ニセ税理士が1億3千万円稼ぐ国・日本

関谷 信之

無資格で税務申告を行う「ニセ税理士」が逮捕された。

税理士の名義借り無資格で確定申告書など作成 容疑の男逮捕

税理士の名義借り無資格で確定申告書など作成 容疑の男逮捕
税理士の名義を借りて無資格で業務を行ったとして、警視庁保安課は税理士法違反の疑いで、東京都杉並区南荻窪の記帳代行会社社長、谷口吉孝容疑者(54)を逮捕。名義を…

3年間で、請け負った業務は300件、得た報酬は1億3千万円に上るという。年換算で約4千3百万円。これは、税理士の平均年収750万円(※1)の5.7倍にあたる。数値だけ見れば、「ニセ税理士氏」は実績十分、営業力も抜群だ。これだけ稼げる税理士がどれほどいることか。

(税法違反は論外だが)本物の税理士が、ニセ税理士に出し抜かれてしまう、この現状を、どのように考えるべきだろうか。

Mohamed Hassan/Pixabay

税理士は過剰状態

税理士過剰と言われて久しい。登録税理士は、年に約600人増えている。一方、顧客となる中小企業は、年に約4万3千社(者)減っている。供給増と需要減が同時進行している状況だ(※2)。

価格低下も著しい。2002年の法改正以降、顧問報酬は月3万円から1万5千円へと、およそ半額となった(※3 )。月額5千円で請け負う格安税理士も出現している。

つまり、「税理士市場」はレッドオーシャンなのだ。

にもかかわらず、「市場」参入のチケット価格は非常に高い。およそ10年。人生の10分の1を会計・税法の勉強に捧げることが求められる。必要なのは理解・暗記だけではない。某大手資格学校の講師によると、

「問題を見た瞬間、反射的に答えが浮かぶスピード」

が求められるという。

運良く試験に合格した後は、実務従事が待っている。会計事務所などで経験を積むこと2年。合計12年間、スキルを高め続けた彼らの行き着く先が、税理士の独占業務たる「税務申告」、すなわち税務書類の作成である。

さて、この税務申告。これほど高いスキルが必要なのか? 海外の状況と比較する。

海外の税務申告

アメリカでは、開業登録さえすれば、無試験・無資格で税務申告ができる。イギリスは、税理士のような国家資格制度はなく、誰でも税務申告が行える(※4)。バルト三国の一つエストニアでは、IT化を進めた結果、税理士が「消滅した」とまでいわれている。

つまり、これらの国では税務申告を、

「『誰』でも(ソフトウェアでも)できる仕事」

と位置付けているのだ。

オーバースペックの税理士

そろそろ、日本も税務申告を税理士の「独占業務」から解放してはどうか。

実務では、「反射的に答えが浮かぶスピード」も、(試験で必須の)「電卓」も必要ない。求められるのは、適正さとソフトウェアの使いこなしだ。この先AIが導入されれば、ますます簡便化が進む。もはや、人生の10分の1を費やし獲得するようなスキルではない。

逆に言えば、税務申告に従事する人材として、税理士は「オーバースペック」なのだ。

彼らのスキルは、資金繰り、相続、事業承継(M&A)対策などコンサルティング領域に振り向けるべきだろう。特に事業承継は、経営者の高齢化により、中小企業の大きな課題となっている。税理士たちなら、課題解決に大いに貢献できるはずだ。

エストニアから学ぶこと

先に述べた「エストニア」について補足しておこう。同国はデジタル先進国であり、政府が2017年に調査を実施している。

この調査報告書(政府税制調査会海外調査報告)によると、エストニアでは、新興企業・中小企業の経理・税務サポートのため、「政府が」会計システムを提供している。これにより、法人税などの申告が大幅に迅速化されている。所得税に至っては、修正が無ければクリックのみで申告が完了し、5日以内に還付されるという(※5)。

税制もシンプルだ。

相続税・贈与税なし。法人税・所得税とも20%のフラットレート。法人税の課税は配当時のみ。これだけシンプルであれば、企業は自社内で税務申告できる。税理士が激減するのもうなずけるだろう。

企業をサポートするためシステムを提供したこと。制度を単純化したこと。国が行った、この2つの施策により、エストニア企業の税務負担は大幅に軽減された。

翻って日本はどうか。逆だ。たとえば、今月(2024年6月)から始まる定額減税である。制度が複雑なため、企業・自治体から不満の声が上がったことは記憶に新しい。政府が制度を複雑にし、企業負担を増大させている有様だ。

いまや、日本の税制は、10年の学習が必要なほど複雑になった。

制度の単純化、規制の撤廃、IT化の推進。デジタル後進国日本が、デジタル先進国「エストニア」から学ぶべきことは、決して少なくない。

【注釈】

※1
税理士 – 職業詳細 | job tag(職業情報提供サイト(日本版O-NET)

※2
・税理士
税理士制度|国税庁
・中小企業者数
中小企業庁

※3 1か月あたり 最低額
旧税理士報酬規定|freee税理士検索
税理士の費用・報酬相場と顧問料まとめ|freee税理士検索

※4
米国における税務業務|2000年 米国調査研究視察報告|国際部レポート|東京税理士会
英国の税務行政と税制の概要|国税庁国際業務課

※5
政府税制調査会海外調査報告(エストニア、スウェーデン)

【参考】
税務・会計分野で飛躍的に電子化が進むエストニア|OBCNetサービス

クラウドが描く未来。東欧の小国エストニアから税理士が消えたわけ | クラウド会計ソフト マネーフォワード

6月から定額減税 「減税+給付」の仕組みが複雑 :東京新聞 TOKYO Web