」で事業拡大
韓国のサムスンが神奈川県に半導体工場建設を計画し、400億円規模の投資を決め、経産省も200億円を補助することが決定している。サムスンは中国工場で安い賃金で行いたいと考えていたのだろうが、欧米が緩やかに中国とのでカップリングを模索する中、アジアでの生産拠点の一翼を日本が担う計画に先んじて、日本進出を決めたとも言えるだろう。
ここがかなり重要な要素となる。つまり、日本における労働市場、生産現場への信頼は、実は日本人が考えている以上に大きいのだ。この点を抜きに、製造業の日本回帰は語れない。日本の生産現場への信頼をテコに今後を見据えるべきで、だからこそ、中国に進出している企業は、脱・中国をどのように進めるかが大きな課題なのだ。
日本の技術力を過信するわけではないが、少なくとも、高い信頼性を維持できることは間違いがないだろう。もっとも、iPhoneを日本で生産するようになると、今の倍の価格に跳ね上がることにはなるが・・・
このように、外国人労働者に忌避感を抱く人々は、現実をもっと直視すべきだと考える。
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以後、
・外国人を利用する野党と外国人受け入れの先にあるもの
続きはnoteにて(倉沢良弦の「ニュースの裏側」)。