石破茂・新自民党総裁の組閣に向けた閣僚・党三役の人選が済んできたようである。大きな特徴の一つが、防衛大臣経験者の多さだ。総理になる石破氏をはじめとして、5人の防衛大臣経験者が、要職に就く。
外務大臣に岩屋毅氏に加え、防衛大臣に再任の中谷元氏が内定したという。対外的な顔となる外務大臣と防衛大臣に二人の防衛大臣経験者をあてた。さらに自民党内きっての防衛通で知られる小野寺五典氏が政務調整会長に内定した。防衛関係の案件を党側で推進してもらう意気込みだろう。また、官房長官留任の林芳正氏も防衛大臣経験者である。
官邸(総理―官房長官)、外務省、防衛省、自民党の要職に、防衛大臣経験者をあてた形だ。これで防衛関係の案件の推進に関心がなかったら、不思議だろう。
石破氏は、憲法9条2項削除論者として知られる。自衛隊の実態が軍隊であるのに「戦力不保持」を定めている憲法の条項があるのはおかしい、という主張である。
この点に関しては、私自身には、一連の著作がある。憲法起草者であるGHQを含めて連合国が使用していた「戦力(war potential)」概念は、違法行為である「戦争(war)」の潜在力という意味で用いられていたものなので、「軍隊」一般を指していない、ということを、私は数冊の著作で主張している。自民党の憲法改正推進本部などに招いていただいて講演したことも、複数回ある。石破氏は、必ず最初に手を挙げて、長い質問をしてくださった方である。
正直、石破氏の世界観は、憲法学通説の教科書によって強固に形作られている、という印象が強い。憲法改正論者の中にも、世界観そのものは憲法学通説によって確立されており、ただ結論として「だから改正したい」という主張だけをする方は、日本に多数存在する。これらの方々に、国際法に依拠した国際社会で理解される概念構成や用語の説明をしても、全く受け付けてくれない。
私は学者なので、憲法起草者が、国連憲章、不戦条約、そして合衆国憲法を下敷きにして日本国憲法を起草した事実に着目して憲法解釈をする、という学説的立場にこだわりがあるのだが、石破氏は、その点は受け入れない。日本の大多数の憲法改正論者も、憲法解釈では憲法学通説を丸のみしたうえで、「だから改正したい」という結論を強調する。その点では、石破氏は決して例外的な存在ではない。
より論争的なのは、「アジア版NATO」として語られている安全保障政策の構想だろう。これは石破氏が憲法解釈の観点からのみこの構想を語っているため、国際法との整合性が不明瞭である。正直、これは私が以前から抱いている石破氏の印象に完全に合致する状況だ。懸念すべき点だと思う。
国内だけで終わる憲法改正論議と違って、安全保障政策、特に同盟関係に関する政策は、他国との間で、利益の一致はもちろん、まずは理解の一致が必要だ。それなのに日本国憲法の観点でしか、「アジア版NATO」を語れず、国際法上の位置づけは曖昧模糊としている、ということになったら、これは一大事である。
率直に言って、「アジア版NATO」は実現可能性が乏しい。日本だけで実現することができない案件であるにもかかわらず、同調してくれそうな国が全く思いつかない。
防衛大臣経験者が立ち並ぶのが石破内閣とすると、あるいは防衛省界隈で石破内閣の支持者が多いのではないか、という誤解をする一般の方もいらっしゃるかもしれない。しかし実情は真逆である。石破氏が防衛大臣だったときの実績から、防衛省・自衛隊関係者の間で著しく評判が悪いのが、石破氏である。
「アジア版NATO」は、実現可能性が乏しいうえに、国際法上の位置づけも曖昧だ。となれば、本気で支持して協力してくれる安全保障の研究者も数少ないと思われる。
つまり防衛関係を専門にする政府内官僚・自衛隊関係者のみならず、研究者層も、石破内閣の構想を強く支持するとは予測できない。これは2015年平和安全法制成立の際に、安倍内閣が、野党の強い反対に遭遇しながら、安全保障を専門とする実務家・研究者の強力な支持を得ていたのとは、全く異なる様相だろう。
石破「防衛大臣経験者」内閣は、おそらく、このような事態を想定したものだ、と言うことができる。防衛・安全保障政策を専門とする実務家・研究者の懸念を、「防衛大臣経験者」陣でスクラムを組んで押し切って、乗り切っていこうとしているように見える。
大変な意気込みだ。
私個人は、外交政策全般までが、憲法論を意識したうえでの同盟関係の整理を中心とした防衛問題に特化されてしまい、視野の狭いものになっていかないかも、非常に心配している。
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