袴田事件再審「証拠捏造の可能性」を徹底分析:無罪判決でも事実解明は終わらない

昨年10月から、静岡地方裁判所で行われてきた袴田事件の再審が、5月22日の公判期日に、検察官の論告、弁護人の弁論が行われて結審する。

1966年に静岡県清水市の民家で味噌製造会社の専務一家4人が殺害されて集金袋が奪われ、この民家が放火された強盗殺人・放火事件で、袴田巌氏が逮捕・起訴されて以降、半世紀を超えて争われてきた袴田事件の刑事裁判は、「裁判所の再度の有罪無罪の判断が行われる最終局面」を迎える。

56年前の現場
NHKより

裁判では一貫して無罪を訴えた袴田氏に対して、1980年に死刑判決が確定、翌年に第一次再審請求が申立てられ、2008年、最高裁の棄却決定で確定したが、同年に申立てられた第2次再審請求について、2014年3月、静岡地裁(村山浩昭裁判長)が再審開始を決定(以下、「村山決定」)、袴田氏の死刑および勾留の執行を停止し、袴田氏は釈放された。

即時抗告審の東京高裁(大島隆明裁判長)は2018年に再審開始決定を取り消し、再審請求を棄却する決定を出した(以下、「大島決定」)が、弁護人が特別抗告、最高裁は2020年12月に、棄却決定を取り消し、審理を東京高裁に差し戻す決定(以下、「最高裁決定」)を行い、2023年3月、東京高裁(大善文男裁判長)で再審開始決定(以下、「大善決定」)が出された。

第2次再審請求審では、袴田氏が逮捕・起訴され公判審理が行われていた最中に味噌樽の底から発見され、袴田氏が犯人であることを裏付ける有力な証拠とされた「5点の衣類」についての「DNA鑑定」と「味噌漬け実験報告書」を「新証拠」とし、それらが、再審開始の要件である「無罪を言い渡すべき明らかな証拠をあらたに発見した」(刑訴法435条6号)に該当するかどうかが争点となり、上記の各決定で判断が分かれてきた。

「5点の衣類」を袴田氏が犯行時に着用し、袴田氏がそれを味噌樽の底に隠蔽したというのが確定判決の事実認定だが、上記の二つの「新証拠」は、その事実認定を否定する方向に働く。

DNA鑑定により、着衣の一つに付着していた血痕のDNA型が袴田氏のDNA型とは一致しないという鑑定が正しいのであれば、確定判決の認定に反することになり、袴田氏は犯人ではないことになるし、「味噌漬け実験報告書」の結果、5点の衣類には付着した血痕の色の赤みが残っており、それが1年以上味噌に浸かっていたとは考えられないことが実験によって証明されたということであれば、5点の衣類を味噌樽の底に隠匿したのは、その時点で勾留中であった袴田氏ではない、ということになる。

静岡地裁の村山決定は、上記の二つを「無罪を言い渡すべき新証拠に当たる」としたが、東京高裁の大島決定は、「いずれも当たらない」とした。そして、「味噌漬け実験報告書」について、大島決定の判断を取り消して差し戻した最高裁決定を受けて出された大善決定は、「味噌漬け実験報告書」の証拠評価について、大島決定の判断を覆し、「新証拠」と認めて再審開始を決定した。

各決定の判断の違いは、主として、上記の二つの証拠が「無罪を言い渡すべき新規・明白な証拠」に当たるか否かの評価をめぐるものだった。

しかし、袴田事件には、もう一つ極めて重要な論点があることを看過してはならない。新証拠と認められた「味噌漬け実験報告書」の証拠評価と表裏一体の関係にある「捜査機関による証拠の組織的捏造の可能性」である。

上記の大善決定の結論のとおり、袴田氏が犯人であることが否定された場合、味噌樽の底から発見された5点の衣類は、袴田氏以外の何者かが、血痕が大量に付着した5点の衣類を、味噌樽の底に入れたことになる。「味噌漬け実験報告書」が正しいとすると、5点の衣類が味噌樽の底に入れられたのは、事件直後ではなく、発見時に近い時期ということになるので、それを行う動機があり、実際に行うとすれば、袴田氏を犯人だと断定し、有罪判決を受けさせようとしていた警察しか考えられない。

つまり、大善決定の認定のとおりで「無罪判決」になるとすれば、それは、必然的に、「静岡県警が、血痕の付着した5点の衣類を味噌樽の底に沈めるという証拠捏造行為を行った」、という判断につながることになる。本件捜査を行っていた当時の静岡県警が、果たして、そのような行為を行ったのか、本当に、その可能性があるのか、という点が、本件のもう一つの極めて重要な論点なのである。

