ガザ危機をめぐり今年公刊された良質の文献

2023年10月7日のハマスのテロ攻撃から、間もなく一年がたとうとしている。ガザにおけるイスラエルの軍事侵攻は終わりが見えない。それどころかイスラエルとレバノンのヒズボラとの間の戦闘までが拡大し、大規模被害をもたらす爆撃を双方が繰り返している。

紅海をめぐっては相変わらずイエメンのフーシー派の船舶攻撃が続いている。戦果が絶えなかったような中東だが、その中東の歴史でも未曽有の危機が進行中だと言える。

過去一年のうちに、ガザに対する日本の人々の関心は高まった。しかしまだまだ信頼できる良質な情報は限られている。

この機会に、落ち着いて問題を理解するためのきっかけとしていただくために、昨年10月以降に執筆されて今年になってから公刊された私が良質だと考える日本語の文献について紹介してみたい。

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何と言っても、圧巻なのは、ガザで生きる人々の生と死が耕作する生活を克明に伝えるアーティフ・アブー・サイフ『ガザ日記 ジェノサイドの記録』(中野真紀子訳・地平社)だ。

2023年10月当時、ガザにいた著者のサイフ氏は、奇跡的に12月末にガザから脱したのだが、そこまでのガザでの3カ月の様子を、詳細に、かつ叙述的に本書に記した。「ありとあらゆる大惨事に必要なセットが、すべてある」ガザを、内部から克明に記したのが、貴重な記録だ。

どのような政治的眼差しでガザ危機を見ようとも、ガザで生きる人々が、現代世界において、あるいは世界史において、極めて特異な環境の中で、苦闘を続けている事実を否定することはできない。本書は、あまりに重たい。だがガザに生きる人々が現実に存在しているという事実が、どうしても気になる人にとっては、必読の書だ。

10月7日のテロ事件をどう考えるかに関わらず、現在のガザ危機の渦中に「ハマス」という組織の存在がある。川上泰徳『ハマスの実像』(集英社新書) は、昨年10月以降の動きをふまえつつ、ハマスの成立や発展の経緯を丁寧も説明している良書だ。

パレスチナ問題に初めてふれる人にとっても、それなりに詳しい人にとっても、有益な仕上がりとなっている。現地調査を重視するジャーナリストが提供する情報は、非常に貴重だ。

ハマスについては、土井俊邦『ガザからの報告:現地で何が起きているのか』(岩波ブックレット)が、ガザで生活するパレスチナ人ジャーナリストのハマスに批判的な声を紹介している。複雑な情勢の中で生きるガザの人々のハマスに対する意見や感情は、単純に一枚岩であるわけではない。

パレスチナ問題を研究する学者の共著作集では、鈴木啓之(編)『ガザ紛争』(東京大学出版会)が充実している。パレスチナ問題を見守ってきた中東研究者が、多角的にガザ危機の性格を捉えていく。

編者によれば、現在進行形で変化する危機を扱うことに躊躇した一方、怪しい内容の言説が広がり続けていることに危惧をして、公刊を決断したという。現下のガザ危機は、パレスチナをめぐる現代的な「植民地主義」の問題に、あらためて注目を引き寄せた。

ガザを研究し続けてきたサラ・ロイ氏の著作の翻訳書だという意味では、昨年10月以降に執筆された著作ではないが、サラ・ロイ氏自身の序文と、翻訳者である三名のパレスチナ研究者の解説文が、昨年10月以降に執筆されて収録されているサラ・ロイ(岡真理・小田切拓・早尾貴紀訳)『なぜガザなのか:パレスチナの分断、孤立化、反開発』(青土社)は、「反開発」の視点から、現在のガザ危機を大きな視座で捉える重厚な書だ。

緊急復刊されたサラ・ロイ(岡真理・小田切拓・早尾貴紀訳)『ホロコーストからガザへ:パレスチナの政治経済学』(青土社)とあわせて読みたい。

 

なお現在進行形のガザ危機を扱っているわけではないが、現代的な問題意識をもって、最近になって公刊されたパレスチナ問題の歴史的検証の労作に、阿部俊哉『パレスチナ和平交渉の歴史:二国家解決と紛争の30年』(みすず書房)、中川浩一『ガザ 日本人外交官が見たイスラエルとパレスチナ』(幻冬舎新書)がある。

イスラエルについては、宮田律『ガザ紛争の正体:暴走するイスラエル極右思想と修正シオニズム』(平凡社新書)に加えて、2020年公刊の書ではあるが、あらためてロネン・バーグマン(山田美明・長尾莉紗・飯塚久道訳、小谷賢監修)『イスラエル諜報機関 暗殺作戦全史:血塗られた諜報三機関』(上)(下)を読み直すのも、極めて示唆深いと思われる。

 

【9月30日(月)20時から放送予定】

ガザの現状と今後

前半で最近のニュースを題材に現在の国際情勢をどう分析するかをお話しした後、後半ではガザ危機に特化して分析していきます。ゲストは、パレスチナ子どものキャンペーンの手島正之さんです。

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