政策提言委員・金沢工業大学客員教授 藤谷 昌敏
中国の経済安全保障は、国家の経済的な安全を確保するための政策や施策を指す。中国政府は巨大な市場と高い生産力を活用し、他国を依存させることで経済的優位性を獲得する戦略を立てている。
また、習近平政権は「総合的な国家安全保障観」を打ち出し、経済安全を人々の生活水準向上と製造業の高度化の目標として位置づけている。米中競争の激化により、中国がより能動的に行動する可能性も高まっており、潜在的な中国リスクが膨らんでいる。
エスカレートする中国のレアメタル規制
2023年7月3日、中国の商務部および税関総署は、「輸出管理法」「対外貿易法」「税関法」の規定に基づき、国家の安全および利益を守るため、ガリウムおよびゲルマニウムの関連品目に対して輸出管理を実施する旨を公告した。
公告では、ガリウムおよびゲルマニウムの関連品目について無許可での輸出を禁止するとした。輸出事業者はこれらの品目を輸出するに当たって、省レベルの商務主管部門を通じて商務部に申請を行い、エンドユーザーや最終用途の証明などを提出しなければならない。特に国家の安全保障に重大な影響を与える品目の輸出については、商務部は関連部門と共同して国務院の認可を得るものとされた。
同年8月1日、ガリウムとゲルマニウムの輸出規制が開始された。中国メディアの報道によると、対象となったガリウムとゲルマニウムは、いずれも中国における埋蔵量が多く、また中国が世界の主要な生産供給国になっているとされる。特にガリウムは、第2世代および第3世代の半導体材料に用いられる物質として紹介されていた(「環球時報」2023年7月4日)。
2024年に入ると、6月、国務院がレアアース管理条例を発表した。同条例によると、国内のレアアース資源保護の強化、管理体制の整備、産業の質の高い発展に向けた取り組み、産業チェーン全体の管理体制の整備、管理措置と不法行為責任の明確化などが定められた。また、EVなどの電池材料として使われるグラファイト(黒鉛)の輸出を許可制にすることが発表された。
さらに24年9月15日からレアメタルの一種であるアンチモニーが輸出規制の対象となった。アンチモニーは自動車や電子機器などの難燃剤として使われ、最近では太陽電池のカバーガラス向けの清澄剤(透明度を上げる効果)として需要が拡大している。
アンチモニーは、2024年、主産地であるミャンマーの内戦やロシアへの経済制裁により供給リスクが高まり、今回の中国の輸出規制により、一層の価格高騰が懸念されている。ちなみにアンチモニー生産に占める中国の比率は約48%で世界生産のほぼ半分を独占している。
これまで中国は輸出管理法が2020年12月1日に施行されて以降、両用品目および技術輸出入許可証管理目録以外の特定品目を対象とする輸出管理措置が行われ、商用暗号や高圧水鉄砲製品、過塩素酸カリウムに関するものなどにとどまっていた。
2010年中国レアアースの対日輸出規制の教訓
中国の対日輸出規制で思い起こされるのは、2010年に尖閣諸島沖で起きた中国漁船と海上保安庁の巡視船との衝突事件を受けて、中国がレアアースの対日輸出を事実上規制したことだ。その際に中国は、同措置を「環境保護のため」と説明したが、世界貿易機関(WTO)に協定違反と認定された。この経験から、今回は安全保障上の理由と説明したとも言われている。
また、2010年のレアアースの対日輸出は、中国にとって誤算の面があった。当時、日本は中国以外からの調達や代替素材への移行を急速に進めた。その結果、日本のレアアースの輸入の9割程度を占めていた中国の比率は、足元で6割程度まで低下した。中国は市場を失うとともに、需要後退によるレアアースの価格下落にも見舞われたのだ。
この時の苦い経験もあることから、今後、中国がどの程度厳格なレアメタルの輸出規制を行うかは不確実だ。
日本はどう対応するべきか
ガリウムについて言えば、中国が生産シェアの8割以上を握ってはいるものの、ガリウムはアルミニウム精錬の副産物として得ることができるため、他の国から入手することも可能だ。また日本では、リサイクルによる調達も多い。そのため、日本企業がガリウムをまったく入手できなくなってしまう可能性は低い。
だが、中国の輸出規制の影響で、既に価格は高騰していることや、アルミニウム精錬の副産物としてガリウムを得るにはコストがかかるため、生産コストの上昇が日本企業の打撃となる可能性は高い。
23年8月から9月にかけて、中国からのガリウムの輸出がゼロとなり、日本企業の中には、緊急に使用済み製品をリサイクル目的で買い集める企業もあった。24年9月現在、中国のガリウム輸出量は以前の半分以下に落ち込んでいるという。
今回、規制が発表されたアンチモニー以外にも、中国がサプライチェーンの主導権を握るレアメタルは多い。非常に硬度が高く軍事用にも使われるタングステン、アルミニウム合金などの添加剤に使われるマグネシウム、耐熱絶縁体として使われるシリコン、高温超電導体や磁性材料として使われるストロンチウムなどがある。
ただし、こうしたレアメタルの生産には環境リスクも伴う。例えば、内蒙古自治区包頭市では、レアアースの採掘の際、廃液、個体廃棄物、排ガスを垂れ流してきたことで、飲用水が汚染されるなどの深刻な環境破壊を引き起こした。今後、環境保護コストは高まる一方で、レアアースの価格の高騰は避けられない状況だ。
中国のレアメタル規制を放置すれば、日本の国家目標でもある半導体戦略にも著しい障害が出ることは明白だ。我が国は、経済安全保障の観点からもサプライチェーンの多様化を一層進め、中国一国への過度な依存を避けなければならない。
【参考】
・「商務部、レアメタル2種の関連品目に対する輸出規制を発表、8月1日から実施」2023年7月4日、JETROビジネス短信
・木内登英「中国の半導体素材の輸出規制が始まる:今後の拡大リスクを占う観点からその運用姿勢を見極める必要」2023年8月1日、NRI.
・「レアメタル供給制約強く、中国がアンチモニー規制」2024年9月8日、News Forecast.
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藤谷 昌敏
1954(昭和29)年、北海道生まれ。学習院大学法学部法学科、北陸先端科学技術大学院大学先端科学技術研究科修士課程卒、知識科学修士、MOT。法務省公安調査庁入庁(北朝鮮、中国、ロシア、国際テロ、サイバーテロ部門歴任)。同庁金沢公安調査事務所長で退官。現在、JFSS政策提言委員、経済安全保障マネジメント支援機構上席研究員、合同会社OFFICE TOYA代表、TOYA未来情報研究所代表、金沢工業大学客員教授(危機管理論)。主要著書(共著)に『第3世代のサービスイノベーション』(社会評論社)、論文に「我が国に対するインテリジェンス活動にどう対応するのか」(本誌『季報』Vol.78-83に連載)がある。
編集部より:この記事は一般社団法人 日本戦略研究フォーラム 2024年10月11日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は 日本戦略研究フォーラム公式サイトをご覧ください。