報道の役割とは何なのか
『中国は「唯一の合法政府」岸田首相が台湾巡り強調』新華社報道を共同通信が報道
令和6年5月26日、『中国は「唯一の合法政府」岸田首相が台湾巡り強調 新華社報道』というタイトルで産経新聞が記事を掲載しX(旧Twitter)でシェアしていますが、この記事は共同通信の配信記事であり、実は元の記事のタイトルには「新華社報道」の部分がありません。*1
共同通信記事には複数の問題があるので取り上げます。
中国は「唯一の合法政府」 岸田首相が台湾巡り強調 新華社報道
2024/5/27 07:25岸田文雄首相は26日の中国の李強首相との会談で、台湾問題を巡り、中華人民共和国を「中国唯一の合法政府」と承認した1972年の日中共同声明を堅持する日本の立場に「一切変わりはない」と強調した。中国国営通信新華社が報じた。
日本は日中共同声明により「中華民国」(台湾)との外交関係を断絶し、経済分野を中心に非政府間の実務協力を深めるとする立場だ。(共同)
新華社通信の記述「1972年の日中共同声明で表明した立場を堅持」
ソースである新華社通信の報道を確認します。
日本語版の記事では以下書かれています。
日本は台湾問題について、1972年の日中共同声明で表明した立場を堅持している。この点にいささかの変更もない。
第一にタイトルの問題があります。「中国は唯一の合法政府である」と岸田総理が発言したとは新華社通信では書かれておらず、1972年の日中共同声明で表明した立場を堅持する、とは発言したと書かれているということです。
共同通信の記事でもこの点は本文に書かれていますが、タイトルではまるで岸田総理がその通りに口走ったかのように理解されてしまいます。
「中国は唯一の合法政府である」という文言は1972年の日中共同声明において存在します。*2
第二に、第一パラグラフの部分にある「強調した」の部分の問題があります。新華社通信においては「強調」とは書かれておらず、その部分は共同通信による印象論であって、「新華社通信が報じた」というのは虚偽です。
第三に、第二パラグラフは共同通信による日中共同声明の解説ですが、「外交関係を断絶し」という部分が煽動的であり、「深める」という部分も相まって、この部分だけが転載されるとまるで今般の岸田総理との会談によって新たな日中共同声明が出され、それによって新たな日本の立場が打ち出されたように見えてしまいます。実際に産経新聞のX投稿からそう理解したアカウントが相当数出現しています。
なお、「日本と台湾の外交関係が断絶」については、外務省も台湾の基礎情報について「外交関係のある国」という項目で説明しているページがあり、用語法としても誤りでとまでは言えないと言えます。*3
日台のオフィシャルな関係としては「非政府間の実務関係」という括りです。
台湾との関係に関する日本の基本的立場は、日中共同声明にあるとおりであり、台湾との関係について非政府間の実務関係として維持してきています。政府としては、台湾をめぐる問題が両岸の当事者間の直接の話し合いを通じて平和的に解決されることを希望しています。
昭和47年=1972年の日中共同声明における台湾関係に関する日本国の立場への誤解
昭和47年=1972年の日中共同声明における台湾関係に関する日本国の立場については、誤解が多いので改めて取りあげます。
当時、条約課長として田中総理・大平外相に随行し、高島条約局長を補佐して中国側との交渉に参画した栗山尚一氏(元駐米大使)による解説が最も詳しい。
1972年の日中共同声明に関する誤解について以下のように書かれています。
誤りの第一は、同項の日本国政府の立場表明の重点は、後段のポツダム宣言への言及部分ではなく、前段の「中華人民共和国政府の立場を十分理解し、尊重し」の部分にあり、かつ、その趣旨は、中華人民共和国政府の立場を受け入れたものとする解釈である。この解釈が正しくないことは、すでに述べたとおり、当該部分がまさに中国が拒否したわが方の第一次案であったという交渉経緯に照らせば明白である。中国は、「十分理解し、尊重し」の表現は不満足と考えたからこそ、受け入れなかったのである。
第二の誤りは、同項全体が中国の立場を認めたものであるから、台湾の地位をめぐる問題は中国の国内問題と認識されるべきであり、したがって、台湾は安保条約の対象外(同条約で言う「極東」 の範囲から除かれる) とする議論である。この点については、政府統一見解として行われた、次のような大平外務大臣の国会答弁(1973年衆議院予算委貞会議録第五号) があることに留意する必要がある。
「中華人民共和国政府と台湾との間の対立の問題は、基本的には・・・・・ (傍点筆者) 中国の国内問題であると考えます。わが国としてはこの問題が当事者間で平和的に解決されることを希望するものであり、かつこの問題が武力紛争に発展する可能性はないと考えております。なお安保条約の運用につきましては、わが国としては、今後の日中両国間の友好関係をも念頭において慎重に配慮する所存でございます。」
