ドイツの主力戦車「レオパルト2」と米国の主力戦車「M1エイブラムス」のウクライナ供給が25日、両国でほぼ同時期に決定した。欧米の攻撃用戦車を要求してきたキーウにとって望み通りとなったが、米独の主力戦車がウクライナで実際活躍するまでにはまだハードルが控えている。「レオパルト2A6」の場合、ベルリンとキーウ間を16時間の車両輸送でウクライナまで運べるが、近代的な戦車を兵士たちが駆使できるまでには訓練が必要となる。ショルツ独首相は25日、「3カ月間~4カ月は必要だろう」という。一方、米国の「M1エイブラムス」の場合、「6カ月から9カ月の時間が必要」という。
ロシア軍は来月24日でウクライナ侵攻1年目を控え、軍の再編成を実施し、2月から3月にはウクライナに大攻勢をかける計画ではないかと予想されている。供与される米独主力戦車はその戦いには間に合わない。米独のハイテク戦車の供与は、ウクライナ戦局のゲームチェンジャーとはなりえないことはほぼ間違いないだろう。
オーストリアのインスブルック大学の政治学者ゲルハルト・マンゴット教授は、「欧米の主力戦車供与問題で明らかになったことは、ウクライナに軍事支援する欧米には統一した戦略的コンセプトがないことだ」と指摘する。バルト3国、ポーランド、英国、ルーマニアなどの国は、クリミア半島を含み、ロシア軍をウクライナの国境外に追い払うまで戦争を遂行すべきだと主張し、積極的な軍事支援を支持している。一方、ドイツは戦闘のエスカレートを警戒し、ロシア軍から全領土を解放するまで戦争を推進するという考えには懐疑的だ。
同教授は、「欧米の主力戦車の供与で戦争がウクライナ内に留まらず、欧州の他の地域に広がる危険が出てくる。一方、ロシア軍は戦いで厳しくなれば、戦略核など大量破壊兵器の使用などを考え出すだろう」と懸念している。
ウクライナのゼレンスキー大統領は25日夜の慣例のビデオメッセージで、主力戦車の供与を決めた米国とドイツに感謝する一方、「欧米の軍事支援には迅速性と量が求められる」と注文を付けることを忘れなかった。例えば、ドイツは「レオパルト2」を最初は14両、米国は31両と供与する数が少ないことに関連した発言だ。ロシア軍は性能は別として数千両の戦車を有している。欧米諸国がウクライナに戦車を支援するとしても現時点では300両を少し超える程度だ。数では依然ロシア軍が圧倒している。
同大統領は、「ロシア軍を完全に破り、ウクライナを完全に解放するまで戦いを続けていく」と表明している。同大統領は北大西洋条約機構(NATO)のイェンス・ストルテンベルグ事務総長との会談では「長距離ミサイルと戦闘機の供与」を要求している。ちなみに、ウクライナのアンドリーイ・メルニック外務次官(前駐ドイツ大使)はツイッターで、「F16、F35、ユーロファイターの戦闘機供与が勝利のためには不可欠だ」と、具体的に機種を挙げて要求している。
ショルツ首相は、「われわれはウクライナを最後まで支援し続ける」と表明してきたが、ウクライナ側と欧米諸国側には戦略だけではなく、戦争の目標について相違がある。戦争がさらに長期化した場合、その相違は表面化し、欧米諸国の中でウクライナ支援から離脱していく国も出てくるかもしれない。
世界は軍事大国ロシア軍の侵攻に直面するウクライナに巨額な経済支援、軍事支援を行ってきたが、ゼレンスキー大統領の側近の中には、贈収賄疑惑や、ロシアによる侵攻が続く中、ぜいたくな生活を送っていると非難される人物が出てきた。ウクライナは戦争前も政治家の腐敗汚職は大きな問題だった。政権内の人事刷新に乗り出したゼレンスキー大統領は24日、大統領の側近1人、副大臣4人、州知事5人を辞任させたばかりだ。ゼレンスキー大統領は武器の獲得に奔走するだけではなく、政権内の腐敗問題にも迅速に対応していかなければ、今後のウクライナ支援の行方に影響が出てくるだろう。
戦いは戦場だけではなく、フェイク情報を流して相手の弱さを叩き、結束を破壊させるハイブリット戦争の様相を一層深めてくるだろう。2024年3月の大統領選で5期目を目指すプーチン氏にはウクライナ戦争ではっきりとした成果が必要となる。プーチン大統領はあらゆる手段を使って戦争を有利にするために腐心するはずだ。それゆえに、ウクライナ戦争は戦闘開始1年目が過ぎる来月24日以降、さらに激しさを増すと予想せざるを得ないのだ。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2023年1月27日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。