「捜査機関による証拠の捏造・改ざん」の一般的可能性

刑事事件の捜査を担当した警察官が、捜査の過程で誤りを犯し、それを隠すために捜査書類を捏造・改ざんした、という事例は過去にもあるし、捜査の現場で、捜査結果の辻褄を合わせるため、捜査書類が意図的に改ざんされたこともある。

大阪地検特捜部の「証拠改ざん事件」は、主任検察官が、検察が立証を予定しているストーリーに合わせるためフロッピーディスクのプロパティを改ざんしたものであった。このような証拠の改ざん・捏造は、ほとんどが、捜査の担当官が個人的に行ったものであり、また、行為の内容も、書面の書替え等の単純な手口だった。

一方、「陸山会事件の虚偽捜査報告書事件」は、捜査のターゲットにした小沢一郎氏に対して検察組織としては「不起訴」という決定に至ったため、それを、検察審査会の議決で覆そうとして、当時の「東京地検特捜部」によって組織的に行われた可能性がある異例の証拠捏造事件だった。

もっとも、これも、その証拠捏造の手口は、取調べの状況、供述内容についての捜査報告書に、実際の供述内容とは異なる内容を記載する、という極めて単純なものであり、検察官がそのような証拠捏造を意図的に行ったとはにわかに信じ難いことではあるが、その気になりさえすれば、証拠捏造の実行自体は比較的容易である。

しかし、袴田事件で弁護人が主張している捜査・公判の各段階での「警察による証拠捏造」の多くは、そのような過去に発覚した刑事事件に関する証拠捏造・改ざん等の行為とは質的に異なる。

本件で弁護側が主張する「証拠の捏造」

弁護人が主張する「警察による証拠捏造」は、大きく3つのステージに分かれる。

第1が、事件発生直後から袴田氏逮捕に至るまでの間に、犯人を味噌製造会社内部者と特定するために行われたとされる現場の遺留物等に関する証拠捏造、第2が、袴田氏が警察の連日の長時間にわたる人権無視の不当な取調べによって自白した後、その自白の裏付けとなるような証拠の捏造、そして、第3が上記の「血痕の付着した5点の衣類を味噌樽の底に沈める行為」である。

第2ステージの証拠捏造は、過去に実際にあった捜査機関による「証拠の捏造・改ざん」と、それ程大きくかけ離れたものではない。自白に基づいて犯罪事実を立証しようとしていた警察が、その自白の信用性が争われ、苦し紛れに証拠を捏造・改ざんする、というケースは、担当警察官個人レベルや捜査担当チームによる行為として考えられないわけではない。

しかし、第1ステージの捏造は、それとはかなり性格が異なる。事件直後の初動捜査、早いものは事件発生の数時間後の現場の遺留物等について証拠を捏造したということであれば、当時の警察が、事件発生当初から味噌製造会社の内部者の犯行であるかのように見せかけようとしたということになる。

それは、警察が、事件発生の直後、或いは、その直前から、捜査の方向性を決めていた、それによって真犯人を隠蔽しようとしていた、ということだ。それは、当時の静岡県警について、組織的な犯罪行為の疑いを生じさせることになる。

第3ステージの証拠捏造の「血痕の付着した5点の衣類を味噌樽の底に沈める行為」の方は、第2ステージの捏造のように、それ自体が、事件発生当初からの警察と事件或いは真犯人との関係を疑わせるものではないが、少なくとも、組織的に多数の捜査員によって行われた大がかりな証拠捏造としか考えられない。

その実行のためには、警察が、袴田氏が事件前に着用していた衣類を把握し、それに見合う衣類を調達し、一方で大量の血液を入手して衣類に付着させて「血痕が付着した5点の衣類」を準備し、味噌樽の底に何かを沈める作業をすることについて、味噌製造会社側の協力を得て、実際に味噌工場に立ち入って、それを実行することが必要になる。それが「証拠捏造」であることを認識しつつ、その実行に関与した警察官は相当多数に上ることになる。

当時の静岡県警が、このような「証拠捏造」を、冤罪の袴田氏を死刑にするため敢えて組織的に行ったとすると、その「警察」というのは、我々が、通常認識している「日本の警察」とは、全く異なる、むしろ中国や北朝鮮の警察のような権力機関だったことになる。

