スイスで今月15日、16日の2日間、「ウクライナ和平サミット会議」がルツェルン湖を望むホテル「ビュルゲンシュトック・リゾート」で開催される。サミット会議の開催地はスイスが誇る最高級のリゾート地だが、ウクライナ和平会議の成功に懐疑的な声が開催日が近づくにつれて大きくなってきた。
和平会議のスイス開催案は、世界経済フォーラム(WEF)の年次総会(ダボス会議)でウクライナのゼレンスキー大統領が要請したことがきっかけだ。会議は中立国スイスとウクライナ政府が共催する形で開催されるが、戦争の侵略国ロシアが招待されていないばかりか、ゼレンスキー大統領が期待していた中国も「ロシアの参加がない和平会議には意味がない」として参加を見送る意向を明らかにしたばかりだ。
中国外務省の毛寧報道官は先月31日、「会談の性質は中国の要求や国際社会の期待を満たしていないため、中国の参加は困難だ。和平会議にはすべての当事者による平等な参加と、すべての和平計画に関する公正な議論が含まれるべきだ。そうでなければ、会議が平和を回復する上で実質的な役割を果たすことは困難になるだろう」と述べている。要するに、紛争当事国の一国、ロシアが欠席した和平会議では本当の解決は期待できないというわけだ。
ロシアのプーチン大統領は先月16日に訪中し、習近平国家主席と首脳会談を行い、そこでスイス開催の和平会議には参加しないでほしいと強く要請してきたが、その甲斐があったわけだ。
中国側はウクライナ戦争ではこれまで中立の立場を装ってきた経緯がある。中国が「会議に参加する」と決めたならば、ロシアとの関係が一挙に悪化することが予想されただけに、中国側は欠席以外の他の選択肢はなかったのが実情かもしれない。欧米の情報機関は、中国がロシアに武器などの軍事物質を支援していると指摘している。
ちなみに、中国外務省は2023年2月24日、ウェブサイトで12項目の和平案を掲載し、両国に紛争の「政治的解決」を求めている。「和平案」という言葉は響きがいいが、実際は中国共産党政権の思想と合致している内容を「和平」という言葉でカムフラージェしているだけだ。和平案第12項目では、「一方的な制裁と圧力は問題を解決できず、新しい問題を生み出すだけだ」と明記している(「中国発『ウクライナ和平案』12項目」2023年2月25日参考)。
クレムリンのドミトリー・ペスコフ報道官は、「中国は当初から、ロシアの参加なしではこのような首脳会談は無益だと警告してきた。ロシアなしでの平和の模索はまったく非論理的で、無意味で、時間の無駄だ」と主張した。
ゼレンスキー大統領はスイスのサミット会議で、ロシア抜きで米国バイデン大統領、中国の習近平国家主席の参加のもと、ウクライナ側の和平案の支持を勝ち取り、プーチン大統領に圧力を行使するという青写真があったはずだ。開催前からサミット会議の成功が揺れ出してきた感はするが、「中国の欠席」はサプライズではない。
ゼレンスキー大統領はここにきて欧米諸国だけではなく、ロシアの友好国にも接近し、ウクライナの立場に理解を得るための外交に力を入れ出している。サウジアラビアを訪問し、シンガポールで開催されたアジア安全保障会議にも参加し、キーウの和平への意向を伝えるなど、アラブ・イスラム国の支持を募っている。
プーチン大統領は、キーウ政府と西側諸国がウクライナ東部での領土獲得を認めることを条件に、交渉する用意があることを呼びかけてきた。ロシアは2014年にクリミア半島を併合し、ウクライナの東部と南部の4地域を不法に占領している。
一方、ゼレンスキー氏は2022年10月11日、主要7カ国先進諸国(G7)の首脳に対し、10項目から成る「平和の公式」を提唱し、クリミアを含むすべての占領地からのロシア軍の即時撤退などを要求している(「ゼレンスキー氏が愛する『平和の公式』」2023年12月15日参考)。ロシアとウクライナの和平交渉へのスタートポジションはまったく異なっているわけだ。
ウクライナを取り巻く状況は厳しい。ロシア軍はウクライナで攻勢をかけ、武器と兵力不足のウクライナ軍は守勢に回されている。ウクライナ側の強い要請を受け、米国や英、仏、独はここにきて、「ウクライナに供与した武器をロシア領土内の軍事施設への攻撃に使用してもいい」とその姿勢をチェンジしたばかりだ。
なお、サミット会議前に実施される欧州議会選挙(6月6日~9日)ではウクライナ支援に懐疑的な極右政党がその勢力を伸ばすことが予想されている。そして今年11月5日に実施される米大統領選挙がある。「もしトラ」となった場合、ウクライナの最大援助国米国からの武器支援が途絶える可能性も考えられる。
開催国スイスのメディアは「スイス政府がサミット会議開催を提案したことは国際的な評判を維持するための崇高な努力ではあるが、失敗に終わる可能性が高まっている」と、悲観的に報じ出してきた。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2024年6月3日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。