ロシア軍が2022年2月24日、ウクライナに侵攻して今月19日で1000日目を迎えた。
来年1月20日には退任するバイデン米大統領はここにきてウクライナへの武器支援を強化、これまで戦争のエスカレートを恐れて拒否してきた最大射程約300㌔の長距離地対地ミサイル「ATACMS」の対ロシア領土への使用をウクライナ側に許可した、というニュースが入ってきた。政策方針の変更は、北朝鮮兵士がロシアを支援するためにウクライナ国境付近に動員されていることを受けたものという。米紙ニューヨーク・タイムズとワシントン・ポスト紙が17日報じたもので、米政府はその情報の真偽については何もコメントしていない。長距離ミサイルの使用はウクライナ軍が今年8月、初めてロシア領土に越境しその一部を占領している北ロシア西部クルスク州に制限されるという。
欧州では「ウクライナ戦争で守勢を強いられてきたキーウ側にとってクリスマス・プレゼントのようだ」と受け取り、米独の主力戦車のウクライナ供与の時のように、「ゲームチェンジャー」となるのではないか、といった楽観的な論調もあるが、軍事専門家は大方「大きな変化はない」と冷静に受け取っている。
一方、ウクライナのゼレンスキー大統領は「何も言う問題ではない。ミサイル自身が語るだろう」と述べている。いずれにしても、米国が長距離ミサイルの対ロシア領への使用許可したことを受け、ドイツでは今、「なぜドイツはタウルス(空中発射巡航ミサイル)をウクライナに供与しないのか」といった圧力が再び高まってきている。
ドイツの主力戦車「レオパルト2」をウクライナに供与する際も、ショルツ首相は戦争のエスカレートを恐れることを理由に拒否した。最終的には、バイデン大統領との会談で米の主力戦車「Miエイブラムス」と「レオパルド2」をウクライナに同時に供与することで合意した経緯がある。それだけにバイデン大統領が許可したのだから、ドイツもタウルスをウクライナの供与すべきだという声が出てくるわけだ(「米独主力戦車のキーウ供与と『その後』」2023年1月27日参考)。
それに対し、ブラジルのリオデジャネイロで開催されたG20首脳会談に参加中のショルツ首相は記者団に質問され、「私の考えには変化はない。射程距離500キロのタウルスの供与はロシア側の反発を受け、戦争を激化させる恐れがある」と説明、タウルスの供与はないと強調している。ちなみに、独民間ニュース専門局ntvの電話調査ではドイツ国民の52%は供与に賛成、反対は48%だった。国民の意見がほぼ2分されている。
興味深い点は、バイデン大統領は来年1月には退任する身であり、ショルツ首相はドイツで来年2月23日に実施される連邦議会選では再選の可能性はほとんどない。すなわち、ウクライナに今回、長距離ミサイルの供与、対ロシア領への使用許可問題について、2人の米独首脳は来年上半期にはもはやその地位にいない政治家だということだ。その後は、米国ではウクライナ戦争を即停戦すると豪語するトランプ氏が再登場する一方、ドイツでは野党第1党の「キリスト教民主同盟」(CDU)のメルツ党首がショルツ首相の後継者となる可能性が高い。メルツ氏はタウルスのウクライ供与では英仏両国と同様、許可するのではないかと推測されている。ちなみに、フランスやイギリスは射程の長い巡航ミサイル(ストームシャドウやSCALP-EG)をウクライナ領内での使用に限定する条件付きで供与してきたが、米国に倣ってこの制約も撤廃される見込みだ。
ショルツ連立政権に参加している「緑の党」所属のベアボック外相は、バイデン政権の政策変更について「自衛権とは、病院にロケット弾が着弾するのを待つのではなく、発射される段階でこの軍事テロを防ぐことだ。ロシア側は常に欧州諸国を威嚇してきたが、実際は行動していない。欧州諸国の中にはロシア側の威嚇を恐れてロシアへの強硬政策に躊躇する国もあるが、欧州は今こそ、ロシアに戦争犯罪を繰り返すと許さないといった強硬姿勢を取るべきだ」と述べている。
それでは、ロシアの反応はどうか。クレムリンのペスコフ報道官は18日、「米政府の決定が確認されれば、米国がウクライナ紛争に関与しているという根本的に新しい状況が生まれる。米国は火に油を注いでいる」と非難している。
ウクライナには厳しい冬が到来する。ウクライナ東部・南部の前線ではウクライナ側は武器だけではなく、兵力不足で悩んでいる。ゼレンスキー大統領は新たに動員を考えているが、国内では長期化する戦争を批判する声や兵役逃れも出てきている。ウクライナ軍が長距離ミサイルをロシア領に打ち込んだとしても戦争の流れには大きな変化は期待できない。そのうえ、ロシア軍は3月以降、ウクライナ全土の発電インフラを集中攻撃。キーウや北東部ハリコフなどでは全ての火力発電所が損傷した。ウクライナ最大の民間エネルギー企業DTEKのデータによれば、ロシアはこれまでにウクライナの熱供給能力の最大90%を破壊し、数多くの変電所や複数の水力発電所は操業不能という。最良のシナリオでも、この冬、ウクライナ国民は1日平均5時間しか電力を利用できないだろうという(「電力不足で厳しい冬迎えるウクライナ」2024年10月12日参考)。
プーチン大統領はトランプ次期米大統領が職務を開始する前に、可能な限りの領土を奪い、停戦交渉を有利に運ぼうとするだろう。そのため、プーチン氏は犠牲を無視して攻撃を激化させている。英BBC放送とロシア独立系メディア「メディアゾーナ」が15日発表したところによると、ウクライナ侵攻からこれまでに7万8000人以上のロシア兵士が戦死した。実数はそれ以上で、ここにきてロシア兵の死傷者が急増しているという。
なお、EU外相会談では中国のロシア支援を批判する声が強まっている。ドイツ政府は、中国がロシアにドローンを製造・供給していると見ている。ベアボック外相は「これは結果を伴うべきだ」として、中国への制裁を示唆している。中国でのドローン製造は、ロシア・中国・イランの共同プロジェクトと見られている。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2024年11月20日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。