アジア版NATOって何?

池田 信夫

あすの国会で石破自民党総裁が首相に指名されます。彼の持論はアジア版NATOですが、その意味がよくわからないと話題になっています。

Q. NATOって何ですか?

北大西洋条約機構という軍事同盟で、1949年にソ連との核戦争を想定してつくられました。加盟国は32ヶ国です。

Q. そのアジア版とはどういう意味ですか?

今アジアには日米安保条約のように2ヶ国間の条約しかありませんが、それを韓国や台湾などとの多国間の同盟にして、台湾有事などに備えようという話です。

Q. これは今の憲法でできるんでしょうか?

石破さんはできると言っています。これは集団的自衛権の行使ではなく、国連のような集団安全保障体制だから、憲法の制約を受けないというのです。

Q. その違いがよくわからないんですけど。

石破さんは「集団安全保障の中核概念は義務。どこかがやられたらみんなが助け合う義務。集団的自衛権は、例えば日米で助けるのは権利であって義務ではない」といっていますが、これは逆です。

集団的自衛権というのは軍事同盟のことで、NATO加盟国が攻撃を受けると他の加盟国は反撃する義務を負います。集団安全保障は国連のような国際機関だから、国連PKOには参加してもしなくてもいい。石破さんはこれを逆に理解しているようです。

Q. 2国間だと軍事同盟で多国間だと集団安全保障なんですか?

この区別は、2国間か多国間かとは関係ありません。NATOは多国間の軍事同盟です。ところが石破さんは多国間の同盟なら集団安全保障体制だと誤解しているようです。

Q. アジア版NATOは今の憲法でできるんでしょうか?

国連のような国際機関ならできますが、今の憲法では海外派兵できないので、これは親睦団体のようなものになってしまいます。

安保法制では日本の安全がおびやかされる存立危機事態には集団的自衛権(海外派兵など)が行使できることになっていますが、これにはややこしい条件がついているので、海外派兵を前提にした軍事同盟はできません。

Q. 日米安保条約の拡大版なんでしょうか?

日米安保条約は、アメリカが日本を防衛する義務を負うが、日本はアメリカを守る義務を負わない片務的な条約です。これを拡大してもNATOのような軍事同盟はできないので、石破さんは双務的な条約に改正したいとハドソン研究所に寄稿した論文で書いています。

Q. それは憲法を改正しないでできるんでしょうか?

石破さんは憲法改正にふれていませんが、「自衛隊がグアムに駐留する」と書いています。常識的には「戦力を保持しない」という憲法のもとで、自衛隊がグアムに駐留するのは無理でしょう。

Q. 憲法を改正し、安保条約を改正した上でないとアジア版NATOはできないということですね?

そのへんが曖昧です。ハドソン研究所の論文では憲法改正を前提にした話とも読めますが、テレビでは改正しなくてもできると言っています。

ただ石破さんは首相になるのだから、彼の持論のように憲法9条2項を削除すれば、普通の軍事同盟に参加できます。

Q. 専門家はどう評価してるんですか?

アジア版NATOを評価する安全保障の専門家は1人もいません。慶応大学の神保謙さんは「取り下げるべきだ」と言っています。

Q. これは石破さんの夢なんでしょうか?

憲法や安保条約を改正して日米が対等になるというのは、自民党の結党以来の夢ですが、石破さんはそこに多国間の軍事同盟というややこしい話を入れたので混乱しています。まず憲法を改正するだけでも大事業なので、そこから一歩ずつやっていくしかないでしょう。