9月雇用統計はサームルール懸念を駆逐

Shen

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誤解を解いた9月分雇用統計

8月月初に金融市場を震撼させた「サームルール」はすっかり誰も話題にしなくなっている。本ブログは7月分の雇用統計が悪かった当初から「サームルール」のトリガーに懐疑的であった。

前回の記事では、

  • サームルールが発動した背景の大半は解雇ではなく労働者供給増によるもの
  • サームルールの背景にある消費減、雇用減のスパイラルが走り出すとは限らない
  • 直ちに景気後退に繋がるわけではないが、労働需要は徐々に減速はしている
  • 新規失業保険申請件数は解雇件数に近く、失業率の乖離は説明可能
  • 賃金インフレにだけはならないだろう
  • 75bpの調整利下げの後に控えているのも利下げ
  • 従って50bp利下げは催促に応じないとクラッシュするほどではないが合理的
  • サームルールだけを見て景気後退が避けられないと見るのは時期尚早

としており、差し迫った景気後退懸念を正面から否定した。

実際、サームルールの世界観が示すような「失業率が上昇した分の消費減が更に失業率の上昇を呼ぶスパイラル」は全く示現しなかったのである。それどころか、10/4に発表された9月分雇用統計では非農業部門雇用者数(NFP)、失業率、平均時給が一斉に反発している

これが金融市場ではなかなかのゲームチェンジャーとなり、8月にはハードランディングを懸念していた市場参加者が一転してノーランディングを懸念するようになった。

本ブログであらかじめ雇用統計の悪化サイクルの中身まで分析していれば、急改善をピンポイントで予想まではできないにしても、慌てるほどの意外さは感じなかったのではないか。元々、米国の雇用環境は大して悪くないのである。

雇用統計の前座

雇用統計の前座として様々な指標が先に発表されており、にもかかわらず雇用統計の改善が青天の霹靂だったという市場参加者がいたとすれば勉強不足と言うしかない。先だって発表されたJOLTSでは既に求人数が少し反発を見せていた。

雇用統計との相関が薄いと批判されがちなADP民間雇用者数も久々に反発した形となった最も新しい新規失業保険申請件数(Initial Jobless Claims)は増加したものの、これは後述の通りハリケーンの影響であり、4週平均で見るとまだ減少トレンドにある。

前回の記事で我々はイニシャルクレームは失業率や雇用者数との相関が高くない理由も分析した。純粋に戦術的にも、ここまで通過してなおも雇用統計がリセッショナリーに出る方向にベットするのはサームルールの先入観に囚われすぎである。労働供給と需要の双方が動的なので、NFPと失業率は労働市場の景気を表すものとして(悪かった7月分も含めて)必ずしもインプリケーションが明瞭ではないが、需要サイドだけ見るにしてもJOLTSと平均時給は鉄板である

どう見ても堅調な雇用統計を見て早期の大幅利下げ織込みも一気に剥落することになる。先立って9月FOMCは50bpの大幅利下げで着地した。

雇用統計の悪化が加速するサームルールの世界観を否定しつつ、本ブログは50bp利下げの可能性自体は否定しなかった。「9月FOMCがどちらに出ようと、催促相場の要求通りにしないと本当にクラッシュするほど需要側に急激な変化はない」とした上で「9月になるかどうかはともかく50bp利下げ織込みには一定の合理性がある」と論証したのである。

その後に雇用統計が大きく反発したので9月FOMC時点の大幅利下げ期待は危うくなり、一時50bpまで織込まれていた11月利下げの有無まで揺らいできている。米国の長期金利も再び4%を突き抜けることになった。

賃金トラッカー

では、9月分の雇用統計をもって米国の労働市場は再び拡大、過熱に向かい、Fedは利下げパスを阻害することになるのか。それもまた極論である。

前回の記事では失業率の急激な上昇を無視するよう呼びかけつつも、労働需給が徐々に緩み続けていることまでは否定していない。JOLTSと同時に発表される離職率は賃金の先行指標とされているが低下が止まらない。景気が少し良くなったにもかかわらず労働者は転職によるキャリアアップを試みなくなっているのである。

アトランタ連銀の賃金トラッカーではついに転職者の賃金伸び率と非転職者の賃金伸び率がほぼ並んだ。これは転職によって得られる昇給の方が高いところから減速してきた結果であり、転職で著しく昇給できないなら当然離職率は低下する。もっとも全体の景気はまだよいので、転職しなくても労働者側はある程度の発言権を維持しており、非転職者の賃金伸び率も健全に維持されている。

失業者の内訳分析

また、失業率の上昇の「背景の大半は解雇ではなく移民流入による労働者供給増によるもの」と前回の記事は決め付けていたが、失業者の内訳を更に詳細に見ていくと、大半とは言いすぎであった。

2022年以降、新規参入の失業者は確かに増えつつあるが、やはり仕事を失った失業者と再参入者の方が大きく増えている。つまり、流入した移民はたとえ洗礼のような失業期間を体験したとしてもそれはあまり長続きせず、新たに増えた失業者の大半は伝統的な失業であり、労働需要の弱まりを示唆している。

これは移民の流入が労働市場に与えた影響が小さかったと言いたいのではない。米国生まれの被雇用者はパンデミック前後でほとんど増えていない。それに対して、縮尺は左右で異なることに留意する必要はあるが、外国生まれの被雇用者は一直線に増えている。

