財産、家屋を一瞬にして全て失う時:最大級ハリケーン「ミルトン」に思う

テレビでニュースを観ていて気が付いたことがある。最近、天災や人災、戦争で家屋や財産を一瞬にして全てを失う人が増えてきたことだ。最大級のハリケーン「ミルトン」が9日夜(現地時間)、米フロリダ州南部に上陸したというニュースが入ってきた。被災地周辺の住人はミルトンが上陸する前に窓に板を打ち付けている姿が放映された。ミルトンの前にハリケーン「ヘレナ」が上陸して、多くの住居を破壊していったばかりだ。海岸周辺に住む人々にとってハリケーンの襲撃は文字通り天災だ。人間の力では完全には防ぐことができないこともあって、テレビで映し出された人々には一種の諦めといった雰囲気が漂っていた。

ミルトンは2024年10月7日にメキシコ湾で急速に勢力を強め、カテゴリー5の強力なハリケーンに=米海洋大気庁(NOAA)公式サイトから

欧州ではウクライナとロシア間の戦争が続いている。多くのウクライナ人はポーランドやモルドバなど近隣に避難する人々がいる一方、ウクライナ国内に留まり、必死に耐え凌いでいる人々がいる。一人の老人は長年住んできた家がロシアのミサイルで破壊され、途方に暮れていた。人生の終わり近くでこれまで住んでいた家、家財などを失った老人は避難地に行くように促され、救援隊の車に乗る姿が痛々しかった。

当方が住んでいるオーストリアでも9月、豪雨と洪水が襲い、多くの人々が家屋や財産を失った。ニーダーエステライヒ州の中年の男性は「改築したばかりだったが、洪水で地下は水浸しになってしまった」と嘆いていた。

人生50歳を過ぎると、家、家財、それなりの蓄えがある人が多いが、ハリケーンが襲い、大洪水が発生すれば、それらの全てを飲み込んで破壊する。人間は嘆くが、生きていかなければならないので、涙を出し尽くすと立ち上がっていく。天災や人災に合わなかった人は被災者に同情し、消防士、カリタスなどの慈善団体の人々が救援に乗り出す。

人は富む人も貧しい人もそれなりで物を所有している。その中には貴重な思い出の物品や写真もあるだろう。それらが突然、破壊され、吹っ飛んでしまったのだ。生きてきた証でもあった貴重なものがなくなった場合、人はどれほど失望するだろうか。ハリケーンに怒りをぶっつけるか、政府の対策不足に抗議するか、敬虔なキリスト者ならば神に一言恨みを吐くか、さまざまな反応があるだろう。

仏教では「捨離」という言葉がある。自身の所有するものを捨て、それへの執着を捨てて生きていくことを教える。聖書のヨブ記で「わたしは裸で母の胎を出た。また裸でかしこに帰ろう。主が与え、主が取られたのだ。主の御名はほむべきかな」という世界に通じる思想だ。

旧約聖書の「ヨブ記」を読まれた読者も多いだろう。主人公のヨブはイスラエル人ではない。話も舞台もイスラエル人が住んでいた地域ではなく、中近東地域に伝わっていた民話だ。信仰深いヨブはその土地の名士として栄えていた。神は悪魔に「見ろ、ヨブの信仰を」と自慢すると、悪魔は神に「当たり前です、あなたがヨブを祝福し、恵みを与えたからです」と答えた。そこで神は「家族、家畜、財産を奪ったとしてもヨブの信仰は変わらない」と主張。それを実証するために、ヨブから一つ一つ神の祝福が奪われていった。理由なくして苦行に陥っていくヨブの姿にユダヤ人は驚いた。

イェール大学の聖書学者、クリスティーネ・ヘイス教授は「ユダヤ教では、いいことをすれば神の報酬を受け、そうではない場合、神から罰せられるといった信仰観が支配的だったが、ヨブ記は悪いことをしていない人間も試練を受けることがあることを記述することで、従来のユダヤ教の信仰観に大きな衝撃を与えた」と説明し、「ヨブの話は、苦境にある人に対し、安易に批判してはならないことを教えている」と述べていた。ちなみに、ヨブは神への信仰を守り、最後は昔以上に多くの祝福を受けるという話で終わっている。

現代社会にも多くのヨブのような人がいるだろう。理由なく、多くの試練に直面し苦難と戦わざるを得ない人々だ。一方、洪水やハリケーン、そして戦争などに直面し、全てを失った人々が出てきた。

ウクライナ国民や家屋をふっ飛ばされたハリケーンの被災者の姿をみるにつけ、私たちにとって何が最も大切かを考えさせられる。なぜならば、一瞬に全てを失うような天災、人災、戦争にいつ直面するか分からないからだ。

参考までに、キリスト教の観点からみたら、猛威を振るうハリケーンや大洪水は、私たちに新しく生まれ変わらなければならないことを教えているのかもしれない。古いものにしがみついていたならば、私たちは新生復活できないからだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2024年10月11日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。