石破首相待望論の謎
自民党総裁選のたびに石破首相待望論が浮上し、今年に入ってからもマスコミ各社の世論調査で石破茂氏が常に「首相にふさわしい人物」の上位に位置していた。ところが、いざ石破内閣が発足するや支持率は2000年以降の歴代内閣で最低を更新した。
いったい石破首相待望論とは何だったのか、と首をひねる人は多いはずだ。
こうなるのには理由があり、こうなるのがわかっていて一部のマスコミは世論調査を行なっている。世論調査を使い世論と政局を誘導するマスコミは、仰々しく名前が取り沙汰される人々より強力なキングメーカーと言えるかもしれない。
本稿では石破首相待望論の正体を解き明かすとともに、マスコミが行う世論誘導について考察する。
世論調査はどのように行われているのか
マスコミの世論調査には、主にランダムな数字の組み合わせで電話をかけ毎月1回行う定期調査(有効回答数1000件余り)と、緊急事態などが発生したとき行う調査の2種類があり、「首相にふさわしい人物」や内閣を支持するか否かの調査は定期調査に質問項目が含まれている。
ランダムな数字の組み合わせで電話をかけるRDD(ランダム・デジット・ダイヤリング)法は、意見を表明するのに消極的な人からも回答を得られる利点があるとされる。たとえばSNSで「回答募集」を呼びかけて調査サイトへのリンクが用意されたとき、アクセスするのは積極的に答えたい人だけだ。だが、いきなり電話がかかってくる方法なら、特に意見を届けたいと思っていない人も調査できると期待されている。
また調査を行う際に報道機関名が告げられても、特定の新聞社や放送局に向けられる好悪が回答するか否かの判断に影響しないとされている。
この通りなら各社の調査結果はほぼ同じになるはずだが、結果が横並びにならず10%程度の差がつくのは珍しくない。これは質問方法が違うためで、なかでも「重ね聞き」と呼ばれる問いかけの有無で大きな差が出る。
「わからない」と答えた人に重ねて「どちらかと言えば支持ですか、不支持ですか」と質問すれば自ずと「わからない」の割合が減る。
世論調査を行なう報道機関の公式見解をまとめると以上になる。
しかし実際には、突然の電話調査に時間を割いて回答するのは態度表明に積極的な人々であるし、しかも新聞社や放送局に対しての好悪が回答の有無に関係しないというのは実情からかけ離れている。報道機関への不信感が強くなって世論調査に影響していると専門家は見ていて、一般の人々の実感もこの通りだろう。
国民の考えを反映する、適切なサンプリングが行われていない可能性があるのだ。しかも重ね聞きをすれば、ますます実態とずれて誇張された結果になりかねない。
さらに固定電話の加入率低下と、携帯電話併用法を含め未登録電話番号に出ない人の増加によって回答層に偏りが出ている。併用法によって以前より若年層の回答が増えていると言われるが、見知らぬ電話番号への警戒心が強い女性層を中心に回答率が減っている。
最近、携帯電話番号へのショートメッセージ送信機能を使って回答用ページへ誘導する手法も使われ始めたが、詐欺サイトに誘導されるのではないかと懸念して回答しない人が多い。マスコミ不信のない答えたがりの人が多く参加する調査で、「首相にふさわしい人物」に序列をつけているのだ。
この人たちの横顔を考える上で参考になる調査がある。
NHKが2022年に全国の10代から70代までの3000人に対して行った政治意識調査では、「政治にあまり満足していない」「まったく満足していない」の合計が74.4%を占め、このように思う理由としてあてはまるもの3つを選択させると「政党や政治家が信頼できない」42%、「政治家の質が低い」40.8%、「政治家によいイメージがない」39.8%が上位3位だった。
石破氏への奇妙な反応が生じた経緯
なぜ石破首相待望論だったのか。それなのに、なぜ石破氏が首相になると内閣支持率が低迷したのか。発足時を比較すると、時事通信の調査で石破内閣は28.0%、岸田内閣は40.3%、菅内閣は51.2%、第2次安倍内閣は54.0%で、2000年以降の最低はこれまで森内閣の33.3%だった。
石破氏は地方に暮らす自民党支持の高齢者に人気があり、高齢者は固定電話にかかってくる世論調査に忌避感が少ないため、石破氏支持の割合が高まったとする説がある。だが、これでは発足と同時に内閣の支持率が低迷した理由を説明できない。
思い出してもらいたいのは、どのような人々が世論調査に回答しているかだ。石破氏が首相にふさわしい人物とされたことと、内閣への支持率が28.0%と目も当てられないものになった答えは、回答者の実像にある。
石破内閣の支持率が低迷した理由は、石破首相と内閣に期待できるものがなかったからだ。これ以外に理由はない。「石破内閣を支持しますか」と問われて、過去の内閣や理想とする内閣像と比較して期待できないと回答したのは、政治不信の人を75%程度も含む集団で、彼らにとって失望の程度が大きかったというだけだ。
ではなぜ、政治不信層から石破首相誕生が待望されていたのか。
これもまた、あまりにも単純な原因から生じたものだった。
大多数の国民にとって政治家への認識は、報道が伝える情報によって形作られる。記者の信念が記事の書きぶりに影響を与え、マスコミは特定の政党や政治家を常に批判する。首相は批判されっぱなしで、保守的傾向が強いと目される政治家も醜悪な人物として伝えられがちだ。
逆に自民党の非主流派は報道される機会が少ないので粗が目立たないだけでなく、主流派に批判的であればあるほど好意的な報道が増える。石破氏は大臣経験者であるため人々に存在が知られているうえ、長期政権となった安倍政権への批判を繰り返し、これをマスコミが好意的に報道した。
マスコミが石破氏に政治家としての正当性を授けたのだ。
世論調査に答えるのは、報道機関への不信感がない人々が多かった。報道の通りに、石破氏を清廉潔白かつ論理的に権力者を批判できる人と理解している層だ。さらに政治に不満があり、政党や政治家が信頼できない人たちである。
彼らが「首相にふさわしい人物は誰か」と問われたら、限られた選択肢の中から他の人々と比較して石破氏を支持するのは当然だ。石破氏を基準にして、他の人々を減点するように回答しているとも言える。
こうしたなか保守色が強く、安倍氏との関係が濃厚とされ、マスコミが批判しがちだったにも関わらず、高市早苗氏が首相にふさわしい人物として上位につけたのは異例の事態だった。
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以降、続きはnoteにて
編集部より:この記事は加藤文宏氏のnote 2024年10月22日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は加藤文宏氏のnoteをご覧ください。