このコラム欄で数回報告済みだが、「輸出大国ドイツ」の看板を長い間支えてきた自動車産業界は今、大揺れだ。国民経済は昨年からリセッション(景気後退)でマイナス成長を記録してきた。今年第3四半期は0.2%と微増だがプラス成長になったが、ドイツの国民経済がリセッションのトンネルを抜け出したわけではない。第3四半期がプラス成長だったと聞いたドイツ産業界関係者ばかりか、メディアも驚いた。なぜならば、「プラス成長といわれても、実質の国民経済は青息吐息の状況に変化ないばかりか、危機感はここにきて一層深刻化してきた」と感じているからだ。
英国の週刊誌エコノミストは昨年、ドイツの国民経済の現状を分析し、「ドイツは欧州の病人だ」と診断を下したが、ドイツの国民経済は今年第2四半期までマイナス成長が続いてきた。当方は「『メイド・イン・ジャーマニーの落日』?」(2023年9月8日参考)を書いたが、あれから1年以上が経過した今も、国民経済の状況は改善の兆しが見られないのだ。
ロシア産天然ガスの輸入に依存してきた欧州諸国、その中でも70%以上がロシア産エネルギーに依存してきたドイツの産業界は脱原発、再生可能なエネルギーへの転換を強いられるなど大きな試練に直面してきた。ショルツ政権が推進するグリーン政策に伴うコストアップと競争力の低下は無視できない。外国からの需要は低迷し、商品とサービスの輸出は減少し、輸入も停滞している。ドイツの産業界は専門職の労働力不足で生産性にも影響が出てきている。高いインフレ率とそれに伴う国民の消費・購買力の低下、失業率と労働市場の悪化がみられる、といった状況だ。
ちなみに、ドイツでは2023年4月15日を期して脱原発時代が始まったが、国民の80%が脱原発、それに伴うエネルギーコストの急騰に懸念を感じているというデータが報じられた。
ここではドイツの輸出大国を支えてきた自動車産業が停滞してきた要因を人工知能(AI)のChatGPTの手助けを受けて6項目にまとめた。
1.電動化シフトへの遅れ
ドイツの自動車産業、特にフォルクスワーゲンやBMW、ダイムラーなどは長らく内燃機関車を主力としてきたが、近年の気候変動に対する懸念から、世界的に電動車(EV)へのシフトが加速している。特にヨーロッパでは、EUが厳しい排出基準を課し、2035年までに新車の内燃機関車販売を禁止する方向に進んできた。この変化に対し、テスラなどのアメリカ企業や、中国のBYDといった電動車に特化した新興メーカーに先行を許し、ドイツの自動車メーカーは電動化シフトで遅れた。
2.中国市場の変動
ドイツ車の最大の購買先は中国市場だが、中国政府が国内の電動車メーカーを保護する政策を強化してきた。中国の自動車メーカーも技術と品質を急速に向上させているため、ドイツの自動車メーカーにとって中国市場の競争が一段と厳しくなってきている。特に電動車の分野で中国勢が急速に成長していることから、ドイツのメーカーはシェアを失い始めている。
16年間続いたメルケル政権時代、メルケル首相(当時)は12回、ドイツの経済界、特に、自動車メーカーのトップを引き連れて訪中している。中国はドイツにとって最大の貿易相手国だ。例えば、ドイツ車の3分の1が中国で販売されている。2019年、フォルクスワーゲン(VW)は中国で車両の40%近くを販売し、メルセデスベンツは約70万台の乗用車を販売した(「輸出大国ドイツの『対中政策』の行方」2021年11月11日参考)
3.半導体不足とサプライチェーンの問題
世界的な半導体不足もドイツの自動車産業に大きな影響を与えた。多くの部品に半導体が必要とされる現代の自動車において、半導体の供給が滞ることは生産の遅れを招く。加えて、新型コロナウイルスの影響や地政学的リスクにより、部品調達や輸送が不安定になっており、これが生産や販売に悪影響を及ぼしている。
4.人材と技術の転換
電動化とデジタル化の進展に伴い、新たな技術やデジタルスキルを持つ人材の需要が急増してきたが、従来の内燃機関を中心とした製造工程や技術に特化していたドイツの自動車産業では、スキルセットの転換が必要となってきた。具体的には、技術者の再教育や新たな人材の採用が急務となり、企業は大規模な再編を迫られている。
5.脱炭素化と環境規制
ドイツ国内では環境問題への関心が高く、政府も再生可能エネルギーの利用拡大や、排出削減に向けた政策を進めている。これに伴い、自動車産業には脱炭素化の圧力がかかっており、電動車以外にも水素燃料車など新しいエネルギー技術の開発が求められている。しかし、このような新技術への移行には多大な投資と時間が必要であり、自動車メーカーにとっては大きな負担となっている。
6.EUからの規制強化
ドイツはEUの一員として、EUが定める厳しい排出基準やエネルギー政策に従う必要がある。EUは気候変動対策を積極的に推進しており、二酸化炭素排出削減目標を設けている。これにより、自動車メーカーは一層の電動化を求められる一方で、技術開発や生産設備の更新に多額のコストがかかる。この規制強化も、ドイツの自動車産業が試練に直面する要因の一つだ。
欧州最大の自動車展示会「ミュンヘンIAAモビリティ」が昨年9月開催され、世界のトップメーカーが最新の電気自動車(EV)を展示した。展示場では中国のEV大手、BYDが新たな2車種を展示し、欧州のEV市場に本格的に進出してきた。EVの最新の技術ではアジア系メーカーが目立った。具体的には、充電時間の短縮や価格争いでメイド・イン・ジャーマニーのEVは激しい競争にさらされている。
なお、低迷が続くフォルクスワーゲン(VW)グループは、現在進行中の賃金交渉で、長年勤続している社員に対するボーナス支給の廃止も検討している。その一環として、勤続記念の報奨金が廃止される見込みだ。VWは賃金交渉において10%の賃下げを含むコスト削減策を進めたい考えで、経営陣は自動車メーカーとしての競争力の低下を懸念している。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2024年11月4日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。