このような警察による組織的証拠捏造があったと認めることと表裏一体の関係にあることから、検察にとっても、「味噌漬け実験報告書」が、「無罪を言い渡すべき新規性、明白性を充たす証拠」に当たるとされた再審開始決定が出され、特別抗告を断念した後においても、再審で、再審開始決定の認定をそのまま受け入れて、有罪立証を断念するということができないのは致し方ないと言える。

「再審無罪判決」では、証拠捏造の事実解明は終わらない

刑訴法の解釈としては、再審での事実認定は、再審開始決定の認定に拘束されないというのが、通説・判例であり、再審において新旧証拠を総合評価した結果、異なった結論に至る可能性はある。

しかし、最高裁決定の破棄差戻し決定を受けた大善決定が、多くの専門家の証言等も踏まえて、「味噌漬け実験報告書」が「無罪を言い渡すべき証拠」に当たると判断した事実は極めて重く、一般的には、検察官が、「付着した血痕の色の赤みが残っていた5点の衣類が、1年以上味噌に浸かっていたとは考えられない」との大善決定の判断を否定する立証ができたということでない限り、再審の判決も「無罪」とされる可能性が相当程度高いように思える。

しかし、既に述べたように、大善決定の認定の方向で無罪判決が出された場合、必然的に、警察の組織的かつ大規模な証拠捏造があったことが認定されることになる。

再審無罪判決が確定すれば、それによって半世紀以上にわたった袴田氏の刑事裁判の終了が確定する。一方で、それに伴って、警察の組織的証拠捏造によって34年間にわたって死刑囚として身柄を拘束され死刑執行の恐怖に晒され続けた袴田氏の甚大な損害について国家賠償請求訴訟が提起されることになり、また、警察の組織的証拠捏造が認定された以上、それについて事実を解明し、原因究明し、再発防止のための第三者機関による検証が強く求められることになる。

そういう意味で、袴田事件での「警察による証拠捏造」をめぐる事実解明は、無罪判決が出て確定しても、それで終わる問題では決してないのである。

これまで再審請求審、再審の経過の中で、主として争点となってきた「5点の衣類」についての「DNA鑑定」と「味噌漬け実験報告書」の信用性、証拠価値の問題とは別に、上記の「警察による証拠捏造」、とりわけ、大善決定が「無罪を言い渡すべき新証拠」と認定した「味噌漬け実験報告書」の結論から当然に導かれる第3ステージの証拠捏造について、村山決定、大島決定、最高裁決定、大善決定がどのような判断を行ってきたかを改めて整理し、さらに直前に迫っている再審での検察、弁護側の論告、弁論での主張立証のポイント、それを受けての、再審判決の重要論点についても、改めて考えてみたいと思う。

第2次再審請求審の各決定の「証拠捏造」についての判断

村山決定では、「5点の衣類」についての「味噌漬け実験報告書」が「無罪を言い渡すべき新規明白な証拠」とされる一方、「5点の衣類」が捜査機関によって捏造された可能性について次のように判示した。

警察は、人権を顧みることなく、袴田を犯人として厳しく追及する姿勢が顕著であるから、5点の衣類のねつ造が行われたとしても特段不自然とはいえず、公判において袴田が否認に転じたことを受けて、新たに証拠を作り上げたとしても、全く想像できないことではなく、もはや可能性としては否定できない。

これに対して、検察官が即時抗告し、3年半にわたる審理において、弁護人は、村山決定が、「無罪を言い渡すべき明らかな新証拠」と認めた「DNA鑑定」と「味噌漬け実験報告書」のほかに多数の「新証拠」の主張を行った。その多くは、5点の衣類について「被告人が事件直後に味噌樽の底に隠匿した可能性」(この可能性の否定は袴田氏の犯人性の否定につながる)、「捜査機関が捏造した可能性」(その可能性の否定は、袴田氏の犯人性の肯定につながる)に関連するものであった。

大島決定は、網羅的に判断を行い、これらのすべてについて「無罪を言い渡すべき新証拠」に当たらないとの判断を示した。その中に、「捜査機関による証拠捏造」の可能性についても重要な事実が含まれている。

特に重要なのが、確定判決において5点の衣類の中の「鉄紺色のズボン」が被告人のものであることを裏付け、「捜査機関が捏造した可能性」を否定する有力な証拠とされた「ズボンの端布」についての判断である。弁護人はいくつかの「新証拠」を提出し、端布を警察官がねつ造した可能性を主張していたが,大島決定は、「端布がねつ造されたとの指摘は抽象的な可能性の域を超えない」と判示した。

