政策提言委員・金沢工業大学客員教授 藤谷 昌敏
古典的な地政学に基づくと「海洋国家」と「大陸国家」の分類があって、海洋国家は海軍力と海洋戦略に重点を置き、他国との交易や富の収奪を通じて国力を増強してきた。一方、大陸国家は陸軍力を拡大し、領土を広げて国力を高めてきた。
海洋国家は、海との関わりが大きい国家を指す。必ずしも島国や半島である必要はなく、海岸線長や領海面積、軍事費、貿易収支などの要素で判定される。海洋国家は、海上交通力と制海権を握ることで国家の発展と存立に必要なエネルギーを取得できる。歴史的にはフェニキア、カルタゴ、アテナイ、ヴェネツィア共和国、ジェノヴァ共和国、ポルトガル、スペイン、オランダ、フランス、英国、米国、日本などが海洋国家の代表例だ。
大陸国家は、海洋国家に対置する概念で、国土の主軸を陸上に置き、農産物の生産性などに着目して陸上の支配地域を排他的かつ覇権的に拡大する。領土と周辺地帯の維持・拡張を重視し、大規模な軍事力を保有することを志向する。大陸国家は革新的であり、常に新しいものを追求する。例としては、ドイツ、ロシア、中国が大陸国家とされている。
だが、中国は最近、海軍力の大幅な拡大を企図し、東アジアの重大な脅威となっている。中国は、なぜ海洋国家を目指しているのだろうか。
中国の海洋国家への強い指向
中国はユーラシア大陸の中心に位置して広大な陸地を占めており、周辺国との陸上交通路や経済的な接点が多いため、周辺国との陸上国境を維持・拡大することが重要と考えてきた。
反面、中国は広大な海洋国土も有している。南シナ海、東シナ海、黄海、渤海など、多くの海域を領有しており、これらの海域は漁業、資源探査、海洋交通、軍事戦略などに重要だ。そのため中国は、海洋戦略を重視し、制海権を握ることを目指し、南シナ海の諸島や岩礁を軍事的に強化している。そして海洋資源の探査と利用に力を入れており、海底資源、油田、ガス田、鉱物資源などを開発している。
中国は大陸国家としての側面も持ちつつも、海洋国家としての役割を果たそうとしている。
中国は大陸国家と海洋国家の両方のパワーを実現できるのか
歴史を振り返ると、強大なシーパワーとランドパワーの両方を兼ね備えた超大国になることがいかに困難であるのかが理解できる。そもそも、大陸国家が強大な海軍を構築し維持することは容易なことではない。実現には、莫大な費用と資源、技術力、長い年月が必要となるだけではなく、何よりもライバル国家の妨害という大きなリスクがある。
大陸国家が周辺の国々からもたらされる安全保障上の懸念をある程度抑えることに成功し、国力に余裕ができた場合、利便性の高いシーパワーと富を求めて海洋への進出を画策するようになる。そして海軍力を増強し、海のパワーバランスを揺さぶろうとする。しかし、シーパワーに依存する海洋国家は、このような大陸の動向に注意を払い、抑え込むことを試みるのが通常だ。
実際、1670年代および80年代のフランスと1900年代のドイツといった大陸国家は、一時期、トップクラスの海軍の構築に成功した。しかし、英国は、大陸国家の海軍増強によるシーパワーの増大を嫌い、柔軟な外交や経済戦を駆使して勢力均衡戦略を行い、それら大陸国家の野望を潰してきた。
中国の場合は、「経済が発展すれば中国は民主化する」との甘い期待を持った米国と日本に助けられた。結果として、中国は、日米の妨害どころか逆に支援を受け、その経済力と軍事力の増強に成功した。中国の支配の意図が露わになった時には、中国の国力は東アジアの覇権確立を窺うまでに成長していた。
海洋国家である日米は、中国は封じ込めが必要な脅威であると早い段階で認識して、中国の野望を潰しておくべきだった。中国を現在のような巨大軍事国家に成長させてしまった原因は日米にあるのだ。
日本は今後どうすれば良いのか
今、日本は、ロシア、中国、北朝鮮という軍事強国に囲まれ、周囲に強い同盟国もなく孤立している。
そもそも、アジアにおいて日本は他に例を見ないほど特殊な存在だ。人種面では、中国、朝鮮族と身体的に似たところがあるが、遺伝学的にはまったく違う。宗教的には、仏教、神道、キリスト教などが混交する多神教だ。文化面では、漢字、ひらがな、カタカナと3種の文字を使う世界でも稀有な文字文化を持つ。民族性では、伝統を重視しながらも新しいものを積極的に取り入れる進取の気性があるなど、他に類似する国は見当たらない。
例えば、米国が宗教、文化などで類似性を持つ欧州諸国などと同盟を結んでいるのとは対照的だ。もともと同盟国や同志国に恵まれていないことは、これまで他国と連携して敵対国と対抗した歴史がほとんどないことからも分かる(日清、日露は日本単独の戦い、第2次世界大戦でも三国同盟は軍事同盟でありながら、実際にはほとんど軍事面で共同して戦ってはいない)。
確かに日本のバックにつく米国のシーパワーは強大なものだが、米国内部の分断が際立っている現在、米国が核戦争を覚悟してまで日本を全面的に助ける可能性は低い。実際に米国の政府関係者は「中国に日本の尖閣諸島が奪われたからと言って、米軍が中国との全面戦争のリスクを冒してまで軍事力を行使することはありえない」と述べている。今までの米国一国に頼った安全保障政策は極めて危うい。
今、日本は「自由で開かれたインド太平洋戦略」という枠組みの中で、米国、韓国、フィリピン、オーストラリアなどと準軍事的な同盟を実現することを目指している。さらに英国をはじめとするNATO諸国もこの枠組みに加わり、こうした軍事面を含む国際的な取り組みを主導するのは戦後初めてのことだ。
ただし、この枠組みに加わるアジア諸国には様々な問題がある。例えば、韓国では現在の尹錫悦(ユン・ソンニョル)政権が日米と協調しているが、このような保守的な政治力が長続きするかどうかは疑問符がつく。実際、現在の国会は野党が多数党となっており、再びムン・ジェイン政権のような親朝的で反日的な政権が生まれる可能性も否定できない。
こうした不安定要素はあるものの、増強する中国のシーパワーを抑止するためには、日本の国防力の増強だけではなく、「自由で開かれたインド太平洋戦略」の成否は欠かせない。
【参考】
「海洋国家と大陸国家の戦略的関係: 未曽有の危機が迫る日本」笹川平和財団、2023年10月31日)
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藤谷 昌敏
1954(昭和29)年、北海道生まれ。学習院大学法学部法学科、北陸先端科学技術大学院大学先端科学技術研究科修士課程卒、知識科学修士、MOT。法務省公安調査庁入庁(北朝鮮、中国、ロシア、国際テロ、サイバーテロ部門歴任)。同庁金沢公安調査事務所長で退官。現在、JFSS政策提言委員、経済安全保障マネジメント支援機構上席研究員、合同会社OFFICE TOYA代表、TOYA未来情報研究所代表、金沢工業大学客員教授(危機管理論)。主要著書(共著)に『第3世代のサービスイノベーション』(社会評論社)、論文に「我が国に対するインテリジェンス活動にどう対応するのか」(本誌『季報』Vol.78-83に連載)がある。
編集部より:この記事は一般社団法人 日本戦略研究フォーラム 2024年8月19日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は 日本戦略研究フォーラム公式サイトをご覧ください。