ここにきて世界各地で不穏な動きというか、紛争や政変が多発してきている。ひょっとしたら、「世界の歯車が狂い出しているのではないか」といった漠然とした不安すら感じてきた。
「昔もそのような時代があったよ。特別なことではない」と慰めてくれる人がいるかもしれない。当方は45年余り欧州に住んできて、バルカン半島でボスニア・ヘルツェゴビア紛争、コソボ紛争を身近に目撃してきたが、それらの民族紛争は限定された地域で発生し、その原因も明らかだった。しかし、世界各地で紛争と戦争が同時進行している現代のような状況はなかっただろう。
当方が感じ出した時代の閉塞感は突然襲ってきたというより、ロシア軍がウクライナに侵攻して以来、じわじわと世界各地に広がってきたと思う。それに先駆け、中国武漢から新型コロナウイルスが発生し、あっという間にパンデミックとなった。これまで約700万人が感染して亡くなった。その後遺症は今でも続いている。
ポスト・コロナという言葉も聞かれ出したが、新型コロナウイルスの発祥地の中国側がコロナウイルスに関連する過去のデータを機密にしていることもあって、コロナウイルスへの脅威はまだ完全には終焉していない(「張永振氏の研究室立入禁止の理由は?」2024年5月2日参考)。
一方、ロシアのウクライナ戦争を契機に、世界各地で戦争が拡散し、多くの死者が出てきた。そして火の粉は中東に飛び、パレスチナ自治区ガザを2007年から実質支配するイスラム過激派テロ組織「ハマス」がイスラエル領に侵入し、1200人のユダヤ人を殺害、250人以上を人質に拉致するテロ事件が起きた。そしてイスラエルとハマスのガザ紛争、そしてレバノンの民間武装組織ヒズボラが紛争に関与して、戦場が拡大していった。
ハマスとヒズボラに軍事支援してきたイランもイスラエルに軍事攻撃をするなど、中東の紛争の火は鎮火するどころか、拡散してきた。シリアで反体制派過激派組織「シャーム解放委員会」がシリアの第2の都市アレッポを再占領し、アサド政権打倒に乗り出してきた。アサド政権はロシアとイランの支援を要請して苦境を乗り越えようとしている。
2024年は「選挙のスーパー年」だったこともあって、欧州でも欧州議会選、総選挙が次々と実施された。当方が担当する地域だけでもブルガリアやルーマニアで大統領選と議会選が行われたが、選挙後の政情はその前より不安定を増してきている。
ジョージア(前グルジア)では過去1週間、欧州連合(EU)への加盟を支持する国民による抗議デモが続いている。フランスでは内閣不信任が可決されたことで政情は混とん。「欧州の盟主」ドイツでは3党連立政権のショルツ政権が崩壊し、来年2月23にに早期総選挙の実施が決まったばかりだ。欧州では右派傾向が進み、欧州議会選でも極右勢力が勢力を伸ばした。ドイツでは極右「ドイツのために選択肢」(AfD)が伸び、オーストリアでは「自由党」が9月末の議会選でついに第1党に躍進したばかりだ。
それだけではない。欧州ではギリシャなどを除くと、いずれも国民経済が厳しく、欧州経済の原動力となるべきドイツ経済はリセッションから立ち直れずに苦労している。特に、輸出大国ドイツのカギを握ってきた自動車産業が中国市場の停滞、電気自動車(EV)への切り替えが遅れたこともあって、収益を大きく失った。フォルクスワーゲン社は工場閉鎖、生産一部停止まで追い込まれている、といった状況だ(「大変動期に突入した独自動車産業界」2024年11月4日参考)。
世界の政治、経済の行方を握る米大統領選ではトランプ氏が再選された。再選後、トランプ氏は‘アメリカ・ファースト’を実行に移し、米国に入る輸入品に対して特別関税をつけるなど、保護貿易指向を強めている。来年1月20日のトランプ氏の就任式を前に、第2期トランプ政権への対応のため世界は躍起となっている。
そのような中、韓国で3日、尹大統領が突然戒厳令を布告したが、その6時間後、戒厳令の撤回といったドタバタ劇を演じ、韓国のイメージを傷つけたばかりだ。韓国の6時間戒厳令のニュースを聞いて、当方は「韓国、お前もか」といった嘆きが飛び出してきた。
世界はグローバリゼーションの到来を歓迎したが、グローバリゼーションは一部の国や地域で経済成長を促進させたが、その恩恵は不均等に分配されている。特に、先進国と発展途上国、都市部と農村部、グローバル企業の利益と労働者の賃金の格差が広がっている。
富裕層がグローバリゼーションの恩恵を大きく享受する一方、低所得層や一部の国々はその利益をあまり享受していないため、社会的・経済的不平等が拡大している。この不平等が各国での政治的不安やポピュリズム、反グローバリゼーション運動を引き起こし、国際協力や自由貿易体制への不信感が強まっている。また、情報技術の発展は、グローバリゼーションを加速させたが、同時に「デジタルデバイド」(技術格差)を拡大させている、いった具合だ。
グローバリゼーションがもたらす多文化主義や国際協力に対する反発として、ナショナリズムやポピュリズムが多くの国で勢いを増してきた。こうした動きは、自国第一主義や国境の強化、移民政策の厳格化につながり、国際協力の妨げとなっている面がある。また、グローバリゼーションは、文化の均質化や西洋的価値観の普及をもたらし、多くの地域でローカルな文化やアイデンティティが脅かされている、という批判がある(文化的なアイデンティの危機)。
だからといって、目を閉じ、耳を塞ぎ、コンピューターやスマートフォンのスイッチを切っては生きていけない。世界のグッド・ニュースだけを受信できるアプリを開発すればいいが、誰がニュースを鑑定し、発信するか、といった別の問題が出てくる。共産政権下での情報の管理、検閲が如何に非人間的かを既に体験済みだ。
イエスは2000年前、イチジクの木を例に挙げて、「イチジクの木からこの譬(たとえ)を学びなさい。その枝が柔らかになり、葉が出るようになると、夏の近いことがわかる」(「マタイによる福音書」第24章)と語り、時の訪れを知れと諭したが、インターネットで結ばれている現代ならば、世界で何が起きているかは一目瞭然だ。問題はどうしたら時代の閉塞感を乗り越えることができるかだ。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2024年12月6日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。