そして、自白追及の厳しさと証拠のねつ造の可能性の関係について、

これまでしばしば刑事裁判で自白の任意性が問題となってきたように、否認している被疑者に対して厳しく自白を迫ることは往々にしてあることであって、それが、捜査手法として許される範囲を超えるようなことがあったとしても、他にねつ造をしたことをうかがわせるような具体的な根拠もないのに、そのような被疑者の取調方法を用いる捜査当局は、それ自体犯罪行為となるような証拠のねつ造をも行う傾向があるなどということはできず、そのような経験則があるとも認め難い。しかも、そのねつ造したとされる証拠が、捜査当局が押し付けたと主張されている自白のストーリーにはそぐわないものであれば、なおさらである。

として、「自白追及の厳しさ」と「証拠の捏造の可能性」を結びつけることは相当ではないとした。

そして、さらに、「5点の衣類のねつ造可能性についての新旧証拠の総合評価」について

第1次再審,第2次再審で提出された個別には証明力の弱い新証拠を旧証拠に加えて総合的に評価した場合に,5点の衣類は,犯人の着衣であり,かつ,袴田のものであることについて合理的な疑いを生じさせ,ひいては,袴田が犯人であるとした確定判決の認定に合理的な疑いが生じる余地が全くないかを念のため検討することとする。

と述べて、まず、捜査機関による5点の衣類のねつ造が行われたとした場合の時期について,「1号タンクに大量の味噌が仕込まれている昭和41年7月20日から昭和42年7月25日までの間」については、

捜査機関が,1号タンクの味噌を掘り出した上で底部から約3.5cmの場所に5点の衣類が入った麻袋を隠匿することは,ほぼ物理的に不可能であり、事件が発生した昭和41年6月30日から同年7月20日までの間は,捜査機関は,未だ袴田を逮捕しておらず,血痕が付着した袴田のパジャマを押収して解析を進めるなどして,犯行着衣としてはパジャマを想定していたことがうかがわれるのであるから,同時期に,5点の衣類を犯行着衣としてねつ造する可能性を想定することもおよそ非現実的である

として、捏造が行われた可能性は「昭和42年7月25日に1号タンクから味噌の取り出しが始まった後」に限定されるとし、この期間に5点の衣類をねつ造した可能性を検討している。

その検討の結果について,以下のように判示している。

袴田の衣類は,昭和41年9月下旬にはA商店の寮から実家にすべて送り返されているため,捜査機関が,袴田の衣類を入手してねつ造工作を行うことは想定し難い。また,袴田の衣類に類似した衣類を入手してねつ造するにしても,〔1〕鉄紺色ズボンについては,B洋服店で2年近く在庫として存在し(第2次再審で弁護人から提出された新証拠によれば,同ズボンは,Cが,昭和39年に製造し,同社からB洋服店に対して,昭和39年12月21日から昭和40年9月10日までに出荷したものであると認められる。),同店で裾上げをしてもらったものを入手し,〔2〕緑色パンツについては,昭和41年8月8日以前にDで製造されたものを入手し,〔3〕昭和42年7月25日から同年8月31日までの間に,E商店に赴き,麻袋に入れて1号タンクに埋めた上,〔4〕鉄紺色ズボンの端布を袴田の実家に隠匿することが必要となるはずである。
しかし,〔1〕及び〔2〕については,このようなことが可能となるような条件がたまたま揃うという事態は相当稀であって現実性が乏しいというべきである。また,〔3〕については,E商店側の協力を得ないまま,捜査機関のみでE商店工場内の1号タンクに赴き,勝手に味噌を掘り返して5点の衣類を隠匿するのは極めて困難である上,E商店側の協力者を想定すると,協力者が自社の製造する味噌の中に人血の浸み込んだ衣類を隠匿することになるところ,本件が稀に見る凶悪,重大な事件であることからすれば,犯行に関係ある着衣がタンクの中から新たに発見されたことが明らかになれば,味噌の売上減少等によるE商店の経済的な打撃は計り知れず,そうである以上,予めE商店側の者の協力を得ることも相当に困難というべきである(5点の衣類がいつの時点で発見されるかも正確には分からず,これを発見したE商店の従業員が営業への影響を考えてこっそり廃棄する可能性もあることからすれば,衣類の隠匿のみならず,発見時の通報についても事前に味噌の取出しを担当する者等の協力の約束をも得ておく必要があろう。)。加えて,〔4〕については,これをねつ造することが想定し難いことは,既に示したとおりである(前記の「端布を警察官がねつ造した可能性」についての判示[筆者注])。そうすると,そもそも,捜査機関が,5点の衣類をねつ造すること自体が極めて困難であるというべきである。