移民労働者が労働需給の逼迫を防いできたが、そうやって労働需給が緩む過程で通常型の失業も増えてきた、というのが全体像である。

解雇界隈:失業保険申請とチャレンジャー

前回の記事でも少し触れたが、新規失業保険申請件数(Initial Jobless Claims)はチャレンジャー人員削減に半年弱遅行するのが本ブログの仮説である。

これはリストラや解雇の予定が発表されても、実際に労働者が解雇されるまでにタイムラグがあったり、退職パッケージ(severance package)が支給されることで失業保険受給資格の獲得が遅れたり、特にその場合は失業保険を申請する前にまず職探しを試す傾向があるためである。

仮にチャレンジャーを最先行だとすると、8月や9月にかけて人員削減が減ったわけではなく、むしろ春に一旦減った後に2023年前半、2024年前半の山の近くまで再び跳ねている。

ここから分かるのは解雇側のトレンドは今のところ一進一退であり、イニシャルクレームは年末にかけて20万人近辺に低下する場面がたとえあったとしても、その後は再び26万人近辺まで戻るだろう、ということである。

という中で最新の数字が26万人近くまで急増したのはハリケーンの影響と思われる。一般的に自分の予想より弱い数字を見たらすぐハリケーンのせいにするのは的外れの可能性が高いが、今回のケースはチャレンジャーとのダブルチェックにも耐えられるだろう。自然体のイニシャルクレームは20~22万人の間にあったはずだ。

労働需給とベバリッジ曲線

JOLTSと失業者数の比較で見ると一度は交叉しそうになったものの、9月の雇用統計で再びJOLTSが失業者数を引き離している。つまりJOLTSの減少トレンドが失業に与える影響が増幅され始める(ベバリッジ曲線の平坦化)直前で折り返した形となる。

これが短期的な反転ではなく、2022年以来の雇用減速が再加速に転ずる重要な反転であると主張する根拠は少ない。しかしJOLTSが減少トレンドから少なくとも一進一退に転じたことで、前回の記事で2024年末としていたベバリッジ曲線の平坦区間への突入は2025年以降に持ち越されることになる。

従って、2024年中の追加利下げは主に雇用ではなくパッシブ・タイトニングとインフレ減速の進捗によって正当化されるものとなり、年内に大幅利下げが繰り返される可能性は概ね排除される。

一方、これらの理由だけでも年内100bp程度の利下げまでは可能であり、単月の雇用統計を見て11月の25bp利下げまで取り下げられる可能性は懸念する必要がない。何もそこで右往左往してFedの信用を落とさなくても、2025年利下げ分にはいくらでも剥落の余地があるからだ。

となると2024年末時点の政策金利は4.3%に着地する可能性が大きく、従って米国長期金利の4.3%超えはたとえあったとしても何も考えずに目を瞑って債券を買える水準となる。

一方、中国発コモディティ・デフレの勢いもすっかり衰えた今、米国長期金利の3%前半突入もベバリッジ曲線の平坦区間入りを待つことになるだろう。

陰謀論

サームルールの正体を熟知している本ブログ読者にとっては9月の雇用統計の良さは特に驚きはないだろうが、雇用系の指標を勝手なイメージで、或いはもっと怠惰に最近の値動きで覚えていた人々の間では納得しがたいほどサプライズだったのだろう。

共和党陣営の一部はこの数字をフェイクと呼んだ。そうでなくとも大統領選の両陣営が活動員をたくさん雇ったため雇用統計がよく見えたのではないかという穿った見方が見られたが、NFPの業種別の数字も公表されているので、こういった陰謀論が入り込む余地は大きくない。

増えているのは主に教育、ヘルスケア、レジャー、ホスピタリティであり、この傾向は7月から一貫している。一方、選挙キャンペーン活動員の雇用主は多くの場合はNPOか広告代理店であり、前者は「その他サービス」、後者は「専門職・ビジネスサービス」に主に分類されるはずだ。どう考えてもレジャーではない。純粋な選挙の管理スタッフは「政府」にカウントされることもあるが、「政府」も「専門職・ビジネスサービス」も増え方は明瞭ではない。「その他サービス」は確かに増えたものの、NFPのトレンドを変えるほどの幅ではない。

一方、大統領選がもたらす将来の政策の不確実性のせいで「製造業」が減少したとする声もある。やはり経済指標をシングルストーリーで語り切ろうとするのは陰謀論と紙一重なのである。

【要約】

  • 9月分雇用統計はホームラン級の堅調さ
  • 7月分雇用統計から始まるサームルール懸念は消滅
  • 離職率は低迷しており、賃金インフレは依然遠い
  • 失業は「新しい移民が仕事を待っている」だけではなく、通常型も
  • 解雇件数は一進一退、近い将来の失業保険申請件数も同様だろう
  • 求人失業者数比率は1倍割れ遠ざかる、ベバリッジ曲線平坦区間も
  • 2024年は100bp利下げ実現可能、米国長期金利は3.5%~4.3%続く

編集部より:この記事は、個人投資家Shen氏のブログ「炭鉱のカナリア、炭鉱の龍」2024年10月17日の記事を転載させていただきました。