PFASは私たちの日常生活に広く関わる化合物で、環境や健康への潜在的な影響が懸念されています。特に、日本では消防法による規制のため、屋内駐車場でのPFAS含有泡消火薬剤の使用が多く、これが環境問題となっています。一方、米軍基地の事例ばかりが報道され、国内の対応遅れや漏出事故への注目が不足している状況です。PFAS問題の包括的な解決には、法規制の見直しや代替品への移行が必要です。
PFASとは?
PFASは農薬、食品包装、カーペット、建材、化粧品、調理器具、防水衣料など様々な製品に含まれており、多くの産業用途に使用されてきた。汚染物質としてのPFASの発生源についてはっきりしていないが、筆者の専門は防火であり、この記事では消火に使用される泡消火薬剤による汚染の可能性について言及する。
世界保健機関(WHO)のがんに特化した専門的機関である国際がん研究機関(IARC)は2023年11月の会議でPFASのうちPFOAを「グループ1=発がん性がある」、PFOSを「グループ2B=発がん性の可能性がある」としている。
そもそもPFASとは何か?以下は環境省のウエブサイトにあったPFASに関する説明である。
有機フッ素化合物(PFAS)とは、有機フッ素化合物のうち、ペルフルオロアルキル化合物及びポリフルオロアルキル化合物を総称して「PFAS」と呼び、1万種類以上の物質があるとされています。
PFASの中でも、PFOS(ペルフルオロオクタンスルホン酸)、PFOA(ペルフルオロオクタン酸)は、幅広い用途で使用されてきました。これらの物質は、難分解性、高蓄積性、長距離移動性という性質があるため、国内で規制やリスク管理に関する取り組みが進められています。
米軍普天間基地における漏出事故
筆者の記憶ではPFASの問題がメディアで初めて大きく報道されたのは2020年4月に発生した米軍普天間基地における漏出事故である。
琉球新報によるとこの事故は基地内での海兵隊員によるバーベキューで格納庫内の泡消火設備が作動。最大で約22万7124リットルの消火水(泡消火薬剤を含む水溶液)が漏出し、その多くが基地外に放出され宜野湾市内の民間地にあふれ出したというものであった。
この事故以降、多くの人々はPFASイコール米軍基地という印象を持っているのではないか。
沖縄県の調査結果
沖縄県が2023年に県内の全41市町村で土壌調査をした結果、汚染源とみられていた米軍基地を抱える嘉手納町や北谷町などの自治体で高い値が検出されないケースが目立ち、米軍基地がない久米島町の土壌から異常に高い値のPFASがされている。
しかし基地内で汚染源となりうる泡消火設備が設置されているのは飛行機の格納庫や燃料タンクであり、そして最も懸念されるのが泡消火薬剤を使用して消火訓練を頻繁に行っていた場所である。そういった場所をピンポイントで調べないと汚染の実態は分からないのではないか。
米国環境省および米国疾病予防管理センターの調査
米国環境省はPFASのリスクに晒されるケースとして以下の6つを挙げている。
- 消防関連の仕事あるいは化学工場等で勤務していた。
- PFASが含まれている水を飲んでいた。
- PFASが含まれている食物(魚を含む)を摂取していた。
- PFASが含まれている土を飲んでいたあるいは塵を吸っていた。
- PFASが含まれている空気を吸っていた。
- PFASが含まれている製品あるいは包装を使っていた。
また、米国疾病予防管理センター(CDC)によると、過去に大量生産された工業製品等にPFASは含まれており、PFASは分解せずに移動するという性質から、人々の体内には多かれ少なかれPFASが蓄積している。多くの人々にとって健康への影響はないが、汚染度が高い環境に長期間いた場合、健康への害が及ぼされる可能性があるとのことである
横田基地から大量のPFAS汚染水漏出!しかし記事を読んでみると…
以下は東京新聞(2024年10月5日)の記事からの抜粋である。