次に、捜査機関が5点の衣類のねつ造を行う動機について、

捜査機関は,袴田を逮捕した上で長時間に及ぶ取調べを行い,犯行時の着衣はパジャマであるとの自白を得たものであり,検察官も,第1審の第1回公判期日以降,犯行時の着衣がパジャマであるとする袴田の自白を立証の柱に据えて公判活動をしていたことが認められる。そのような中で,捜査機関が,自白に沿うような物証をねつ造する動機を有するというのであればともかく,袴田の自白に矛盾し,かつ,捜査機関の当初の見立てや,検察官の立証活動に反するような5点の衣類をわざわざねつ造するような動機は見出し難く,このような可能性を想定することはおよそ非現実的というほかない。
5点の衣類が発見されるまでの1審の審理経過に照らせば,ほぼ検察官の予定したどおりに立証活動が進められており,予想外の主張や証拠が出るなど,立証活動が難航していたという事情は見当たらない。仮に,そのまま検察官の立証を進めても,合理的な疑いを超える程度の立証ができるか不安があったとしても,立証の主要部分を占める自白のうち,決して軽視できない部分と明らかに矛盾する証拠をねつ造することは,自白の信用性に対する影響や協力者の側から事実が漏れる可能性を考えれば(所論のいうように,端布を生地のサンプルから作成したとしたら,その縫製についても協力者を必要とする。),メリットと比較してリスクが余りに大きく,証拠ねつ造の動機があったとはいい難い。

などと判示して、

5点の衣類が捜査機関によってねつ造された可能性をいう弁護人の所論は,現時点でも,特に根拠のない想像的,抽象的可能性の域にとどまっているというべき

と結論づけている。

大島決定に対して、弁護人が、最高裁に特別抗告し、2020年12月、最高裁は大島決定を取消し、東京高裁に差し戻した。

最高裁決定は、「村山決定はDNA鑑定の証拠価値の評価を誤った違法があるとした大島決定は、結論において正当である」としたが、「味噌漬け実験報告書」に関して、「メイラード反応の影響」についての審理不尽を指摘し、東京高裁に差し戻した。

そして、東京高裁に差し戻された袴田氏の再審請求について、2023年3月13日に出されたのが大善決定だった。同決定では、

5点の衣類が1年以上みそ漬けされていたことに合理的な疑いが生じており、5点の衣類については、事件から相当期間経過した後に、袴田以外の第三者が1号タンク内に隠匿してみそ漬けにした可能性が否定できず(この第三者には捜査機関も含まれ、事実上捜査機関の者による可能性が極めて高いと思われる。)、袴田の犯人性の認定に重大な影響を及ぼす以上、到底袴田を本件の犯人と認定することはできず、それ以外の旧証拠で袴田の犯人性を認定できるものは見当たらない。

として、静岡地裁の再審開始決定に対する検察官の即時抗告を棄却し、袴田氏に対する再審開始を決定した。

「味噌漬け実験報告書」と警察の証拠捏造との関係

前述したように、「味噌漬け実験報告書」によって、1年以上味噌漬けされた5点の衣類の血痕の赤みが残ることが否定され、味噌樽の底に入れられたのは、事件直後ではなく、発見時に近い時期だったことになると、5点の衣類を味噌樽の底に沈める行為を実際に行うのは、袴田氏を犯人だと断定し、有罪判決を受けさせようとしていた静岡県警しか考えられない。

つまり、大善決定の認定のとおりの「無罪判決」は、必然的に、捜査機関が、「血痕の付着した5点の衣類を味噌樽の底に沈める」という証拠捏造行為を行った、という判断につながることになる。

大島決定は、弁護人が主張した捏造の根拠について詳細に検討を加え、無関係の衣類を袴田氏の着衣のように偽って味噌樽の中から発見するという行為は、「過酷な取調べの末に得られていた袴田氏の自白とは全く矛盾する証拠を、発覚のリスクを冒して敢えてねつ造する」という、全く合理的ではない行動を警察組織が行ったことになる、として警察による証拠捏造の可能性を否定した。それは、「味噌漬け実験報告書」の証拠価値を事実上否定する意味もあったと思われる。

