マンションの「眺望権」は認められるのか?

日経に「タワマン住人が『隣のタワマンが眺望を阻害』と提訴」という記事があります。名古屋千種区の42階建てタワマンの住民が同じデベロッパーがその隣地に39階建てのタワマンを建築するにあたり眺望権を侵害するという理由でデベロッパーを訴えたというのです。さて、この訴訟、原告の住民は勝訴するでしょうか?

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ずばり敗訴します。

ポイントは2つあると思います。まず、原告が今のタワマンの部屋を購入する際にデベロッパーがどのような説明を行ったかであります。これには文言で書いたものと販売員の口頭の説明の両方があるのですが、原告らは販売員から29階以上の建物は建たないという口頭の説明を受けたと主張しています。これは言った言わないの水掛け論で仮に販売員がそのような趣旨のことを言ったとしてそれがニュアンスなのか、確定事項として述べたのか、であります。

もしも原告が「隣地に似たような建物が建ち眺望が遮られるならこの部屋は買わなかった」というほど判断に重要な意味があるなら文章にさせるべきでした。もちろんデベロッパーはそんな覚書はかけないでしょう。

もう一点は新しいタワマンが立つ場所は原告の住むタワマンが建っている販売事務所があった場所であり、そこに将来別のタワーが建つことは購入時から既知の事実であったわけです。何階建てになるかはともかく、何らかの建物が建ち、将来一定の眺望が失われることは購入者はわかっていたのです。

ではもう1つのポイントである眺望権について考えてみたいと思います。

眺望権、つまり自分の部屋からの眺めに対する権利であります。似たような権利として日照権と景観権があります。日照権は法律で定められたものでこれは厳密に定義されます。眺望権と景観権の違いは眺望権が物件の所有者個人が特定にその眺望の権利を主張するのに対して景観権はその建物全体、ないし、地域まで含んだものであります。そして景観権が認められたことは実質的にないと理解しています。

今年5月にコンビニの上にそびえる富士山という景観がSNSで外国人を中心に話題となりその前面道路を横断する人が増え、危険状態になったために道路に黒い幕を張ってしまったことが話題になりました。あれは一種の景観権の範疇だと思います。そして管理する富士河口湖町が黒い幕を張り見えなくさせたわけです。もしも明白な景観権があるなら当然法廷上の争いになる可能性はあります。ですが、景観と安全どちらが大事かといえば安全であります。富士山とコンビニという組み合わせがSNS上でたまたま話題になっただけの一時的なブームであることも黒い幕が正当化された理由でしょう。

但し、黒い幕については個人的にはえげつないとは思います。もう少し品の良いアイディアはなかったのか、とは思います。

さて、眺望権のほうですが、これは購入者の個人的価値をどこまで認めるかという話です。過去あった裁判では多少分かれます。一つは建物が目の前に建ち、隅田川の花火が見られなくなったという裁判。これは損害賠償が認められています。理由は新しい建物を建てたのが同じデベロッパーで原告が入居後、すぐに工事が始まったからです。ただし、私には被告がどこまで戦う気があったのか疑問です。理由は購入者は目の前に建物が建つ情報を知りうる状態にあったと想定できるからで、購入者の不備は当然あったからです。とすれば私の勝手な想像ですが、小うるさいクレームは裁判所の判断に任せて金銭解決した方がクリーンだと考えた節はあります。

つまり「裁判所も使いよう」というやり口です。なぜかといえば私も高層マンションを8棟も建てたのであらゆるクレーム経験はあります。その中でどうやっても解決できないクレームはあります。その多くは理不尽な要求なのです。理不尽とは法的にも過去の判例的にも常識的にもその範囲を超える要求です。そのため、私は5度ほど裁判をしていますが、完全に負けたことはありません。むしろ、そこで少額の賠償で収まるならそれで縁切りした方が良いのです。

ではこの名古屋の裁判における眺望権。大阪で平成20年に全く同様の裁判があり、原告は敗訴しています。その時の裁判の判断は「眺望は所有者が絶対的な排他的、独占的権利を保証するものではなく、元来風物は誰しも共有する者である。タワマンの住民が享受した眺望はたまたまその時に独占できたものであり、それが永続的に独占できる権利を持つものではない」(意訳、要約)とあります。

そもそも眺望をどこまで指すのかこれがまたあいまいなのです。例えば上述の隅田川の花火という特定方向の特定のイベントを指せば比較的ピンポイントの判断ができますが、自分の部屋の窓から見渡せる全方向の眺望が左右だけでなく上下も含め「俺様のもの」というのは傲慢であります。

カナダで眺望を確保したい場合、前に絶対に建物が建たない物件を選びます。さもなければ目の前に遮るものが将来できるかもしれないというリスクは常に抱え、多少の眺望を確保するための事前交渉は可能ですが、建てるな、とは言えないものです。

名古屋の原告の方は39階に住んでいるそうで、高層階になるほど高いお金を払っているという主張もしているようですが、その高いお金には眺望を独占するだけの金額は含まれれていないと考えられます。眺望がブロックされてそれほどいやならば今の物件を売って次の物件に買い替るほうがストレスレスだと思います。

では今日はこのぐらいで。


編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2024年11月8日の記事より転載させていただきました。

会社経営者
ブルーツリーマネージメント社 社長 
カナダで不動産ビジネスをして25年、不動産や起業実務を踏まえた上で世界の中の日本を考え、書き綴っています。ブログは365日切れ目なく経済、マネー、社会、政治など様々なトピックをズバッと斬っています。分かりやすいブログを目指しています。