原発高レベル放射性廃棄物処分問題の現状
原発の高レベル放射性廃棄物の地層処分場選定の最初のステップとなる文献調査は、2020年に北海道の寿都(すっつ)町と神恵内(かもえない)村で初めて実施された。2024年4月26日、九州電力玄海原発がある佐賀県玄海町の本会議で文献調査が可決され、町長が追認すれば全国3例目となる。斯様にその処分場の選定が商用原発の稼働から約半世紀経った今も遅々として進んでいないのが実情である。
高レベル放射性廃棄物地層処分法の事例として、フィンランドのオンカロ施設があるが、経産省審議会委員寿楽浩太氏の「核ごみ地層処分は前例なき難事業、国は率直に説明を」(朝日デジタル 2024年4月6日)の意見や、内閣府原子力委員会委員長からの審議依頼に対する日本学術会議の回答書(2012年9月)では、
高レベル放射性廃棄物の最終処分場の実現性を検討するにあたっては、長期に安定した地層が日本に存在するかどうかについて、科学的根拠の厳密な検証が必要である。日本は火山活動が活発な地域であるとともに、活断層の存在など地層の安定性には不安要素がある。さらに万年単位に及ぶ超長期にわたって安定した地層を確認することに対して、現在の科学的知識と技術的能力では限界があることを明確に自覚する必要がある。
との慎重な指摘がなされている。
こうした地層処分法に対する適地選定検討の遅れや、一部研究機関の慎重な見解、及び今後数十年間を要する国家事業であること等を勘案すると、処分法を地層処分に限定するのではなく、以下に例示する「核変換技術」のような合理的な処理法が今後開発される可能性もあり、適切に切り替える柔軟性をもたせた事業とすることが望ましい。
例えば今後の有望な処理法として、高レベル放射性廃棄物に含まれる長寿命核種の半減期を短縮した短寿命核種あるいは非放射性核種に変換する「核変換技術」(文部科学省 研究開発局 原子力課、”群分離・核変換技術について”、R3.11.4)があり、この技術により千年間程で、自然界と同程度の放射能レベ ルにまで低下できるとされており、JAEA(日本原子力研究開発機構)等関係する研究機関の成果が期待される。
放射性廃棄物地層処分の場所として、断層や新たな活断層出現の可能性等変動地形学上の問題や広範囲の石炭層、火山帯、地質学的問題など無い安定した地質層であれば、居住地から適切に離れた離島の無人島(特に国有地)は有望な候補地である。
因みに既述のオンカロ施設はフィンランド南西部オルキルオト島にある。離島の無人島について、国は水面下で検討していると思うのであるが、しかし未だに表に出てきていないのは、適切な無人島がないか、または国策的観点から国は公表を敢えて控えているのであろうか。
次に集住地区近傍の処分場として、馬場伯明氏(2024年2月9日頂門の一針 6772号)が紹介している三谷信次氏(原子力コミュニケイションズ代表)提案の「東京湾お台場沖埋立地(東京都所有)」がある。
本事業は不可避の国家事業であり、国や自治体の首長は毅然として推進すべしとの馬場氏の主張は正論であるが、長期にわたり放射能放出を続ける廃棄物処分場に関し、我が国ではこの正論が必ずしも成功するとは限らない。
もし現時点で三谷信次氏の案件について都民投票を実施すると、恐らく過半数以上で否決されるであろう。人の心情的側面に関係するところの総論(廃棄物処分場の必要性には)賛成、各論(自分の近くに作るのは)反対の、所謂、NIMBY(Not In my Back Yard)問題である。
放射性廃棄物を処分する場合、既述の核変換法による半減期短縮化処理法に基づいて処分するか、その技術が確立されない場合は核変換技術を介さずに直接処分するか、いずれにせよ処分場決定に際しては、上記のNIMBY問題は残る。これをどう解決するか? これが本稿の主題である。
原発高レベル放射性廃棄物処分問題の対策
教育は100年の計と言われるが、特に今世紀に入って3E(エネルギー、経済、環境)のトリレンマ問題を内包する地球環境問題に対し、小学低学年からの教育課程に取り込むことによって、3Eに関する国民のバランス意識は着実に向上し、今や我々は地球環境問題の克服に向けて邁進している実感を経験しつつある。
こうした動向の例として、私が当時副理事長の(NPO)彩の国エコロジーセンターで、2008年埼玉県の学・民協働プラン開発事業の教育特区プロジェクトに於いて、協働校の上里町立賀美小学校4年生児童を対象に1年間実施した環境授業がある。
この事業に並行して、関東北部地域に埋設されている農業用水パイプラインの農水用(水の質量)と発電用(水のエネルギー)の多目的活用で、賀美小学校の裏手に水力発電所を企画提案し(現在国交省国営事業として運用)、学・民協働プラン開発事業での教室内座学授業とリンクして、身近にある水力発電所の見学と北関東農業用水活用の実態を知ることを通して、座学と見学(実学)の立体・有機的な環境授業を実施した。
そこで、地球環境問題に関するこれまでの我が国の環境教育の経験を踏まえ、今回の原発高レベル廃棄物処理問題の場合、概ね数十年程度の計画で、小学高学年から中学、高校、大学、及び一般人に対し、原発の先端的技術に依る利便性享受とそれに伴う危険性受容のバランスに関し、成熟した意識の高揚を育む教育(成熟した高質な意識教育)をじっくり行う。
この教育期間を経て、日本国必須の国家事業である高レベル放射性廃棄物地層処分事業を無人の離島、東京湾お台場沖埋立地を含むその他の国内場所で実施する案を、全国民で議論し民意の合意形成を醸成・確立していく。
馬場氏の案は正論に基づく正攻法であるのに対し、私の案は時間をかけてじっくり利便性享受とリスク受容に関し、成熟したバランス意識を育んだうえで都民、国民の合意形成を経て、高レベル放射性廃棄物処理問題のソフトランディングを目指す。
勿論、高い意識教育を経ても尚反対者はいるが、上記の教育期間を経た上であれば、原発反対の単なる教条主義者は別として、他者の異なる意見を評価しつつ、成熟した冷静な行動規範が学習されているはずである。
このことに関して、2011年東大震災直後の4月、私は神奈川大学での第1セメスターで実施した第1回目の授業開始前のアンケートと、利便性享受とリスク受容のバランス感覚・意識に関する第14回目の最終授業でのアンケートの比較調査で、受講した学生の意識の違いの発露を経験している。
以上述べてきたように、高レベル放射性廃棄物処分場選定事業の遅延を鑑み、原発の利便性享受と危険性受容に関するバランス意識を育む教育課程の導入が望まれる。
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酒井 勝弘 大学名誉教授、工学博士(大阪大学)
[専門]原子力工学、輸送数値解析法、[職歴]三菱にて高速増殖炉もんじゅ炉心熱設計、阪大原子力工学科助手、埼玉工大教授、[著書]Toward Absolutely Stable Numerical Scheme(LAP. Pub.)、流体力学(訳本,共著,丸善)