これに対して、最高裁決定は、このような「捜査機関による捏造の可能性」についての大島決定の判断には全く触れず、「メイラード反応の影響」についての審理不尽だけを指摘して審理を東京高裁に差戻し、大善決定は、5点の衣類については、「味噌漬け実験報告書」を「無罪を言い渡すべき新証拠」と判断し、事件から相当期間経過した後に、袴田以外の第三者が1号タンク内に隠匿してみそ漬けにした可能性が否定できないとし、これについて「この第三者には捜査機関も含まれ、事実上捜査機関の者による可能性が極めて高いと思われる。」との判断を示した。

しかし、最高裁決定も大善決定も、大島決定の「5点の衣類の証拠捏造の可能性」を否定する判断に対しては、全く検討も判断も行っていない。

結局、捜査機関による証拠捏造の可能性については、村山決定の判断を覆し、証拠捏造を否定した大島決定が、現時点では裁判所としての最終的な判示になっている。

今回の再審でも、この点について、大島決定で示された判断をベースにしている検察官の主張立証と、弁護人の主張立証が対立する構図となっている。

再審裁判所の判断は、まずは、検察側が、「付着した血痕の色の赤みが残っていた5点の衣類が、1年以上味噌に浸かっていたとは考えられない」とした大善決定の判断を覆す立証ができるかどうかが、最大のポイントになる。

しかし、一方で、それと表裏一体の関係となる「警察による5点の衣類の捏造の可能性」も重要である。その可能性を否定する大島決定の判断を、弁護側が覆す主張立証ができるのかも、極めて重要な論点なのである。

大島決定でも言及した袴田氏の取調べの録音テープ

前述したとおり、大島決定においては、「5点の衣類のねつ造可能性についての新旧証拠の総合評価」以外に、弁護人の「その他の新証拠」に対して個別に判断している。その中にも、「捜査機関による5点の衣類の捏造の可能性」に関する重要な事実が含まれている。

そのうちの一つが、村山決定後に検察官が弁護人に証拠開示した袴田氏の取調べの録音テープ及び同反訳書に基づいて弁護人が「新証拠」として提出した供述心理学鑑定書に関する以下の大島決定の記述である。

自白の初期段階で,犯行着衣がパジャマであると信じている捜査官に対し,袴田が,被害者宅に侵入する際,最初は,雨合羽を着て,その下はシャツと黒色のズボンを着用していて(ちなみに,5点の衣類が発見された当日に鉄紺色ズボンを見分した警察官は,それを「黒色ようズボン」と表現している。),パジャマに着替えたのは後である旨供述していること等の評価についても何ら触れるところはない。

これは、供述心理鑑定の信用性を否定することに関する判示であるが、ここで言及している録音テープに記録されている袴田供述は、「警察による5点の衣類の捏造の可能性」を判断する上で極めて重要な事実である。

マスコミの取材を受けた関係で入手した今回の再審での検察官の冒頭陳述の中の【弁護人の主張に対する反論】の《第1「被告人の自白から被告人の無実が証明される」との弁護人の主張が誤りであること》の中で、上記の袴田氏の供述が、次のように引用されている(引用表記等は省略)。

被告人は、Bさんから、 強盗に見せ掛けた放火を依頼され、Aさん方に赴いた際、Bさんが被告人のためにテーブル上に置いておいた5万円入りの袋を持ち去ったと供述していました。
被告人は、Yから、その袋をどこのポケットに入れたのか尋ねられ、「ズボンです。」と返答し、Yから、パジャマではなかったのかと確認されると、「パジャマ、後です。」と供述しました。
被告人は、さらに、雨合羽を着てAさん方に行ったことを供述した後、Yから、雨合羽の下に何を着ていたかを尋ねられると、「シャツです。」と供述しました。
その後も被告人は、Yからの犯行着衣に関する質問に対し、「ズボンです。」と、改めてズボンを履いていたことを供述し、Yから、「どういうふうなズボン。」と尋ねられると、「黒の。」と供述しました。なお、鉄紺色ズボンの色も、黒に近い色であり、被告人の母は、自宅から発見された共布について「黒っぽい色」と供述していました。

録音テープという「袴田氏の生の音声」の中で、犯行着衣がパジャマであると信じている捜査官に対し、《被害者宅に侵入する際,最初は,雨合羽を着て,その下はシャツと黒色のズボンを着用していて,パジャマに着替えたのは後である》旨述べており、その供述は、その約1年後に味噌樽の底から5点の衣類が発見されたことに伴って検察官が立証方針を変更した後の「ストーリー」と一致していたことになる。

