なぜコロナmRNAワクチンは遺伝子治療と言わないのか?

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コロナmRNAワクチンの製法について復習してみよう(図1)。

厚労省のホームページには、次のように説明されている。

新型コロナウイルス感染症に対するmRNAワクチンは、新型コロナウイルスのスパイクタンパク質の設計図となるmRNAを脂質の膜に包んだワクチンです。このワクチンを接種し、mRNAがヒトの細胞内に取り込まれると、このmRNAをもとに、細胞内でスパイクタンパク質が産生され、そのスパイクタンパク質に対する中和抗体産生や細胞性免疫応答が誘導されることで、新型コロナウイルスによる感染症の予防ができると考えられています。

図1 mRNA ワクチンの製法
Pfizer, Bloomberg Research

米国FDA(アメリカ食品医薬品局)のガイドラインでは、遺伝子治療は以下のように定義されている。

Gene therapy is a medical intervention based on the modification of the genetic material of living cells. Cells may be altered in vivo by gene therapy given directly to the subject.

この定義に従えばと、コロナmRNAワクチンは、遺伝子治療と見做される。

遺伝子治療は、1990年に遺伝性疾患に対してヒトに実施されて以来、30年以上の歴史がある。しかし、初期の先天性免疫不全症を対象にした遺伝子治療で高頻度に白血病の発症が見られたことから、より安全なウイルスベクターの開発が課題であった。

レトロウイルスベクターをレンチウイルスベクターに変えることで、がん化のリスクは減少した。しかし、レンチウイルスベクターを用いた遺伝子治療を受けた遺伝性疾患の患者においても、骨髄異形成症候群の発症が報告されている。

白血病に対する遺伝子治療として注目されているCAR-T治療後に、CAR-T遺伝子の挿入が起こり、悪性リンパ腫が発症したことが最近報告された(表1)。このように、遺伝子治療では、遺伝子挿入によるがん化リスクが最大の懸念材料である。

表1 遺伝子治療後に見られた2次性がんの発症

一方、ワクチンは次のように定義されている。

Vaccines are products capable of producing active immunity and contain antigens capable of inducing active immunity against an infectious agent.

厳密に言えば、mRNAはantigenではない。そのままでは効能は見られないが、生体に投与されることによって薬理効果が見られるようになる薬物をプロドラッグと呼ばれるが、mRNAワクチンはスパイクタンパクになって初めて効果が発揮されることから、プロワクチンともいうべきものである。

遺伝子治療製剤とワクチンとでは薬事承認での扱いが大きく異なる。病原体に対するmRNAワクチンが遺伝子治療製剤としてではなく、ワクチンとして薬事承認されるようになった経緯を述べる。

mRNA: Vaccine or Gene Therapy? The Safety Regulatory Issues

すでに1998年にFDAの文書には、ワクチンとして遺伝子導入に用いられる組換えDNAには遺伝子治療のガイドラインは適用されないと記述されている。

2007年には、DNAプラズミドワクチンを、感染症の予防に用いるのか、そうでないかによって薬事的な取り扱いを分けることになった。当時は、mRNA製剤はまだ開発されていない。感染症の予防以外に用いる場合、たとえば、がんワクチンなどは、遺伝子治療製剤としての規制が適用される。

2009年に、EMA(欧州医薬品庁)も、感染症に対するワクチンは遺伝子治療製剤には含めないと決定している。感染症に対する製剤はワクチンとして、遺伝子治療製剤としての規制を受けないが、がんに対する製剤は遺伝子治療製剤としての規制を受けることになる。

当初、モデルナやビオンテックは、自分たちのmRNA製剤が遺伝子治療として規制されることを予想していた。モデルナが提出した2020年の書類には、

現時点で、mRNA製剤はFDAによって遺伝子治療と見做されている。

と記載されている。

また、ビオンテックの創業者であるUgar Sahinが2014年に発表した論文にも、

mRNA製剤は遺伝子治療製剤に分類される。

と述べている。製薬企業自身も、コロナmRNAワクチンの置かれた状況について十分理解していなかったと思われる。

実際、2020年にWHO(世界保健機関)は、mRNAワクチンを管理する規制が明確でないことに言及している。WHOは、コロナmRNAワクチンの製造に関する詳細な情報が入手できないことを認め、さらに、その安全性と効果判定に関して標準化されていないことから、国際的なガイドラインや推奨事項を策定することは困難であり、規制についてもある程度の柔軟性が必要であると述べている。

なぜ、原理的には遺伝子治療製剤でありながら、感染症に対するワクチンが遺伝子治療製剤としての規制から外されたのか明確に答えることは困難である。公衆衛生の立場からは、希少疾患やがんに対して用いられる遺伝子治療よりも、多数の健康人を対象とするワクチンは、より厳しい規制の対象となるべきである。とりわけ、十分な安全性評価が必要と考えられる。

ワクチンもヒトに用いる医薬品であることから、他の医薬品と同様にGMP基準(医薬品製造、品質管理基準)を満たさなければならない。GMP基準はとりわけ前臨床研究に主眼を置いており、製品や原材料の特性評価が主で、評価項目には、発がん性、生殖毒性、胚/胎児毒性、薬物動態、薬力学などが含まれる。ヒトに用いる全ての医薬品にGMP基準が適用されるが、ところが、ワクチンについては適用されない。

表2には、薬事承認における遺伝子治療製剤とワクチンとの取り扱いの違いをまとめた。コロナmRNAワクチンは、原理的には遺伝子治療製剤でありながら、ワクチンとみなされたことで、がん発生のリスクに関するデータの提出を必要としない。

表2 遺伝子治療製剤とワクチンの薬事承認における取り扱いの違い
Int. J. Mol. Sci. 2023, 24, 10514. 改編

SNS上では、コロナmRNAワクチン接種後にがんの進行が加速したとか、知り合いが進行がんを発症し短期間で死亡したといった情報が溢れている。コロナmRNAワクチンの接種によってがん死亡が増加したか否かは国民にとって関心の的である。筆者らは、わが国において、特定のがんによる超過死亡が、ワクチン接種が開始された2021年以降に発生したことを報告している。

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このような状況から、コロナmRNAワクチンには遺伝子挿入変異の誘発や腫瘍形成など評価を是非とも行うべきであるが、コロナmRNA製剤が、ワクチンに区分されていることで、薬事承認にあたってこれらの評価を必要としていない。さらに、コロナmRNAワクチン接種後の毒性の観察期間が42日に過ぎないということも驚きである。

当初、接種されたmRNAは数分から数日で分解されると説明されていたが、その後の研究によって、接種から数週間さらにそれ以上の長期間体内に残存することが明らかになっている。

さらに、mRNAはヒトの遺伝情報に組み込まれることはないから安全だとされていたが、基準値以上プラズミドDNAがmRNA製剤に残存していることが報告されるなど、mRNAワクチンの安全性をめぐる状況が大きく変化している。

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コロナワクチンに続いて、インフルエンザワクチンなど、病原体に対するmRNA製剤の薬事審査が今後続くと考えられる。現在の審査基準で本当に良いのだろうか。

コロナmRNAワクチンが、ワクチンという名前でなく、遺伝子治療製剤に位置付けられていたら、国民の80%が接種を受けたとはとても思えない。