米軍横田基地(東京都福生市など)で8月、発がん性の疑いがある有機フッ素化合物(PFAS=ピーファス)を含んだ汚染水が新たに漏出したことが、都などへの取材で分かった。在日米軍は基地外に流出した可能性を初めて認めた。これまで相次いだ漏出事故では、米軍側は基地外への流出を否定してきた。防衛省北関東防衛局が3日、米側からの情報として東京都などに漏出事故を伝えた。都によると、基地内の消火訓練場の貯水池で8月30日、豪雨で約4万7000リットルのPFAS汚染水が周辺のアスファルト上にあふれ、雨水溝に流入。基地外に流出した可能性が高いと米側が認識している。
この記事を読んで誤解する方が多いと思われるので解説をすると、まず8月に横田基地から漏出したのは泡消火薬剤の原液ではく消火訓練で使用した水である。ちなみに消火に使用する際、泡消火薬剤は水で数十倍に薄めて使用される。
東京新聞のこの記事の中でPFASの濃度について以下の記述がある。
貯水池の汚染水は昨年11月の調査ではPFASの一種PFOS(ピーフォス)とPFOA(ピーフォア)の合計が1リットル当たり1620ナノグラム含まれ、国が定める暫定指針値の32倍に相当する。
この値は去年10月に岡山県吉備中央町の水道水から検出された1リットル当たり1400ナノグラム(NHK「WEB特集 あなたのまちの水道水は?全国PFAS検出状況マップ」による)と同程度であるが、横田基地の貯水池から排出された「汚染水」は雨水によってすぐに希釈され基地の外に出るまでに濃度は十分に下がっている。
また記事にある「国が定める暫定指針値」の1リットル当たり50ナノグラムは水道水に適用されるものであり、排水に適用されるものではない。この漏出による健康被害はあり得ず、何故ここまで大きく報道するのかその理由が不明である。
後で述べるが、実はこういった泡消火薬剤あるいは消火水の漏出は基地以外でも起きているがメディアで大きく報じられることは少ない。
米国防省の対応
米軍基地内における消火設備の点検、試験および維持管理に関する規定を定めたUFC(United Facilities Criteria)3-601-02は2021年10月に改訂されているが、この改訂版ではPFASを含む泡消火薬剤を使用する試験を禁止する文言が追加されている。そうなるとPFASが外部に放出されるのは設備の誤作動か消火訓練に使用した水の漏出以外はあり得ない。
また2020年に可決された国防権限法(NDAA)により、米軍はPFASが含まれる泡消火薬剤を2024年10月1日までに段階的に廃止することになっていた(国防長官の権限で1年間の延長を2度、2026年10月まで延長可能)。
在日米軍司令部は2024年11月14日、日本国内の全ての米軍基地において、泡消火薬剤をPFAS非含有の代替品に変更したことを発表している。
実は身近な場所にPFASが存在している!
消防法施行令第13条では、屋内駐車場(自走式)のうち地階又は2階以上の階で200㎡以上、1階で500㎡以上の場合、消火設備を設置することが規定されており、その多くは泡スプリンクラー設備である。
ショッピングモール、オフィスビル、パーキングビル、マンション、ホテル、劇場、スタジアム、駅、空港などの屋内駐車場に泡スプリンクラー設備設置されており使用される泡消火剤の多くにPFOS/PFOAが含まれている。
我々は身近なところでPFOS/PFOAに晒されていることになるが、ちなみに米国およびその他の国々では屋内駐車場に泡スプリンクラー設備を設置していない。屋内駐車場に泡スプリンクラー設備を設置しているのは日本および日本の消防法を真似た台湾のみである(別記事「相次ぐ駐車場の二酸化炭素消火設備誤作動死亡事故:誰のための消火設備か」?を参照)。
国外で泡消火設備あるいは泡スプリンクラー設備が設置されるのは飛行場の格納庫、化学プラント、石油コンビナートなどであり一般人が立ち寄る場所ではない。
国内のPFAS在庫量
環境省の「令和6年度PFOS等含有泡消火薬剤全国在庫量調査」という資料を見ると、PFOS含有泡消火薬剤量 (万リットル)が最も多いのが「その他(駐車場)」である。環境省に確認したところ「その他」とあるがこれは全て駐車場とのことである。駐車場は泡消火薬剤の量としては全体の52%を占めているがPFOSの純量 では77%を占めている。
消防機関、空港、自衛隊関連施設については代替が進んでおり前回の調査から在庫量が大幅に減少しているにもかかわらず、駐車場では増加している。増加の理由としては前回(令和2年度)の調査で漏れていたものがあったとのことである。