その袴田供述が、供述時点以降、警察内部でどのように認識され、その情報が取り扱われていたかによって、この袴田供述の意味は大きく異なる。

もし、捜査官が、袴田供述は警察のストーリーには合わないと考えて、そのまま、「黙殺し、無視していた」のであれば、その1年後に味噌樽の底から5点の衣類が発見され、それが袴田供述と符合するというのは、偶然とは考えられない。袴田氏の自白が真実であったことを裏付ける重要な証拠ということになる。

一方、もし、「雨合羽、シャツ、黒色ズボンを着用」という袴田供述の内容には何らかの意味があると考えていたとすると、それが警察による5点の衣類の捏造の「元情報」となり、それに合わせて5点の衣類が捏造された可能性も否定はできないことになる(ただ、その場合、なぜ、その録音テープが証拠として使われなかったのか、という疑問は残る)。

大島決定が、「5点の衣類のねつ造可能性についての新旧証拠の総合評価」のほか「その他の新証拠」についての評価の中で、5点の衣類のねつ造可能性について、相当詳細で緻密な検討を行っていることに加え、上記の録音テープの「雨合羽、シャツ、黒色ズボンを着用」の袴田供述も含めると、「5点の衣類の捏造の可能性」が否定される方向に傾く可能性が高いように思える。

再審での弁護人の「事件の内容」自体についての主張

一方で、これまでの再審請求審ではあまり争点にならなかった、そもそもの「事件の内容」について、弁護側が、再審第2回公判での「全体冒頭陳述」で主張した内容には相当な説得力がある。

弁護人は、本件は、検察官が主張する「住居侵入、被害者4人の強盗殺人、放火事件」ではなく、「犯人は一人ではなく複数の外部の者であって、動機は強盗ではなく怨恨でした。また、犯人たちは、午前1時過ぎの深夜侵入したのではなく、被害者らが起きていたときから被害者宅に入り込んでいたのです。そして、4人を殺害して放火した後、表シャッターから逃げて行った」と主張している。

その理由として、以下のような指摘を行っている。

  • 互いに隣の家の中の物音も聞こえるような状況だった。隣から悲鳴があがれば、寝ていてもすぐにわかったはず
  • 犯人が1人であったとすれば、凶器は刃物なので、4人を1人1人順に殺害していったことになる。しかも、一突きで殺された被害者はおらず、全員に多数の刃物による傷があった。藤雄さんは柔道2段の屈強な男性だった。簡単に4人を殺害できたとは思えない
  • 犯人が一人であれば、4人の悲鳴や叫び声や逃げまどう声が飛び交い、物を投げたり物を使って反撃するような大混乱が,しかも相当の時間続いたはずであり、そうであれば、隣人たちは、すぐに気が付くはずだが、逃げ出した人はいなかったし、被害者宅からは、まったく物音が聞こえなかった。
  • 各被害者らの傷は、4人とも胸、右胸あるいは背中など一定範囲のところにほとんど集中しており、被害者らは刃物で傷つけられても誰も動かず逃げ回ったりしておらず、被害者らの手足や腕には刃物による傷がほとんどない。被害者らは、4人とも声も上げられない状況で、もちろん逃げることも反撃することもできないような状況で殺害された。犯人が4人の被害者と同数以上いたか、それとも、犯人が複数で、被害者らを動けないようにし、声も上げられないようにした状況下で、殺害行為が行われた
  • 検察官は、被害者4人が寝静まった深夜1時過ぎに犯人が侵入してきたと主張しているが、被害者宅に入ったとき、被害者らが起きていたことは、わずかに焼け残った被害者の所持品等から裏付けられる。
  • 事件前、被害者宅の店舗部分の土間の机の上に、電話機が置かれていたが、電話機は、接続端子ごとコードが引き抜かれており、通話ができなくなっていた。これは、被害者宅に入り込んだ犯人らが被害者らに外部との連絡を取らせないようにしたものと考えられる。

検察官は、冒頭陳述で、再審請求審での弁護人の主張を踏まえて、弁護人の主張を想定した反論を行っているが、上記のような「事件の内容」自体についての弁護人の主張に対する具体的な反論は、少なくとも冒頭陳述では行われていない。

間もなく行われる論告の中で、その点について詳細な反論が行われることになるのであろうが、もし、この点についての弁護人の主張に有効な反論ができないとすると、前記の「第1ステージの証拠捏造の可能性」を浮上させることになる。

