海外移住する気になれない理由

黒坂岳央です。

昨今、「日本はお先真っ暗なので、今すぐ海外移住した方がいい」といった意見を非常によく見る。自分自身、若い頃に英語や海外に興味を持ってアメリカの大学留学、サラリーマン時代は多国籍環境で働いた。独立後の今も海外企業の外国人ビジネスマンと仕事をしてきたし、海外旅行も大好きでいく。筆者は人並み以上に海外に興味があるし、外国人の友達やビジネスの取引先もいる立場の人間だ。

自分はその気になれば今すぐ家族全員を連れ、日本を出て海外で生活をすることもできるのだが、そんな自分も今のところはまったくその気になれない。SNSを中心に「日本はオワコンだから海外へ!」という盛り上がりを見たり、海外旅行から帰って高揚した直後でも「自分はやっぱり日本で生きていきたい」と強く感じるのだ。

完全に独断と偏見だがその理由を取り上げたい。

※本稿は留学やビジネス、スポーツなどの世界で海外で真剣勝負することを否定する意図はなく、あくまで「日本オワコン論に煽られて海外移住することのデメリット」のみにフォーカスしている。海外移住メリットは分量の問題で本稿での取り扱いは見送る。以上の前提を踏まえて個人の感想文と読み進めていただいたい。

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社会的立場が落ちる

日本でキャリアやビジネスを蓄積した人にとって、今後も仕事をするなら日本で勝負する方が有利である。過去のビジネス経験や実績、スキルは次の仕事に引き継がれる。そのため、日本語で日本人相手に日本文化に根ざしたビジネスをするなら、これまでの経験値が溜まってレベルアップすることにより、日本でのビジネスはイージーモードになっていくと想定できる。

ところが海外へいくと日本で蓄積したパワーは一部、人によってはすべてリセットされてしまう。もちろん、ワールドクラスのスキルがあって世界に勝負しに行けるような人や、海外に通用するハイスキルワーカーのような強者は別だが、基本的に日本での活躍の実績価値をそのまま海外へ引き継ぐことは難しいだろう。

また、日本人が外国へ行けば「外国人」という扱いを受ける。多くの場合、Second-class citizen(正式には市民権を持っているものの、法的・社会的に完全に平等な権利や待遇を受けていない人々を指す表現)という扱いになる。

それは言葉の壁だったり、アジア人や移民という立場であることのハンディ、市民権との法的な違いもあげられる。たとえ面と向かって相手から差別発言を受けなくても、相手の心情や本音は建前の言葉とは違っていることも多い。よほどわかりやすく優秀な結果を出さない限り、外国人の立場で現地の人間並の扱いを受けることは簡単ではないだろう。

それでも「海外に移住して勝ち組で優雅な生活してます」といった顔をしている人がいる。これはどういうことなのか? 彼らをよく見るとわかるが、オンライン上で日本語で日本文化に根ざしたビジネスで日本人相手に「日本円」を稼いで現地の生活費に使っているだけに過ぎず、海外で現地の人を相手に現地通貨の獲得に成功しているわけではない事例も多い。

別に悪いことをしているわけではないし、生き方はその人の自由なので批判をする意図はない。しかし、彼らに憧れて海外移住するだけでは、その再現性はほぼ皆無であることには十分な注意が必要である。

もちろん、現地の人と競ってしっかり勝つビジネスマンや研究者、スポーツマンもおり、それはすごいとしか言いようがないが、その領域に「日本がオワコンと聞いて慌てて海外移住にきました」という志の人間が至るのは現実的に難しいと言わざるを得ないだろう。

生活費は安くない

海外移住についての意見を見ると「海外なら数万円で生活ができる」といったものがある。安い金額に釣られていってみるとこうした提案は現実離れしていることが往々にしてあるので注意が必要だ。

まず、先進国は軒並み選択肢から外れる。特に数年前からドルやユーロは円より高く、また圏内はインフレ著しく2022年より落ち着いたとはいえ、日本より生活費を安くすることは難しい。先進国への移住は現地通貨を稼げるビジネススキル他、ビザなど準備が必須となる。

そうなると選択肢は新興国になる。「セキュリティや生活の快適性はお金で買うもの」という概念を考えると、日本の東京レベルの快適で安全な生活を送るとなると結局、日本に住むのとそこまで変わらなくなる。加えて、「日本は税金が高い」という話も無税や税金が安い国はセキュリティやインフラの整備に問題があるので、プラスアルファの出費につながる。それなら最初から日本に住む方が安上がりだろう。

ひところ流行った「バンコクなら月額5万円で生活ができる」みたいな話だが、現実的にはバンコクではなく田舎にいって相当切り詰めなければ難しいという意見も多い。

自分が思うにすでに日本で十分安く生活ができる。自分は日本の田舎で生活をしているので肌感覚でわかるのだが、田舎へ行けば割安の生活は簡単である。築古を許容できれば、月2万円台のRCマンションなんていくらでもあるし、移動は自転車とバスを使い、自炊すれば5万円以内に抑えられる。それでいて治安は世界トップクラスで水道の水もきれいでインフラも整っている。しかも労働にビザも要らない。リモートワークできるならそれで十分だろう。わざわざ海外へいってまで生活をする経済的合理性が見当たらない。

食事

もしかしたらこれが海外移住に及び腰になる一番の理由かもしれない。それは食事である。以下は完全に個人的な嗜好の話でまったく一般化できないが、かといって完全に無視できるほど小さい話でもない。

「食事ごときで何をいう」という反応があるかもしれないが、食事は想像以上に大きい。特に自分のように「毎日一番の楽しみが食事タイム」という人間にとっては、日本の食材で作られた日本食を食べられなくなるというのは甚大なるダメージである。

また、自炊だけでなく東京へ行けば世界最高峰のレストランが集積している。この価値はお金で買うことはできない。海外旅行をして知名度の高いレストランや高級店も食べ歩いてみたが、生粋の日本人である自分には日本で食べられるよりおいしい食事ができる場所を見つけることはできなかった。

節税目的で移住した知人の経営者は、海外では人間関係で横のつながりがない辛さ以上に、食の楽しみを失う辛さに耐えられなくて帰国を決めたといっていた。食事は毎日の習慣である。「カロリーが取れればどうでもいい」という人は別かもしれないが、食が人生の楽しみそのものの自分には食事の質が低下することは大きな苦痛を伴う。

結局、日本オワコン海外移住!と熱心に吹聴しているのは、それをネタに自分のビジネスで稼ぎたい商売人か、犯罪を犯して悪評が広まって日本にいられなくなった人か、不満を向上心に転換する代わりに愚痴にして国にぶつける他責思考の人が「比較的」多いと感じてしまうのだ。

 

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ビジネスジャーナリスト
シカゴの大学へ留学し会計学を学ぶ。大学卒業後、ブルームバーグLP、セブン&アイ、コカ・コーラボトラーズジャパン勤務を経て独立。フルーツギフトのビジネスに乗り出し、「高級フルーツギフト水菓子 肥後庵」を運営。経営者や医師などエグゼクティブの顧客にも利用されている。本業の傍ら、ビジネスジャーナリストとしても情報発信中。