イスラエルとイラン間の「神経戦」:報復はなぜ遅れているのか?

先ず、以下のテヘランからの外電とクレムリン公式サイトに掲載された記事を読んでみてほしい。

①「イランはすべての便で乗客がポケベルやトランシーバーを持ち込むことを禁止した。ISNA通信によると、イラン航空当局の報道官は12日、新たな命令は機内持ち込み手荷物とスーツケースの両方に適用されると述べた。乗客は携帯電話のみを機内に持ち込むことができる。9月にはレバノンでイランと同盟を結んでいるヒズボラ民兵組織の多数のポケベルやトランシーバーが爆発した。少なくとも39人が死亡、約3000人が負傷し、中には重傷を負った人もいた。犠牲者のほとんどはヒズボラのメンバーだった。イランは、宿敵イスラエルとの戦いにおいてヒズボラの最も近い同盟国だ。両者ともポケベル攻撃はイスラエル特務機関モサドのせいだと主張した。イランがイスラエルを攻撃したことによって、同様のモサドの作戦がイランに対しても実行される可能性があると懸念している」

イランのペゼシュキアン大統領と会見するプーチン大統領(2024年10月11日、クレムリン公式サイトから)

②ロシアのプーチン大統領は今月11日、トルクメニスタンの首都アシガバットでイランのペゼシュキアン新大統領と会見した。
プーチン氏「大統領閣下、お会いできて大変嬉しく思いますし、本日議題にある諸問題についてお話できることを楽しみにしています。イランとの関係は私たちにとって優先事項であり、非常に順調に発展しています。今年は貿易が成長しています。昨年見られた減少から完全には回復していないものの、全体的な傾向はポジティブです。私たちは国際舞台で積極的に協力しており、進行中の出来事に対してしばしば同じ、もしくは近い見解を共有しています。これについても本日話し合うことになるでしょう。イランは上海協力機構の正式メンバーとなり、BRICSにも加盟しました。10月23日と24日にカザンで開催されるBRICSサミットでお会いするのを楽しみにしており、その際には二国間会談も行う予定です。改めて、お会いできて非常に嬉しいです」(プーチン氏は今年4月16日にもライシ前大統領=飛行機事故で死亡=と電話会見した)

イランのマスード・ペゼシュキアン大統領「本日お会いできて私も嬉しく思います。おっしゃる通り、我が国両国は関係拡大に向けた誠実で真摯な努力を行っており、文化的、経済的、そして人的なつながりを着実に強化しています。イスラム革命の最高指導者の意思を考慮し、私たちは今後、関係をさらに改善し強化していく必要があります。この目標を達成するための多くの機会があり、互いに助け合うことが我々の義務です。我々は共通のビジョンを共有しており、国際的な立場においても多くの共通点があります。私たちもBRICSサミットへの参加を楽しみにしており、その議題にある文書を承認し、署名するために必要なすべてのことを行います」

ロシアとイラン両国はウクライナ戦争が勃発して以来、軍事的、経済的関係を急速に深めている。ちょうど、ロシアと北朝鮮両国関係のようだ。イランはモスクワに無人機やミサイルなどを提供し、ウクライナ戦争で武器不足に悩むロシア軍を支援していることはよく知られている。今回は武器支援問題ではなく、対イスラエル軍の報復攻撃へのロシアからの軍事支援問題が焦点となったはずだ。

レバノンのイスラム教シーア派の武装組織「ヒズボラ」の最高指導者が先月27日、イスラエル軍の空爆で死去した。ヒズボラを支援してきたイランはその直後、イスラエルに報復攻撃を行い、約200発の弾道ミサイルをイスラエルに向けて発射した。それを受け、イスラエルはテヘランに対し、「必ず報復する」と宣言した。それから2週間以上が経過したが、イスラエル側はまだ報復攻撃に乗り出していない。

