地政学理論における「両生類」としての中国・インド

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昨年公刊した『戦争の地政学』を執筆する前に、世間で売られている「地政学」が題名に入った本をありったけ渉猟した。一般書店に並んでいる「地政学」の本は、全く雑多であるだけでなく、万が一にも、地政学の理論家たちの議論を意識したものではない。ただ、自分も「地政学」が題名に入った本を出すにあたり、一応は、世間の動向をさっと見ておこうかとは思った。

その際に感じたことの一つが、「両生類」概念の欠落であった。

大量の書店に並ぶ地政学本においても、「海洋国家」「大陸国家」という概念については、よく用いられている。緩やかではあるが、マッキンダー理論を踏襲する形で用いられている。これに対して「両生類」は、概念そのものが使用されていない。そうなると、議論の枠組みが、最初から全く異なるものになってしまう。

世間一般に流通している本では、中国は「大陸国家」だとされている。「海洋国家」「大陸国家」の概念を導入した「英米系地政学」の始祖ハルフォード・マッキンダーの議論からすれば、これは間違いである。

非常に良くないのは、マッキンダーの名前だけ参照しながら、マッキンダーに反して、「中国は大陸国家だ」と断定してしまう人が、あまりに多いことだ。

マッキンダーの見取り図に従えば、中国は、ユーラシア大陸の外周部に位置し、「内側の三日月」に属する地域に存在する国だ。大陸国家の代表は、「歴史の回転軸」である「ハートランド」に位置するロシアである。

他の大陸国では想像ができない広大な沿岸部を持ち、海洋をめぐる国際政治に大きく関与する中国が、純粋な「大陸国家」であるはずがない。中国は、大陸国家と海洋国家の中間に位置し、両者の特性を併せ持つ「両生類」である。

地政学は、地理から見た政治動向の分析である。21世紀になってロシアと中国の国力が逆転したからといって、地理的条件が変わるわけではなく、勝手に異なる概念を適用すべきではない。

後に、マッキンダー理論を引き継いだアメリカのニコラス・スパイクマンは、「内側の三日月」地帯を「リムランド」と概念化し直した。そして「リムランド」に帰趨が、世界政治の動向を決する、という考えを示し、冷戦時代のアメリカの「大戦略」を用意した。

「リムランド」の中でも、大陸から海洋に向かって突き出た半島部分が、「橋頭堡」と呼ばれる最重要地域である。朝鮮戦争やベトナム戦争など、アメリカが大々的に軍事的に関与した事例は、「リムランド」で発生した。

中国は、「両性類」だが、「橋頭堡」を持たない。これに対してインド亜大陸は、ユーラシア大陸有数の「半島」であり、最重要「橋頭堡」の一つである。その半島全域を14億人の人口で固めているインドは、地政学理論から見て、際立った重要性を持っている。

ただし間違えてはならない。インドは「大陸国家」でも「海洋国家」でもない。大陸国家と海洋国家の中間に位置し、両者の特性を併せ持つ「両生類」である。その点では、中国と同じ「リムランド」に位置する類似点を持っている。しかし「橋頭堡」の大国である点で、中国とは異なる。

欧米中心主義的に「中国は親露派か」「インドは西側寄りをやめたのか」といった類の問いだけにとらわれていると、情勢を見誤る。