習近平氏の反腐敗改革:中国人民解放軍は戦える軍隊になりうるのか(藤谷 昌敏)

習近平国家主席
中国共産党新聞より

政策提言委員・金沢工業大学客員教授 藤谷 昌敏

中国人民解放軍は、地方における共産党の民兵組織として創設された。武器は国民党や日本軍からの鹵獲兵器で、ゲリラ戦を主任務としていた。そのため、重武装の主力部隊との決戦には絶対的に不利だった。

1934年から1936年にかけて行われた紅軍(人民解放軍)の大移動のことを「長征」というが、これは国民党軍に包囲された紅軍が江西省瑞金の根拠地を放棄し、陝西(せんせい)省延安まで12,500キロを行軍したことを指す。

人民解放軍は、こうした苦難を乗り越えて、国民党との決戦である国共内戦を戦い抜き、日中戦争にも勝利し、最終的に中国民主主義人民共和国の建国に大きく貢献した。人民解放軍が建国の英雄であることは今も変わりがない。こうした成立経緯を持つ人民解放軍は、地方色が非常に強く、人事権や作戦・指揮権を持ち、兵器の生産と輸出まで行うなど中央の統制が効かない組織だった。

そのため、これまで歴代の中央軍事委員会主席は、そのコントロールに手を焼いてきたが、習近平氏が就任すると、その聖域に手を入れ、2016年2月には大改革に着手した。従来の7大軍区を廃止し、戦略正面と民族分布を考慮した5大戦区に編成替えした。大軍区(瀋陽軍区、北京軍区、済南軍区、南京軍区 、広州軍区、成都軍区、蘭州軍区)は、東部戦区、南部戦区、西部戦区、北部戦区、および中部戦区に分けられた。

従来の大軍区が担っていた軍政を、中央軍事委員会に新設された国防動員部が一括して担い、戦区は中央軍事委員会の統制の下、担当する地域の軍令を担った。各軍種部隊の統合作戦指揮のため、統合作戦指揮機構が各戦区に設置された。これにより、これまで隷下の部隊に対して指揮権を有していた各軍種司令部は軍政を担当する部署となり、従来有していた作戦・指揮権限は大幅に削減された。

腐敗が常態化していた人民解放軍

2014年6月18日の「中国軍網」サイトは中国軍内でも腐敗がなお問題であることを示唆する論評を発表していた。

その内容を要約すると、

「軍隊の腐敗はもっとも危険なものである。軍隊が腐敗を容認すれば、失敗を容認することになる。戦争に負けた結果について歴史は血の涙で語ってきた。腐敗が原因で敗れた軍隊は永遠に恥辱の柱に打ちつけられるであろう」

「第18回党大会以来、党中央、中央軍事委員会および習近平主席は厳格に軍を管理し、腐敗撲滅に力を入れ、『虎もハエもたたく』方針を実行し、谷俊山人民解放軍総後勤部前副部長を逮捕する一方、腐敗反対の計画をしっかり立て、作風を改め制度を厳格に実施し、腐敗を生む土壌の除去に努めてきた。幹部が地位を利用して住宅を買い占めることをなくし、公用車や会議を減らし、行政にともなう支出を大幅に減少させてきた」、

「腐敗したものをつまみだせば軍はさらに純潔になり、強くなる。軍隊内に腐敗分子が隠れるところを残してはならない」

などと強調した。

この腐敗体質について、専門家は、「中国では1970年代に経済の自由化が始まってから、軍において長年、汚職が問題になってきた」と指摘する。

中国は2024年度の国防予算を約1兆6,655億元(34兆8,000億円)と発表しており、これは前年度予算額から約7.2%の伸びとなる。中国の国防予算は、1989年度から2015年度までほぼ毎年2桁の伸び率を記録する急速なペースで増加してきた。国防予算の名目上の規模は、1993年度から30年間で約37倍、2013年度から10年間で約2.2倍となっている。

