北のマネーロンダリングに要注意を

北朝鮮は3日、アジア太平洋マネーロンダリング(Asia/Pacific Group on Money Laundering=APG)からオブザーバーの資格を剥奪されたことに対し、「同組織は米国の政治的道具となっている」と強い怒りを爆発させた。APGは先月24日、オブザーバーとしての義務を履行せず、協力姿勢がないことを理由に、全会一致で北朝鮮のオブザーバー資格を剥奪した。

ロシアのプーチン大統領への歓迎会を開催する金正恩総書記(2024年6月19日、クレムリン公式サイトから)

APGは1997年に設立され、マネーロンダリング(資金洗浄)対策やテロ資金調達の防止、大量破壊兵器の拡散防止に関する国際基準を実施することを目的とした金融活動作業部会(FATF)のアジア太平洋部門である。現在、APGはアメリカ、日本、中国など42カ国が加盟しており、韓国は1998年に加入した。

北朝鮮は2014年に不法金融と闘う国際的な努力へのコミットメントを示すためにオブザーバーとしてAPGに参加したが、過去6年間義務を履行してこなかった。国際条約の規範を違反したり、無視するのは今回が初めての事ではないから、ニュース性は乏しいが、APGから追放されることで、北側はマネーロンダリングや仮想資産の窃盗、ロシアとの違法な金融ネットワークの構築などの違法な金融活動を今後一層腐心するのではないかと一部で懸念されている。

朝鮮中央通信(KCNA)によると、北側の国家反マネーロンダリング・テロ資金対策調整委員会報道官は、「APGが米国の対北朝鮮敵対政策に追随し、北朝鮮の誠実な努力と透明な措置を無視している」と非難している。

そして「このグループが朝鮮民主主義人民共和国のオブザーバー資格を剥奪するという決定は、独立した正義ある主権国家を目の上のたんこぶと見なす米国の敵対政策に基づく必然的な結果である。国際関係の健全な発展や地域の平和と安全を促進すべきこのグループが、米国の世界支配を目指す手中で遊ばされる御用団体に成り下がったことを示している。我々は、このグループが米国の政治的道具に堕ちた以上、交流がなかったことを後悔していない」と述べている(韓国聯合ニュース日本語版)。

北朝鮮ぐらいになると、何でも理由にして反論できるものだ。なぜ、APGの現地訪問をこれまで認めてこなかったのか、なぜ年次報告を提出しないのかといった肝心な問題については沈黙するだけだ。

看過できない点は、北はなぜAPGのオブザーバーになったかだ。北側にはメリットがあったからだ。国際社会でのマネー・ロンダリング対策のノウハウに関する情報が入手できるからだ。麻薬や武器の密輸で外貨を稼ぎ、それをマネーロンダリングする北側にとって、反マネーロンダリングのノウハウを知ることは大きな助けだ。

マネーロンダリングをしている北をAPGに加盟させることは盗人にどのようにして警察の捜査から逃げるかを教えるようなもので、賢明とはいえないが、国際社会では北側を排斥するのではなく、抱擁するほうが得策だと考える国がいる。北朝鮮の真相を知らない懲りない国々だ。

実例を挙げよう。北朝鮮は2007年3月、3つの麻薬関連国際条約の加盟国となった。北朝鮮が加盟した国際条約は、「麻薬一般に関する憲章」(1961年)、「同修正条約」(71年)、「麻薬および向精神薬の不正取引に関する国際条約」(88年)の3件だ。

ウィーンに本部を置く国際麻薬統制委員会(INCB)のコウアメ事務局長(当時)は「北朝鮮政府が国際麻薬関連条約に加盟することを決定し、批准したということは、国際条約の義務を履行する決意があるからだ。平壌が国際条約加盟国として真摯にその義務を履行すると確信している」と述べた。

「国家ぐるみで麻薬犯罪に関与」を疑われてきた北が国際麻薬条約に加盟したことは当時、世界を驚かせた。

北朝鮮代表は当時、「わが国の政府は不法な麻薬製造、取引、乱用は健全な社会環境を破壊していると憂慮し、麻薬対策の為に国際連携を強化しなければならないと考えている」と主張し、「わが国は2003年8月に麻薬関連法を施行するとともに、2005年2月には麻薬対策国家連携委員会を設置してきた。わが国は既に麻薬関連の国際条約を完全に履行できる体制ができている」と宣言、国際条約の履行を約束している。

ところで、北の加盟後7年目の成果について、国連薬物犯罪事務所(UNODC)の専門家に質問したことがある。同専門家は、「残念ながら北側から年次麻薬報告書が提出されたことがない。質問事項を送付したが、何の返答も記述されずに戻ってきた」という。

UNODC加盟国は毎年、自国の麻薬状況、統計などを報告する義務を負っている。にもかかわらず、北側は加盟後、一度も自国の麻薬関連報告をウィーンに送ってきていないという。

APGのオブザーバーとなったが、その義務を果たさなかった理由で資格剥奪されたニュースを聞いた時、当方は直ぐに上記の国際麻薬条約加盟とその後の北朝鮮の義務不履行を思い出したわけだ。北朝鮮にとって国際条約とその関連規範などは自国にメリットがある限り、意味があるが、それがなくなった場合、全て無視する。北はその分野の常連だ。

問題は、APGから既に必要な情報、ノウハウを手に入れた北朝鮮のマネーロンダリングが今後、これまで以上に狡猾、洗練されたやり方で行われるだろうと予想できることだ。韓国当局は「国際機関や各国は北朝鮮の違法金融活動に対する監視を強化し、これを抑制するための共同の努力を深める必要がある」と警鐘を鳴らしている。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2024年10月日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。