屋内駐車場におけるPFAS漏出事例
屋内駐車場における泡スプリンクラー設備の誤作動による泡消火薬剤原液あるいは消火水の漏出事故について、ざっと調べて検索に引っかかっただけで9件起きている(これらが全てPFOS/PFOAを含むものであったかは不明)。報道されない事例は他にも多数あることは間違いないと思われる。
2022~2023年に沖縄で4件発生しているが沖縄だけ多いということはあり得ず、2020年4月の普天間基地における漏出事故以降、PFASへの注目度が高まり報道されたものと考えられる。多くの人たちはこれらが米軍基地から漏出したものと同じという認識がないのではないか。
- 2012年10月31日:東京都葛飾区 ドンキホーテ青戸店 駐車場
- 2018年4月13日:高松市 立体駐車場
- 2022年12月18日:那覇市 住宅街 駐車場
- 2023年6月18日:那覇市 沖縄県庁 地下駐車場(泡原液漏出)
- 2023年7月17日:那覇市 総合福祉センター地下駐車場
- 2023年7月25日:名古屋市 愛知県農業共済会館 駐車場
- 2023年7月25日:那覇市 市民協働プラザ 地下駐車場
- 2023年12月3日:東京都 町田市 立体駐車場
- 2024年4月22日:成田市 成田空港 駐車場
国内のPFAS含有泡消火薬剤について
現在、国内で泡スプリンクラー設備(泡消火設備)のPFAS含有泡消火薬剤を代替品に交換しなければならないという法的要求はなく、消火設備としての機能を維持するかぎり継続して使用することができる。
泡消火薬剤の機能を維持するための要件は以下の①~③のいずれかを満たすことである。
① 設置、製造、全量交換後10年以内 (界面は15年)
② 総合点検での泡放射試験実施後3年以内
③ サンプリング検査後3年以内
このサンプリング検査はPFOSを含有する泡消火薬剤のみに適用される検査であり、設備から泡消火薬剤を1~2リットル採取して検査機関に送付して検査を行うものである。結果が不合格の場合、設備内の泡消火薬剤を全て抜き取って交換しなければならない。
PFOS含有の泡消火薬剤は2010年に 製造終了しており新規で販売されることはないため、既存設備に使用されている泡消火薬剤が劣化して全て置き換わるのを待つという状況である。
まとめ
泡消火薬剤に含まれるPFOSは現時点では「発がん性の可能性がある」という段階である。PFOAは発がん性が認められたが国内の在庫量は少なく純量としてはPFOSの1/1000程度である。
米国環境省の情報から判断すると、消防士や消防設備業者などの職業に就いており業務上頻繁に泡消火薬剤に曝露されるケースや、飛行場等で消火訓練を頻繁に行っていた場所の周辺の地下水を飲料用等としているケースが問題になるのであり、稀に発生する設備の誤作動等による漏出については問題視する必要はないのではないか。
泡スプリンクラー設備を設置している屋内駐車場の数は日本全国で数千あると推定される。設備の誤作動による漏出を全て問題視するのであれば(筆者は問題視していないが)、過去に頻繁に起きており妊婦や子供を含めた一般の人々が直接PFOA/PFOSに晒される可能性がある屋内駐車場の誤作動も問題視するべきではないか。また数千ある屋内駐車場の中にはコスト削減等のため泡消火薬剤を不法に廃棄するケースがないか注視するべきではないか。
環境省の最新の資料によると、屋内駐車場の泡スプリンクラー設備のPFAS削減は進んでおらず、PFOSを含む泡消火薬剤量としては全国の在庫量の半分以上(PFOS純量では8割近く)を占めている。そもそも屋内駐車場に泡スプリンクラー設備を設置するのは国際的な防火の考えからすると誤りであり、この機会に消防法を見直すべきではないか。
全ての在日米軍基地において、PHASを含まない代替品への変更を完了している。一部メディアは米軍基地からの漏出ばかりをセンセーショナルに報じているが、屋内駐車場の対応遅れや漏出事例についてはほとんど報じていない。
いわゆるオールドメディアが国内消防法を批判することは許されないようであるが、国民に誤解を与える偏向報道なのではないか。