右の統一見解は当時慎重に準備されたものであり、これをより平易な表現に書き直すと次のようになる。
「台湾問題は、台湾海峡の両岸の当事者間の話し合いによって平和的に解決されるというのがわが国の希望であり、その結果、台湾が中華人民共和国に統一されるのであれば、わが国は当然これを受け入れる(それが共同声明第三項の意味である)のであって、当事者間の平和的話し合いが行われている限り、台湾問題は第三者が介入すべきではない中国の国内問題と認識される。
「基本的には」とは、そのような意味である。こうした認識を踏まえれば、武力紛争の可能性がないと考えられる現状では、台湾をめぐり安保条約の運用上の問題が生じることはない。
しかし、将来万一中国が武力を用いて台湾を統一しようとして武力紛争が発生した場合には、事情が根本的に異なるので、わが国の対応については、立場を留保せざるを得ない。」
だからこそ「台湾有事は日本有事」という言及が出てくるのは何ら不思議ではないということです。
「台湾独立」というイデオロギーへの警鐘:「独立」は必ずしも不要と明言する李登輝
本件をきっかけに「台湾独立」について言及する者が出ていますが、その意味内容については論者によって相当に異なっている単語なので要注意です。
故李登輝総統がどういう認識でいたかを学ぶのが最も適切な認識に繋がるのではないでしょうか。
岸田総理の共産チャイナへの主張:輸入停止措置の即時撤廃・ブイの即時撤去・邦人の早期解放を要求
日中首相、台湾情勢で応酬 処理水も対立、溝鮮明に|47NEWS(よんななニュース)
岸田首相は処理水海洋放出を受けた中国による日本産水産物の輸入停止措置の即時撤廃を要求。李氏は処理水を「核汚染水」と呼び、海洋放出は「人類の健康に関わる」と懸念を表明。長期的な国際モニタリング体制の構築に「さらなる誠意と建設的な態度」を示すよう求めた。両氏は処理水を巡る事務レベル協議の加速では一致した。
報じられるべきはこういうことの方でしょう。
輸入停止措置の即時撤廃のほか、報道には無いものとしてブイの即時撤去・邦人の早期解放なども要求していることが外務省HPからは分かります。
二国間の諸課題
岸田総理大臣から、尖閣諸島を巡る情勢を含む東シナ海情勢やロシアとの連携を含む中国による我が国周辺での軍事活動の活発化等について深刻な懸念を改めて表明するとともに、日本の EEZ に設置されたブイの即時撤去を求めた。
さらに、南シナ海、香港、新疆ウイグル自治区等の状況に対する深刻な懸念を表明した。台湾については、岸田総理大臣から、最近の軍事情勢を含む動向を注視している旨伝えつつ、台湾海峡の平和と安定は我が国を含む国際社会にとって極めて重要である旨改めて強調した。
ALPS処理水の海洋放出について、両首脳は、昨年11月の日中首脳会談以降、専門家を含む両国間の事務レベルの意思疎通が進展していることを評価した。その上で、岸田総理大臣から、IAEAの下で関心国の参画を得て行われているモニタリングが中国を含む関心国の理解を促進することを期待している旨述べた。両首脳は、問題の解決に向けて、これまでの意思疎通の進展を踏まえ、事務レベルで協議のプロセスを加速していくことで一致した。また、岸田総理大臣から、中国側による日本産食品の輸入規制の即時撤廃を改めて求めた。
さらに、中国における邦人拘束事案について、岸田総理大臣から、我が方の立場に基づき改めて申し入れ、拘束されている邦人の早期解放を求めた。
これらを報じないメディアって、必要なんでしょうか?
*1:※なお、新華社通信の元記事には誤りが訂正されたことが書かれていた時期があったが、現在はその部分が消されている⇒魚拓:https://megalodon.jp/2024-0527-1439-30/https://webcache.googleusercontent.com:443/search?q=cache%3Ahttp%3A%2F%2Fwww.news.cn%2Fworld%2F20240526%2Fbd4c01bfed784df98e34112224c78946%2Fc.html&rlz=1C1JCYX_jaJP1081JP1081&oq=cache%3Ahttp%3A%2F%2Fwww.news.cn%2Fworld%2F20240526%2Fbd4c01bfed784df98e34112224c78946%2Fc.html&gs_lcrp=EgZjaHJvbWUyBggAEEUYOTIGCAEQRRg60gEJMzUwN2owajE1qAIIsAIB&sourceid=chrome&ie=UTF-8
編集部より:この記事は、Nathan(ねーさん)氏のブログ「事実を整える」 2024年5月28日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は「事実を整える」をご覧ください。