イランのペゼシュキアン大統領の就任式が7月30日、テヘランで行われたが、その直後、ゲストとしてテヘランに宿泊していたパレスチナ自治区ガザを実効支配するイスラム過激テロ組織「ハマス」の最高指導者ハニヤ氏がイスラエルによって暗殺された。そして9月27日、レバノンのイスラムシーア派武装組織「ヒズボラ」の最高指導者ナスララ師がイスラエル軍の空爆で殺された。イランは、イスラエルがイランの最高指導者ハメネイ師を暗殺し、聖職者支配体制を崩壊させるのではないか、という不安に悩まされている。イラン側は最高級の警戒態勢を敷いている。ロイター通信は先月28日、「ハメネイ師がより安全な場所に移動した」という記事を発信したばかりだ。

ところで、イスラエル側の報復攻撃がなぜ遅れているのか。中東紛争のエスカレートを恐れるバイデン米政権からネタニヤフ首相へ圧力がかかっているのではないか、といった憶測が流れているほどだ。ただ、明確な点は、イスラエルはイランへの報復攻撃を緻密に計画中だということだ。それを知っているイラン側は一層神経質になっているわけだ。イラン側は「イスラエルが報復攻撃すれば数倍の攻撃をする」と威嚇する一方、イスラエル軍の報復攻撃への危機管理に乗り出している。空港でのポケベルや無線機の持ち込み禁止もその一つだ。イラン新大統領のプーチン大統領との会見もその枠組みで行われたはずだ。

それでは、イランはロシアから何を願っているのか。考えられることは、ロシアの軍事衛星からのイスラエル軍の動きに関する情報提供、対空防衛システムへの支援などだ。同時に、イスラエルがイランの核関連施設を攻撃した場合の対応についてもロシア側の助言を求めたはずだ。

イランは「ハマス」、「ヒズボラ」、イエメンの反体制派民兵組織フーシ派へ武器、軍事支援をし、シリアの内戦時にはロシアと共にアサド政権を擁護するなど、宿敵イスラエルへの攻撃を繰り返してきた。そのイランとイスラエルが正面衝突すれば、中東全土に大きな衝撃が生じるのは必至だ。

ちなみに、イスラエルの対ハマス、対ヒズボラは国家対民間武装勢力(テロ組織)の戦闘だが、イスラエルとイラン両国の戦闘は国同士の戦争を意味する。両国はもはや引き下がれなくなる。

イスラエル側の立場を考えてみよう。イスラエルはイランの軍事攻撃への報復という名目でイランの核関連施設を爆破できる機会を得たのだ。イランの核兵器製造を最も恐れているのはイスラエルだ。2002年、イランの秘密核開発計画が暴露されて以来、イスラエルは核関連施設へのサイバー攻撃を実施する一方、核開発計画に関与する核物理学者を暗殺してきた。例えば、2010年、「スタックスネット」と呼ばれる、米国とイスラエルが共同開発したコンピュータウイルスが、イランのナタンズのウラン濃縮施設を攻撃した。同サイバー攻撃でイランのウラン濃縮活動は数年間遅れたといわれた。また、2012年にはイランの核科学者、モスタファ・アフマディ=ロシャン氏が、テヘランで車に取り付けられた爆弾で殺害された。また、イラン核計画の中心的人物、核物理学者モフセン・ファクリザデ氏が同じように暗殺された。

イスラエルは今回の機会を逃すことはないだろう。イランはウラン濃縮活動を加速し、高濃度ウランの増産を進めている。例えば、2023年1月、濃縮ウラン83.7%の痕跡がイラン中部フォルドウの地下ウラン濃縮施設の検査中に発見された。イランは数カ月以内で核兵器を製造できる段階にきている。イスラエルがイランの核施設を今回破壊しなければ、イスラエルは核兵器を保有するイランと向かい合わなければならなくなる。それゆえに、イスラエルは慎重な準備が必要となるわけだ。イスラエルは2007年9月、シリアの建設中の核関連施設(ダイール・アルゾル施設)を爆破したことがあるが、イランの場合、ナタンツやフォルドウの核施設を空爆した時の被害状況が予測できない。また、ロシア側の軍事干渉も無視できない。

イスラエル軍がそれらの難問をクリアしてイランの核関連施設を攻撃するか、近日中にも判明するはずだ。それまでイスラエルとイラン間で神経戦が展開するだろう。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2024年10月14日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。