ウクライナ「クルスク奇襲攻撃」の意図:対応に追われるプーチン大統領

ウクライナ軍が今月6日以来、ロシア領土に越境し、クルスク州に進攻、ウクライナ側の情報によると、74の集落を占領するなど軍事的成果を挙げている。一方、ロシアのプーチン大統領はウクライナ軍の軍攻勢にショックを受け、ウクライナの侵攻をストップさせるためにクルスク州に軍を派遣するなど、緊急対応に追われている。

陸軍2024年国際軍事技術フォーラムの開会式で演説するプーチン大統領(2024年8月12日、クレムリン公式サイトから)

外電によると、ロシアの国境地帯ベルゴロド州のグラドコフ知事は、ウクライナの攻撃が続く中ベルゴロド州全域の地域に非常事態を宣言した。同知事は「ベルゴロド州の状況は極めて困難で緊迫している」という。同知事によると、ウクライナ軍は家屋を破壊し、市民を殺傷している。同知事は政府に対して連邦非常事態の宣言を要請する意向という。

また、ロシアはウクライナがヴォロネジ州に対しても35機のドローンを発射したと報告した。犠牲者は出ていないという。これらの軍事情報は未確認だ。

ウクライナのゼレンスキー大統領は13日夜のビデオメッセージで「わが軍はロシア領土内で進軍している」と述べ、ウクライナは目標を達成し、自国の利益を守り、独立を保護することができると自信を見せた。同大統領は「ロシアが公正な平和に同意するまで攻勢を終わらせない」と強調している。

ウクライナ軍のクルスクへの奇襲攻撃について、欧米メディアではさまざまな憶測が報じられているが、明確な点は、クレムリンを恐怖に陥れ、政治的および心理的にもプーチン大統領に深刻な打撃を与えていることだ。2022年2月に始めたプーチン氏のウクライナ侵略戦争が自国領土まで跳ね返ってきたからだ。ウクライナ軍がロシアのクルスク地方に進撃してからほぼ10日が経過したが、その進撃はまだ止められず、13万人のロシア人が避難している。

ところで、インスブルック大学の政治学者、ロシア問題専門家マンゴット教授は「ウクライナ軍がクルスクをいつまで占領できるかは不明だ」と指摘するなど、ウクライナ軍のクルスク占領が長期間維持できるかに対しては懐疑的だ。兵力不足に悩むウクライナ軍にとって、ロシア領域内の軍事活動は防衛資源の分散となるからだ。

それに対し、ドイツ民間ニュース専門局ntvのヴォルフラム・ヴァイマー記者は13日、「ウクライナ軍のクルスク奇襲はキーウにとって3つのポジティブな効果がある」と分析している。①軍事的、②政治的、③心理的な効果だ。

①軍事的には、攻撃により軍事的な状況がウクライナに有利に変わる。ロシアはドンバス戦線から部隊と武器を引き抜かざるを得なくなるからだ。この戦線では最近までロシア部隊が優勢だった。重要な点は、ロシア自体が戦場となることだ。ウクライナの総司令官オレクサンドル・シルスキーは「侵略者の領土に戦争を移した」と強調している。

②政治的には、ロシアへの進撃によってウクライナは政治的な交渉の余地を取り戻すことができた。占領した領土を得ることで、自国の失った地域を取り戻すための交渉材料となる可能性がでてくるからだ。また、ウクライナは自国軍、国民、そして西側の同盟国に対して、戦争で再び主導権を握れることを示し、それによって軍、国民の士気が高まることが期待できる。

③心理的には、ウクライナ軍の奇襲は、ロシアの弱点を世界にさらけ出し、クレムリンの権力構造を不安定化させる可能性がある。奇襲はロシア軍とクレムリンにとって「衝撃」だった。ウクライナ軍が数千人の兵士で1000平方キロメートルの地域を奪い、ロシア兵士を捕虜にすることに成功したことは、モスクワの指導者層の権威を損ない、自国民の安全を確保できなくなったことを示唆している。

ゼレンスキー大統領は「わが軍は意図的にクルスク市を標的にした。クルスクはロシアにとって極めて象徴的で敏感な場所だからだ」と指摘。歴史的な比較を持ち出して、ロシアのウクライナ戦争の敗北を予言している。具体的には、2000年8月12日にバレンツ海で沈没したロシアの原子力潜水艦「クルスクの悲劇」だ。クルスク原潜の沈没はプーチン氏が大統領に就任してから数週間後の出来事だ。ゼレンスキー氏は「クルスクの悲劇はプーチンの終わり、破滅を予言している」と説明している。

ヴァイマー記者は「ソ連軍とナチス軍の間で1943年、史上最大の戦車戦が行われたのはクルスクだ。ヒトラーのドイツ軍は、最後の大規模な攻撃作戦を敢行した。ロシアとドイツは双方数十万人の兵士を失った。ソ連軍の名目上の損失はドイツ軍の何倍もあったが、それでもソ連軍は勝利を収めた。ソ連の視点から見れば、この戦いはスターリングラードに次いで、第二次世界大戦における最大で最も痛ましい勝利だった。それ以来、クルスクという名前は、ロシアでは自国の無敵神話を象徴してきた。もしプーチンがそのクルスクで敗北を喫すれば、無敵の独裁者という彼のイメージは大きく損なわれる。それゆえに、ゼレンスキー氏はこの攻勢の日時と場所を意図的に選び、プーチン氏に痛烈な打撃を与えたわけだ」と解説している。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2024年8月15日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。