昨年10月に始まったイスラエル・ガザ紛争は、発生から1年近くになっても、いまだ解決の見通しが立っていません。
イスラム組織ハマスの戦闘員がパレスチナ自治区ガザ地区にイスラエル側から侵入し、約1200人を殺害した上に数百人を人質に取ったことがその発端でした。イスラエル側の反撃によってガザ地区の大部分が破壊され、4万人を超えるパレスチナ人が命を落としたといわれます。
9月2日、英政府はイスラエルへの武器売却の一部を停止したと発表しました。輸出した武器が「重大な国際法違反に使われる明らかなリスクがある」というのがその理由です。
英国の武器輸出についての決まりを見てみましょう。
英国の武器輸出(UK Arms Exports)
英国の防衛関連企業が武器を輸出する際、政府から認可を受ける必要がある。輸出品が「国際人道法の重大な違反となる明確なリスクがある」、該当国の「平和と治安を乱す明確なリスクがある」、「英国が加盟する国際的な条約や決まりの下で違法と見なされる行為を発生させる」などに該当する場合、認可は下りない。
今回は、最後の理由、つまり「英国が加盟する国際的な条約や決まりの下で違法と見なされる行為を発生させる」に該当したと判断されたわけですね。
英外相によると、イスラエルへの武器輸出許可350件のうち30件を停止することにしたそうです。戦闘機やヘリコプター、無人機の部品などに影響が出る見込みです。
英政府はこれまで、一貫して「イスラエルの自衛権を支持する」姿勢を表明してきましたのですべての武器の禁輸ではないのですが、イスラエルからは反発を招きました。イスラエルの国防省は「深い遺憾の意」を示しています。
今回、政府が一部の輸出禁止措置に踏み切れたのは、政権が変わったことも理由の1つでしょう。7月の総選挙で2010年から続いてきた保守党政権が終わり、労働党政権になったのです。
すでに英国内の議員、市民団体などがイスラエルへの武器輸出に懸念を示すようになっており、労働党政権が一歩踏み込んだ動きをしたと言えるでしょう。
輸出停止の声
武器輸出を停止するよう、英国内で強い声が上がったのが、今年春でした。
4月1日、包囲状態となって物資の欠乏に苦しむガザ地区のパレスチナ住民のため、食料支援を行っていた慈善組織「ワールド・セントラル・キッチン」(WCK)の職員7人がイスラエル国防軍(IDF)の空爆によって亡くなりました。そのうちの3人が英国人だったため、紛争の悲惨さがより一層印象付けられました。
セントラル・キッチンによると、100トンにも上る食料関連の物資を降ろしたトラック集団が動き出したときに攻撃を受けたそうです。
トラックの行程はIDFとの調整の上で策定されていたものです。人道支援の活動であり、IDFの承諾の下に移動していたのに攻撃を受け、英国人を含む職員らが殺害されてしまったのです。
英国はイスラエルに武器を輸出していますので、英国製の武器で英国人が殺害された可能性もあります。割り切れない思いがするのは遺族だけではないでしょう。
もっとはっきり言うと、今までは平気だったのに自国民が殺害されたかもしれないとなると、急に問題が身近に感じられたということですね。
イスラエルには独立国家として国を防衛する権利はあるものの、パレスチナ人市民の犠牲者数が増えるにつれて、軍事攻撃を一時的にせよ停止するべきという声が国際社会で広がってきました。
セントラル・キッチン職員の犠牲をきっかけに、英政府に対してイスラエルへの武器売却を停止するよう求める圧力がより強まりました。
すでに議員らの一部は政府に武器輸出の停止あるいは保留を求めていましたが、4月3日には、600人を超える司法関係者や学者などが(当時の)リシ・スナク首相(保守党)に公開書簡を送り、恒常的な停戦のために政府が尽力することやイスラエルへの武器輸出の停止などを訴えています。
武器輸出停止の議員らの書簡
書簡の主張を見てみましょう。
今年1月に国際司法裁判所(ICJ)はイスラエルに対し、ガザ地区でジェノサイド(大量虐殺)を防止するためにあらゆる措置を講じるよう命じています。
ICJはイスラエルによる攻撃がジェノサイドだと判定したわけではありませんが、書簡の署名者らは政府がイスラエルに武器輸出を続行すれば、「英国はジェノサイドに加担するあるいは国際的な人道法に違反する」可能性があると警告しました。
スナク首相率いる保守党政府は武器輸出について見直しを行っていると表明しましたが、即時停止には慎重でした。4月5日、今度は国連の人権理事会がガザ地区での停戦やイスラエルの武器売却停止などを求める決議を採択しました。
どこの国が最もイスラエルに武器輸出をしているのか
ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)の調べによると、2019~23年にイスラエルが輸入した武器の69%が米国からのもので、これに続いたのがドイツ(30%)、イタリア(0.9%)です。
米国がどう動くかで、ガザ・イスラエル戦争の行方が大きく変わる可能性があることが、これを見ただけでもわかりますね。
一方、イスラエル自身も武器輸出を行っており、輸入した国は上位からインド(全体の37%)、フィリピン(12%)、米国(8.7%)です。
英国のイスラエルへの武器輸出の総額は2022年に4200万ポンド(約80億円)で、「比較的少額」(政府官僚)といわれています。でも、非営利組織「武器取引反対キャンペーン」(CAAT)によると、2008年以降、英政府がイスラエル向けに輸出承認をした武器は5億7400万ポンド(約1100億円)に上ると推定されています(イスラエルへの武器輸出の内訳は以下のグラフの「15」を参照)。
ちなみに、日本「6」を見ると、米国からの輸入が全体の97%を占めており、依存度の高さが分かります。
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「英国ニュースダイジェスト」掲載の筆者コラム「英国メディアを読み解く」に補足しました。
編集部より:この記事は、在英ジャーナリスト小林恭子氏のブログ「英国メディア・ウオッチ」2024年9月9日の記事を転載しました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、「英国メディア・ウオッチ」をご覧ください。