国民の時間を奪う政策は害悪

黒坂岳央です。

先日、河野太郎氏は「年末調整を廃止して、すべての国民に確定申告してもらう」と発言したことで、多くの反発が巻き起こった。この発言の意図としては、マイナンバーで個人の所得情報の名寄せすることで、雑所得の経費以外は自動計算にで確定申告は手間要らずになると言う事だ。

SNSでは猛烈に反発の声が見られ、「税務署パンク」という言葉がトレンド入りする事態になった。同氏は素人でも簡単に確定申告ができる想定で言ったのかも知れないが、重要なのは「全国民トータルで効率化できる」という明確な根拠を示せるかどうかにあるだろう。

会社員、年末調整をする部署、税理士、税務署、国税、確定申告のソフトウェア開発など、確定申告に関わるあらゆる人が時短、効率化できなければ、政策の支持を得ることは難しい。「税務署パンク」がトレンド入りしたように、申告者の質疑応答や記入ミスの対応で今より忙しくなりそうな懸念がある。

本件の是非はさておき、筆者は今一度、「国が推し進める政策は国民の時間を奪うものであるべきではない」と主張したい。現代人はすでに多忙すぎる日常を生きており、これ以上複雑な政策で忙しくするのではなく、逆に既存の煩雑さを簡略化する政策をしてもらいたいと考える。

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ムダな時間を使わせる愚策たち

これまで過去記事で何度も取り上げたが、重要度の高い話なので何度でも書く。

いくつもある中での典型例が有料レジ袋導入である。環境保護の名のもとに、全ての店舗でレジ袋が有料化された。しかし、その結果、買い物客、店舗スタッフは「レジ袋は要るか?」という質疑応答で時間を無駄にしている。それだけでなく、レジ袋なしで手に持てる範囲での買い控えが起き、マイバッグ導入で万引き増加につながっている。政策をやりっぱなしで終わらせず、ここで複合的に政策の効果測定をして採否の結論を出し直してもらいたい。

また、インボイス制度や電子帳簿保存法はさらにこの上を行く愚策であることは明らかだ。人員の厳しい中小企業やフリーランスの個人事業主にとって、この制度は書類作成や管理に膨大な時間と労力を必要とする。いや、税務に関わらない部門も影響を受ける。会社から「取引先はインボイス対応の企業を使え」と指示が出ても、買い物や打ち合わせ、飲み会に使う飲食店のインボイス対応可否の確認にムダな時間を使わせている。さらに電子帳簿保存法は運用における細目ルールがコロコロ変更になり、プロの税理士や税務調査官すらも一体、何が正しいかわからない状態に陥っている人もいるという話を聞く。

現在進行系で関係スタッフを疲弊させ、ムダな時間を使わせている状態である。政策を打ち出すたびにドンドン複雑で手間になっていくのは、愚策ではないだろうか。

異常なほど難しい税金

日本人の労働生産性を大きく落とす要素はDX化の遅れや、労務に関わる部分であるが、その他にも税金計算も決して無視できないと思っている。我が国の税金は複雑怪奇で、玉虫色の解釈が可能な状態で放置されておりプロでも判断に迷ったり意見が分かれるものである。

納税は国民の義務であり、確定申告を始めすべての人に関係するものなのでできるだけシンプルであるべきだ。日本の税金ややこしいというのは個人の感想ではない。190カ国を対象とした世界銀行が実施した「ビジネス環境ランキング」によると「納税環境」は97位(2019年)で、全評価項目のうちで最も低い(資料)。これは税負担以上に、申告納税にかかる様々な手間が煩雑なプロセスであることを示している。

国が国民に求める手続きが煩雑であればあるほど、それにかかる時間と労力は無駄に消費される。税務署も脆弱な税インフラの犠牲者の一人であり、彼らもまた複雑なシステムの管理に追われている。

タクシー規制

問題は税務だけではない。タクシー産業を守るための規制もまた、国民の時間を奪う政策の一例である。

日本では、タクシー業界の保護のために、UberやLyftといったライドシェアリングサービスの普及が規制されている。しかし、これにより国民は利便性の高いサービスを享受できず、時間とコストを無駄にしている(2024年4月に条件付きで有料のライドシェア解禁したが、まだまだ拡大に時間を要する)。

アメリカではライドシェアどころか、一部では自動運転技術の導入も進んでおり、もう運転手すら必要としない時代へ向かっている。これに対し、日本はタクシー業界の規制により、国民なタクシーの順番待ちで疲弊している。自動運転技術の進展を妨げてしまう行為は、労働人口減少の時代に逆行しているように思える。民間のテクノロジーの発展を、官が阻害していると感じる事例はタクシーだけではなく数多く見てきた。我が国が先駆けて開発したものを、国が規制している間に他国が先を越すのを見るたびに地団駄を踏むような気持ちになる。

誰にとっても時間は貴重なリソースであることは疑いようもない。付加価値の小さな政策の対応に時間を使わせてしまうことで労働力や自己研鑽、その他有意義に使えたであろう活動を削り取ってしまう。政策は既存のプロセスを合理化、省力化して国民の時間を増やすことに尽力していただきたい。

 

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ビジネスジャーナリスト
シカゴの大学へ留学し会計学を学ぶ。大学卒業後、ブルームバーグLP、セブン&アイ、コカ・コーラボトラーズジャパン勤務を経て独立。フルーツギフトのビジネスに乗り出し、「高級フルーツギフト水菓子 肥後庵」を運営。経営者や医師などエグゼクティブの顧客にも利用されている。本業の傍ら、ビジネスジャーナリストとしても情報発信中。