大谷サンの昨日の打ちっぷり、走りっぷりには唖然というか、宇宙人ではないかと思わせるほどの活躍ぶりで多くの皆様もスカッとしたのではないでしょうか?マンガでもここまで描けないと思います。全打席で素晴らしい成果を残しました。残り9試合かと思いますが、有終の美を飾るべく最後の階段を駆け上がるような感じでしょう。そんな大谷サンを一部のアメリカ人は認めたくない声もあるやに聞いています。100人が100人同意見になることは世の中にはほぼ存在しえないわけで、目立つことで増える目の前のコバエは手で軽く払って誰も追いつけない金字塔を打ち立ててもらいたいものです。
では今週のつぶやきをお送りいたします。
FRBと日銀の政策会議が終わったこの先
アメリカが0.50%という大幅利下げを実施。ただ珍しく全会一致にはならず。ボウマン理事は反対票で0.25%の引き下げを主張しました。驚くことにFOMCで「政策決定にFRB理事が反対したのは2005年以来」(ブルームバーグ)とあります。ボウマン理事の反対理由が「金融当局がインフレとの闘いで早計に勝利宣言したと受け取められるリスク」(同)とあります。パウエル議長は早めの対策と称して0.50%利下げを採択しました。私は一部で主張された7月で利下げ開始をすべきところ、出遅れた分のキャッチアップが起きるという一部専門家の考えに賛同していました。これだけ見ても3つの「利下げに対する印象についての意見」があり、一定の事実関係に対する微妙な表現の違いですが、受け手の印象は大きく変わります。
一方、日銀の植田総裁の記者会見。これは正直、頂けなかったです。金利を据え置くことは予想されていましたが、それをどう説明するのか気になっていました。総裁はアメリカを中心とした海外の不確実性が読めないことを理由にしています。私がFOMC後の記者会見を長く見続けている限り、議長が他国の経済状況を判断理由にしたことは記憶にありません。FOMCの議長はドルが基軸通貨の性格上、その政策判断が世界中の経済に影響を与えることは百も承知ですが、あえてそれを言わないようにしているように見えるのです。なぜなら中央銀行は「国内の」物価と雇用という明白な目標があるからです。ただ、どうも植田総裁は為替を含めたより広範な影響と外野からの声に翻弄されているように感じます。
いずれにせよFRBと日銀の政策会議が終わり、明白になったのは当面の向かう方向ははっきりしたということです。FRBは利下げサイクルに入り一定ペースで金利は下げる、一方の日銀は折を見て利上げを引き続き試みるが、年内は12月にもう一度できれば御の字という感じかと思います。つまり向こう2か月程度は安泰であります。アメリカの大統領選の影響度はいずれ一定程度織り込むとみています。今のように全く予想がつかない場合、市場では結果が出てもサプライズ感がないために比較的落ち着いたものになるとみています。
総裁選、国家元首に必要な才能とは何だろう?
一国のトップに何を期待しますか?岸田首相は〇〇会議や〇〇委員会など様々な会合の中心となり、政策案件を主導してきました。テレビニュースで日々報道される岸田首相の忙しそうな様子に疑問を感じた方はいますか?私はおかしいと思っています。なぜ閣僚がずらりと並んでいるのに様々な会議のトップを首相が勤めなくてはいけないのでしょうか?官邸主導と言いたいのでしょう。でもそれは本質的にはおかしいのです。雑な言い方ですが閣僚なりに任せられないということです。うがった見方ですが、首相は自分の意のままに会議を主導したい、つまり誰かに任せると期待した結果が得られないから官邸が推し進める、でしょう。つまり官僚との闘いとも言えます。
日本国民は独裁者の下で支配されることを決して良しとは思っていないのにメディアは「首相の指導力不足!」と書き立てます。指導力と独裁は違うのですが、強いリーダーシップとカリスマと言い換えれば紙一重なところもあります。そして今回の総裁選で見えたのは思った以上に候補者の考え方がバラバラだという点です。しかもこれだけ論戦を重ね、その言質を取られると後々「お前、あの時ああ言ったな、だからお前はポストにはつかせない」となり、お仲間人事が横行しやすくなるのでしょう。次の総裁もリーダーシップが必要な才能ということには異論はないのですが…。
メディアが様々な予想を出し始めています。今朝の産経の分析によると議員票は小泉58票、小林46票、林40票、石破34票、高市31票とあります。一方、党員票は小泉109票、石破89票、高市60票で残りの候補は比較にならないほど低い状況。これを組み合わせると小泉167票、石破123票と報じており、両名の決選投票になる公算が高まっています。その場合、石破氏の議員票の期待値は低いので現時点では小泉氏がかなり優勢とみるべきでしょうか?まだ判断していない議員票が54票あるそうですが、一般的にはそれらが大逆転を生む結果にはなりにくいと思われます。さて我々の次の首相はどんなリーダーシップを見せるのでしょうか?
イスラエルは強すぎるのか?
今週イスラエルの学者を交えた会議に出席していた際にある学者が「イスラエルは強すぎる!」と強い口調で論じていました。事実、ハマス殲滅が見えたのか、北の隣国レバノンを拠点とするヒズボラを徹底的にたたき始めました。そしてその速攻ぶりにヒズボラ側も反撃のチャンスを失っている、そう感じます。本当にイスラエルは強すぎです。そして今回の一連の戦争のきっかけとなったイスラエルの諜報組織モサドの失敗は汚名挽回で世界一の諜報軍団の底力を見せつけました。公表はされていませんが、ヒズボラが持っていたポケベルをはじめとする電子機器の一斉爆発はモサドが仕組んだ可能性が極めて高いと思います。
ただ、私は戦争の勝者が必ずしも絶対勝者ではないことを指摘しておきたいと思います。私がその会議で発言したのはイスラエルが度を越せば西側諸国企業ではコンプライアンスや世論への配慮からイスラエル経済への打撃が起こりうるとの懸念を述べました。日露戦争では戦争という局面だけを捉えると日本が勝っています。ですが、講和条約やその後の各国との外交では不満が多かったのもこれまた事実。司馬遼太郎の「坂の上の雲」を私が勝手に改変解釈すれば「せっかく雲の上まで登っても雲の上に立つことは不可能だった」ということになります。
イスラエルが戦い続けるのは宗教的背景と祖国防衛であります。しかしモグラたたきを永遠に続けることはできません。イスラエルは永遠に止まらないモグラたたきに挑んでいる、そんな風に見えます。変化が起きるとすればネタニヤフ氏なり国家主導部がどう変わるか次第だとおもいます。同様にウクライナもゼレンスキー氏が変わればたちまちに変化するはずです。緊張の糸とはよく言ったものでそれがぷつっと切れた時、二度と元に戻らないのは民や軍部の士気ではないかと思います。持久戦になればイスラエルが勝ち続けることはない、よって終結のオプションを考えるべきだと思います。
後記
京都で「環境日本学」の会合があり、ひょんなことからそのオープニングのイベントに参加していました。2008年に早稲田大学で始まった学問で今回京都大学の関連研究所でもその研究が展開されるものです。「人間と自然の境界(あいだ)」というのがメインフレームのこの学問、実は私の知り合いが学際(=学問の際<きわ>)という発想を教えてくれ、その方がその研究所にお入りになったこともあって伺ったものです。今や学問は一つの分野だけでは語ることができず、様々な学問が組み合わさって世の中の事象や事実を説明できるようになってきています。広範な知識が今後の賢人の智慧となっていくと思います。暑かったけれど良い経験でした。
では今日はこのぐらいで。
編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2024年9月21日の記事より転載させていただきました。