事件発生の数時間後に現場の遺留物等について証拠を捏造したというのは、犯人像もわからない警察の初動捜査の時点の行動としてあり得ない、というのが検察官の主張だが、上記のように「事件の内容」自体が弁護人の主張のとおりであったとすると、警察が、事件発生当初から味噌製造会社の内部者の犯行であるかのように見せかけて、内部者犯行に限定する捜査の方向性を決めていて、それによって真犯人を隠蔽しようとしたということになる。

そうであれば、警察は、事件の発生自体を事前に認識していた可能性もあり、警察による組織的な犯罪への関わりの疑いも否定できないということになる。

そのような警察の犯罪や真犯人隠蔽が行われたこと前提に考えると、第2ステージでの袴田氏の自白の裏付けとしての証拠捏造はもちろん、第3ステージの「5点の衣類についての組織的かつ大規模な証拠捏造」もあり得ないわけではないということになる。

「失われた半世紀以上の時間」と日本の刑事再審制度の欠陥

袴田事件の再審は最終段階に来ており、半世紀以上にもわたる刑事裁判が終わろうとしている。しかし、ここに至っても、その最終的な着地点がどうなるのか、全く予想がつかない。

「5点の衣類の捏造の可能性」を否定した大島決定に加え、録音テープに残された袴田供述から、袴田氏が犯人であったとの判断に傾く可能性もあるが、一方で、「事件の内容」自体についての弁護人の主張に対して、検察官が有効な反論ができなければ、事件自体にも警察が関わっており、組織的かつ大規模な証拠捏造を「日本の警察」が行ったという、我々の想像を超えた事件であった可能性もある。

いずれにせよ、「付着した血痕の色の赤みが残っていた5点の衣類が、1年以上味噌に浸かっていたとは考えられない」という大善決定の「味噌漬け実験報告書」の証拠評価の当否を判断することだけで結論が決まるような単純な話では全くないのである。

いずれにせよ、事件発生から57年という年月はあまりに長かった。

前記のとおり、この事件の真相解明のためには、前記の袴田供述の録音テープが、どのように警察内部で認識され、どのように保管され、それが捜査方針とどのように関係していたのかを明らかにする必要がある。それ如何では、警察組織による5点の衣類の捏造の可能性が完全に否定される可能性もあれば、逆に捏造が裏付けられる可能性もある。

また、そもそも、本件が強盗殺人・放火事件なのか、怨恨等の動機による組織的な殺人事件なのか、「事件の内容」自体については、警察の初動捜査や、当時の警察内部での動きを詳細に解明する必要がある。

それらについて真相を解明するためには、あまりに時間が経過し過ぎている。当時の捜査関係者の多くは高齢で、捜査幹部は殆どが故人となっている今、それらについて真相を解明することは極めて困難だ。本件で再審無罪判決が出た場合、警察の組織的かつ大規模な証拠捏造について検証が必要となるが、それにも大きな限界があることは否定できない。

このような事態を招いたのは、日本の再審請求審が「無罪を言い渡すべき新証拠」が要件となっていることによって、「開かずの扉」となり、そのハードルが著しく高い一方で、一度再審開始決定が出れば、再審では殆どは無罪判決となる、という従来の日本の再審制度に原因があるように思える。

もちろん、刑事事件全般について、確定判決がさしたる理由もなく再審に持ち込まれ、裁判がやり直されるということは許容し難いであろう。しかし、一家四人殺しの強盗殺人、放火事件という稀に見る凶悪事件で死刑を言い渡されたという事件で、死刑囚が一貫して無実を訴えている場合、再審に向けてのハードルはもっと低くてもよいのではなかろうか。

第一次再審請求の申立てから最高裁での棄却決定確定まで18年、村山決定から大善決定による再審開始決定の確定までも9年、その間、「無罪を言い渡すべき新証拠」についての審理は行われていたが、袴田事件をめぐる多くの謎は未解明のままだ。

再審開始のハードルがもっと低く、再審で、改めて徹底した事実審理が行われ、有罪判決もあり得るということであれば、袴田事件は全く異なった展開になっていたであろう。

そして徹底した証拠開示が行われ、「犯人性についての証拠」と「警察による組織的な証拠捏造」の両面から徹底した審理が行われていれば、静岡県警による組織的な権力犯罪が明らかになったかもしれないし、元ボクサーが凶悪強盗殺人事件の犯人だった、ということが一層明白な事実だと確認されたかもしれない。いずれの方向にせよ、再度の事実審理により、有罪、無罪いずれの方向にも確信をもった判断ができたのではないか。

今後、袴田事件が、どういう形で決着することになっても、日本の再審制度の大きな欠陥が表れた事件であることには間違いないように思う。