トランプ前大統領が「選挙不正の虚偽の主張を故意に広め」、20年の大統領選挙を覆すために共謀したとして、スミス特別検察官が起訴を申し立てた事件で、連邦最高裁は7月1日、大統領の公務中の行為は訴追されないと判決(Held)した。
判決は6対3と割れたが、多数派判事6名はトランプ任命の3人を含め、全員が共和党大統領による任命だった。ロバーツ長官は多数派の立場から、判決文に次のように書いた。
Held: Under our constitutional structure of separated powers, the nature of Presidential power entitles a former President to absolute immunity from criminal prosecution for actions within his conclusive and preclusive constitutional authority. And he is entitled to at least presumptive immunity from prosecution for all his official acts. There is no immunity for unofficial acts.
判決:我が国の三権分立の憲法構造の下では、大統領権限の性質上、前大統領は、その決定的かつ排他的な憲法上の権限の範囲内の行為について、刑事訴追からの絶対的免責を受ける権利を有する。また、前大統領はすべての公務行為について、少なくとも推定的な訴追免除を受ける権利がある。非公式の行為については免責されない。(拙訳)
ロバーツ長官はまた、「大統領は非公式な行為に対して免責特権を享受しておらず、大統領の行為すべてが公式な訳ではない」とし、「大統領は法を超越している訳ではないが、議会は憲法の下で行政府の責任を遂行する大統領の行為を犯罪とすることはできない」とも書いている。
これを読む者の頭にまず浮かぶのは、暴動のあった21年1月6日の合同会議で、ペンス議長に対しトランプ氏が選挙人投票を認証させないようにしたとされる試みが、公務行為に当たるか否かであろう。長官はこれを「公務行為に関係している」とし、「少なくとも推定上は免責される」と書いた。
その上で長官は、その圧力がトランプ氏の「公務」の範囲外であったかどうかの判断は、地方裁判所が下すべきだとした。よって、トランプ氏の行為のどれが非公式だったか、それによりどの罪状が成立するかを判断すべく、事件はワシントンDC連邦地裁のタニヤ・チュトカン判事に差し戻されることになる。
この多数派判決に対し、民主党大統領が任命した少数派判事3名は、米国の将来についてあからさまな終末論的警告を発して反対意見を述べている。
ソトマイヨール氏は「元大統領に刑事免責を与える今日の決定は、大統領制度を再構築するもの」で、「これは、誰も法の上にはいないという原則を愚弄するものである」。「大統領は賄賂を受け取ったり、政敵を暗殺したりしても起訴されない」と述べ、ケタンジ・ブラウン・ジャクソン判事もこれに同調した。
が、ロバーツ長官はこれらの懸念を否定し、「それらは、最高裁が現在実際に行っていることとはまったく釣り合いが取れない、ぞっとするような破滅感を漂わせている」と書いた。またクラレンス・トーマス判事は賛成意見の中で、スミス特別検察官は違憲である可能性があるとまで述べている。
チュトカン判事(オバマ任命)は今年1月、上級審が事件を彼女に差し戻した場合、トランプ弁護団に最低3ヵ月の準備期間を与えるつもりだと示唆していた。彼女には日程変更の裁量権があるが、ロバーツ長官の投げた課題から推して、11月5日にまでに判断は下されまいとの見方が大勢である。
この判決につきバイデン大統領は同日、ホワイトハウスで5分30秒の記者会見を行った。プロンプターを使い淀みはなかったが、『Daily Signal』の「ファクトチェック:トランプ氏の免責特権に関する最高裁判決についてバイデン氏5つの嘘」なる記事で嘘があるとしているので、以下に紹介する。
- バイデン氏は「全ての点で、今日の決定は大統領ができることに実質的に制限がないことをほぼ確実に意味している」と述べた(1:20辺り~)。
が、ロバーツ長官は、憲法と判例に基づいて、大統領の免責特権とその制限を憲法によって行政府に割り当てられた公務のみに限定する詳細な意見を述べ、トランプ弁護団が主張する大統領の職務の「外縁」は不明確であり、それが「公務」か「非公式」かの判断はできないとして、判断を下級裁判所に委ねた。よってバイデン氏の主張は誤りである。
- バイデン氏は「大統領職の権力は、合衆国最高裁を含め、もはや法律によって制約されることはない。唯一の制限は大統領自身が自ら課すものとなる」と述べた(1:30辺り~)。
が、判決文には、起訴を回避し、自らに無制限の権力を与えるために「公務」行為と「非公式」行為を定義する権限を大統領に与える条項はないので、これも誤りである。
- バイデン氏は、判決は「投票権や公民権の骨抜きから女性の選択権の剥奪、そしてこの国の法の支配を損なう今日の決定に至るまで、我が国で長年確立されてきた幅広い法的原則に対する攻撃」あると考えると述べた(1:50辺り~)。
が、判決は、投票権やいかなる種類の公民権も「骨抜き」にしていない。大統領に公務上の行為に対する訴追免除を与えることは最高裁の判例の範囲内であり、「長年確立された法的原則」を覆すものではない。むしろ異常なのは起訴であって、一部の公的行為が起訴を免れるという判決ではない。
- バイデン氏は、トランプ氏が「平和的な権力移譲を阻止するために米国議会議事堂に暴力的な暴徒を送り込んだ」と非難した(2:03辺り~)。
が、トランプ氏の21年1月6日の2つのツイートはバイデン氏の主張に反して、抗議者らに「平和的」であり続けることと「議会警察と法執行機関を支援すること」を呼びかけている。
- バイデン氏は「私は過去3年半と同様に大統領の権限の制限を尊重するだろうが、トランプ氏を含め、どの大統領も今後は法律を無視する自由を持つことになる」と述べ、ソトマイヨール判事の反対意見に同調し、大統領は今や「王」であり「法の上に立つ」存在であると示唆した。
むしろバイデン氏こそ、大統領の権力の限界を尊重していない。何十億ドルもの学生ローン債務を一方的に「免除」しようとした際、最高裁は彼の最初の試みを却下した。が、バイデン氏はそれに対して、さらに多くの債務を免除する大統領令を出した。
バイデン氏はこの会見の最後に、多数派に反対した「ソトマイトールに賛成だ」、「民主主義を懸念する」と述べ、記者からの質問に一切応じずに壇上を去った。筆者には、先般の討論での「恍惚」バイデンよりも、最高裁判決を否定する「硬骨」バイデンの方が大統領に相応しくないように思われた。