最近の不動産不況など中国経済の低迷が続く中、2024年度の国防予算は昨年度と同水準であり、軍備を増強する姿勢に変化はない。中国の国防予算の特徴は、その透明性の欠如にあり、公表される国防費には、外国からの装備品購入や研究開発費、人件費の一部などは含まれておらず、腐敗の温床になっていると指摘されている。

習近平氏が7大軍区を5大戦区に編成替えし、それまで強い権力を握っていた将軍たちの力を削ぐ大改革を実施した理由は、まさに腐敗体質の一掃にあったのだ。だが、これほどの大鉈を振るったにもかかわらず、腐敗はやむことなく深く潜在していた。

習近平氏の側近たちの裏切り

2024年6月27日、中国共産党は、前国防相の李尚福と、その前の国防相だった魏鳳和が「職務上の便宜を図って巨額の金銭を受け取った収賄の疑い」により党内で最も重い党籍剥奪処分を受けたことを明らかにした。

中国軍では昨年夏から、兵器開発や調達を担う「装備発展部」や戦略核ミサイルを運用する「ロケット軍」で大規模な汚職調査が行われていた。李氏は装備発展部、魏氏はロケット軍でトップを務めたことがある。魏氏は 習近平国家主席の信頼が特に厚かったとされる。2人は装備品の購入費用や演習経費を水増し請求してキックバックを受け取ったり、人事を巡って賄賂を受け取ったりしていた疑いがある。核ミサイルのサイロ建設を巡っても汚職があった模様だ。

これに先立つ2023年12月29日、全人代常務委員会が全人代代表に関する公告第二号を発表した。それによれば、以下9名の軍関係者が罷免された。

  • 中央軍事委員会連合参謀部軍人代表:張振中
  • 中央軍事委員会装備発展部軍人代表:張育林、饒文敏
  • 海軍軍人代表:鞠新春
  • 空軍軍人代表:丁来杭
  • ロケット軍軍人代表:呂宏、李玉超、李傳広、周亜寧

人民解放軍における汚職問題は、長年にわたって深刻な課題となってきた。特に、装備品の購入費用の水増しや賄賂の受け取りが頻繁に報告されていた。

習近平国家主席は、人民解放軍を本当の戦える軍隊に脱皮させるために大規模な粛清を行い、多数の軍高官を解任した。だが、共産党の一党支配の影響下にあり、透明性の欠如が指摘される人民解放軍がその根深い腐敗体質を払拭できるかは極めて疑わしい。

【参考資料】
・阿南友亮「中国はなぜ軍拡を続けるのか」新潮選書、2017年
・「習近平主席、中国人民解放軍の5つの「戦区」発足宣言」2016年2月1日、産経新聞
・「中国軍の腐敗と規律」2014年6月19日、平和外交研究所
・「中国軍で装備品購入費の水増しや賄賂、根深い腐敗体質…歴代国防相に党籍剥奪処分」2024年6月29日、読売新聞
・「中国で高官が相次ぎ消息不明 習政権に問題が起きているのか」2023年9月25日、BBCNEWS.

藤谷 昌敏
1954(昭和29)年、北海道生まれ。学習院大学法学部法学科、北陸先端科学技術大学院大学先端科学技術研究科修士課程卒、知識科学修士、MOT。法務省公安調査庁入庁(北朝鮮、中国、ロシア、国際テロ、サイバーテロ部門歴任)。同庁金沢公安調査事務所長で退官。現在、JFSS政策提言委員、経済安全保障マネジメント支援機構上席研究員、合同会社OFFICE TOYA代表、TOYA未来情報研究所代表、金沢工業大学客員教授(危機管理論)。主要著書(共著)に『第3世代のサービスイノベーション』(社会評論社)、論文に「我が国に対するインテリジェンス活動にどう対応するのか」(本誌『季報』Vol.78-83に連載)がある。


編集部より:この記事は一般社団法人 日本戦略研究フォーラム 2024年9月13日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は 日本戦略研究フォーラム公式サイトをご覧ください。