「建国記念日」での外交上の不都合

オーストリアでは先月26日はナショナルデー(建国記念日)だった。ウィーンの英雄広場で慣例の式典が挙行されたが、その式典に招かれたオーストリア駐在のイラン武官が米国やカナダからテロ組織に指定されている「イラン革命防衛隊」(IRGC)に所属しているという指摘が飛び出し、オーストリアは説明に追われている。オーストリアの日刊紙スタンダードは10月30日付で「イランの駐在武官は普通のゲスト?」という見出しで大きく報道した。

建国記念日の式典が挙行された英雄広場に集まる国民(2024年10月26日、ウィ―ンで)

オーストリアは自国の建国記念日を祝う時、会場の英雄広場には外務省から認定された外国の駐在武官が招待される。駐在武官とは、派遣国において自国の軍事外交の最高責任者を務める立場だ。国防省のミヒャエル・バウアー広報官は、「一般的な手続きであり、全ての認定された駐在武官には、外国に駐在するオーストリアの武官と同様の外交的権利が付与される」と説明。国内では数十名の駐在武官が認定されており、オーストリアも同様の武官が海外に派遣されているという。

ところが、式典から数日後、イランの駐在武官が映った動画がソーシャルメディアで注目を集めたのだ。世界ユダヤ人会議の執行委員ビニ・グットマン氏は「この代表者はイラン革命防衛隊のメンバーだ。同隊はイランの聖職者政権を支え、国外のテロ組織や親イラン勢力を支援・訓練・資金提供していることで知られている。そのような武官を建国記念日に招くことはスキャンダル以上だ」と発言し、オーストリア側の外交的手落ちを批判したのだ。

米国は2021年、カナダは今年に入り、IRGCをテロ組織に指定している。欧州議会は昨年、革命防衛隊をテロ組織リストに加えることを支持している。すなわち、米国やカナダがテロ組織に指定し、EUもその方向で協議している時、そのIRGCメンバーの可能性が指摘されてイランの駐在武官がオーストリアの建国記念日に参加していたということだ。中立国を国是とするオーストリアとしては少々不味い。イランが数日前、ドイツとイランの2重国籍者ジャムシド・シャルマド氏を処刑したばかりということもあって、イランへの批判の声が一層高まっている時だ。

国防省は現時点で、イランの駐在武官が革命防衛隊の一員かどうかを把握していないと弁明している。ちなみに、外務省での認定には各人を対象とした安全保障当局の審査が必ず行われる。外務省は現在、イラン武官の件は内部で調査中という。ただし、外務省側の説明では、招待方針には国際情勢が考慮されることはないという。全ての認定された駐在武官は招待されており、ロシアや北朝鮮は現在オーストリアに駐在武官を置いていないから参加しなかっただけだ、といった具合だ。

バウアー広報官によれば、駐在武官は年間におよそ6回程度の行事に招待されており、大規模な演習なども含まれるという。なお、軍事的に中立なオーストリアは現在、イランに駐在武官を置いている数少ない欧州の国だ。

パレスチナ自治区のイスラム過激派組織「ハマス」はイスラエルにミサイルを発射するが、そのミサイルはイラン側の支援によるものだ。シリア内戦では守勢だったアサド政権をロシアと共に支え、反体制派勢力やイスラム過激テロ組織「イスラム国」(IS)を駆逐。イエメンではイスラム教シーア派系反政府武装組織「フーシ派」を支援し、親サウジ政権の打倒を図る一方、モザイク国家と呼ばれ、キリスト教マロン派、スンニ派、シーア派3宗派が共存してきたレバノンには、イランの軍事支援を受けたシーア派武装組織「ヒズボラ」がいる。その中心的役割を果たしているのがIRGCだ。

なお、IRGCは石油とガス産業、建設と銀行だけでなく、農業と重工業にも食い込んでいるコングロマリットを所有している。豊かな資金源を背景に、テロ活動を実施している。米国は2020年1月、イラクでイラン革命防衛隊(IRGC)司令官だったカセム・ソレイマニ将軍を無人機の攻撃で殺害している。

ちなみに、オーストリアはナチス・ドイツ軍に併合されて敗戦を味わい、10年間、連合国軍(米英ロ仏)4カ国の占領時代を経た後、1955年、当時のレオボルト・フィグル外相がベルヴェデーレ宮殿内で「オーストリアイストフライ(オーストリアが自由に)」と叫び、再び独立国となった。

ウィーン市の英雄広場では毎年、建国記念日の26日、連邦軍が戦車やヘリコプターを披露してウィーン市民に国防の実態を紹介している。多くの親子連れが見学にやってくる。文字通り、国民的祝日だ。それだけに、テロ組織のIRGC所属の駐在武官が参加していたとすれば、オーストリア側の危機管理が不十分と言わざるを得ない。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2024年11月2日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。