為替のことは為替に聞くしかないのだが:152円目前の円安水準

ドル円が一時152円突破ギリギリまで円安となり、1990年7月以来33年8か月ぶりの水準となっています。正直申し上げてここまで円が売られるとは思わなかったので為替は水物、本当に予想は難しいと感じるところです。

植田総裁(日銀HP)神田財務官(財務省HP)

日銀がゼロ金利政策を止めた際、私を含め、多くの方はある程度の円高を予想したと思います。それが今までの流れだったからです。しかもあの頃は3月末決算を迎え、海外で稼いだ企業のお金を日本に戻すレパトリ(repatriation、本国への資金還流)が通常起きる時期で円高に拍車をかけるというのがシナリオでした。これが崩れたのです。

一つは日銀のゼロ金利政策の終焉が円の価値を引き上げるほどのインパクトがなかったことがあります。植田総裁をはじめ、ほかの政策委員も「今後も緩和的姿勢を保つ」という趣旨の発言を繰り返していることから国内向けには安ど感が広がり、海外では「なんだ、やっぱり日銀は『永遠のハト(弱気派)』なのだな」という明白なメッセージを打ち出したことがあります。

もう一つは海外で稼いだお金を日本に還流すれば莫大な為替差益が得られたはずの日本企業がそれをせず、海外で将来の投資のため、資金を日本に戻さなかったことがありそうです。これは日本経済を占う上で大きな意味があると思います。日本企業の財務力は非常に堅固になってきているとされます。それは逆に言えば現金を持ちすぎており、投資先が無くなっているとも言えます。おまけに企業の株式保有に関して、自動車業界など一部業界では持ち合い解消が進んでおり、持ち合い解消後、投資先がないうろつくお金が溢れている、それが実態に見えます。

そうするとただでさえカネ余りの企業にとって海外の資金を国内に還流させれば運用先の問題のみならず、為替差益を確定させ、企業の収益にヒットし、法人税を持っていかれるという問題が生じます。いらない資金を持ち帰り、さらに税金を取られ、運用先も投資先も国内にないなら「海外のほうが運用利率も高いし、投資先も多い」ので「現地においておけ」ということだった可能性は否定できないでしょう。

私もカナダと日本それぞれに法人がありますが、長年の方針は日本の法人には資金を置かず、カナダにシフトするcentralized cash management(=お金を一カ所に集中させて運用する資金管理手法)を採用しています。理由は日本で預金利息が実質ゼロのような状態の中、投資案件がない限り、日本に資金を置いておく理由がないからです。

では、これだけ円安が進めば私の事業である日本の不動産事業をする投資妙味があるのではと言われるかもしれませんが、私がテリトリーとする地域の地価はこの1年だけでも8%程度上昇しており、10年スパンでみると4-5割近い上昇になっています。建築費も大幅に高騰したのに賃料はそんなに上がっていません。ならばこの条件下で住宅投資をしても円安であっても十分な利回りは確保できないのです。

では誰にもわからない今後の為替について個人的考えだけ述べておきます。

まず、為替介入です。財務省がここにきて口先介入をしています。財務大臣や神田財務官がつぶやいているのですが、もしかすると実弾介入をする可能性もあります。基本的には効果は果てしなくゼロの近いのですが、「調子に乗りすぎている連中に一発かます」という意味合いでは「打ち水」の様なもので、冷やし玉にはなると思います。

介入という手段がもはやほとんど意味をなさなくなったのは国際協調介入ができなくなったこともありますが、為替市場があまりにも莫大な規模になり、一国の財務省が為替を動かせるような時代ではないということです。22年の為替市場規模は7532億㌦で毎年、着実に大きくなっており、28年までに1兆1432億㌦まで膨れ上がるとされています。

では放置プレイをするとどうなるのでしょうか?理論的には為替は各国の通貨量(マネタリーベース)の比率が一つの基本とされます。日米でそれを当てはめると確かに2020年ぐらいまではそれが指針にみえました。ですが、それ以降、それが当てはまらなくなっています。それはアメリカのマネタリーベースが金融引き締めにもかかわらず増え続けているからです。

2020年2月のマネタリーベースはコロナ緩和が始まるところで345兆ドルでした。金融引き締めに入ったのが22年2月ですが当時は既に600兆ドルまで膨れ上がっていました。ところがそれ以降、FRBが急速に引き締めたはずなのに24年1月でも580兆ドルもあるのです。その為、日本とアメリカのマネタリーベース比率でみるとコロナ緩和から引き締めに入った22年以降、マネタリーベースの日米比率はおおむね1.1から1.2で変わっていないのです。とすれば今の円安をマネタリーベースで説明できないのです。

素人目にみると現在の円安は①円を借りて海外投資する円キャリー取引が膨れていること。これは22年初めが6兆円規模でしたが23年12月には11兆円程度まで拡大しています。②国内経済の指標であるGDPが伸びず、投資先としての日本の魅力を欠いた ③日本向けの直接投資が減っていること。これは日本企業のレパトリが減るなら海外企業の日本への直接投資も減るのは自明です。いずれにせよ円の需要が減り、ドルの需要が高まっているという大きな流れは変わらないのでしょう。ならば、上述のマネタリーベースの比率が為替レートの基本という考え方に係数である「ジャパンプレミアム」をかけざるを得ないということにもなります。

今の円安がどこまで進むのか私はわかりませんが、少なくとも過去の理論値を超えていることは間違いなさそうで、その理論の根底にある諸条件を見直さないといけないと現在のあるべき理論値が出てこないようにある気がします。

では今日はこのぐらいで。


編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2024年3月28日の記事より転載させていただきました。

会社経営者
ブルーツリーマネージメント社 社長 
カナダで不動産ビジネスをして25年、不動産や起業実務を踏まえた上で世界の中の日本を考え、書き綴っています。ブログは365日切れ目なく経済、マネー、社会、政治など様々なトピックをズバッと斬っています。分かりやすいブログを目指しています。